週に何回行くんだろう?
あれほどまでに端的に、「わかった」などと返事をしておいてなんだけれど、最近あの階段を上りすぎではなかろうか。
門下生の方々は、俺が一体何をしたどう言う人間なのかをよく知らないので、あまり行き過ぎると不審がられやしないか不安でしょうがない。
司さんは医師の治療によりようやく目覚めたと言うことになっていて、俺はその医師に言われて様子を見に来る患者の娘の同級生。
患者の娘とデキてなければこんな行動には出られまい。
そして、あの道場の門下生達は弓削綾音を姉や妹のように大事にしているし、一部にはいわゆる「そう言う感情」を抱いているものもいるようだった。
だから俺はそろそろあの家にお邪魔するのは控えていこうと思うのだ。
せめて月1。
それでなくても学校で会うし、何かあれば連絡が来る。
だから別にお宅訪問に行く必要はないのだ。
直接家に出向いて、妹さん達と遊んで、お母さんと談笑してお茶飲んで、そんな関係になる必要などないのだ。
「はい、あーん」
「あーーん」
「おいし?」
「うん!! すっごくおいしいよ~」
そんなことは分かっている。
「あ、お兄さんお兄さん、これは?」
「あーん、んん……!! これもおいしいよ!」
真面目な話、もう恨みを買うのにも疲れた。
これ以上の反感は死への切符と心得ている。
「太一さんは渋めのお茶がお好みのようなので少し茶葉を変えてみたんです。いかがですか?」
「え?! そんなお気遣いな、ズッ…うまっ!!? これ高いんじゃ……」
「実はちょっとだけ」
心得ているけれど、ここに来るとそんなことも忘れますよね。厚遇すぎて。
「ちょ、お母さん!? 無駄遣いするなって私たちには言うくせに!!」
「太一さんに出すお茶が無駄って言うこと?」
「ぐッ……自分だけお金使ってよく見られようとしてる!! お母さんずるい!」
「ふふ、大人には大人のやり方があるの。子どもがやって喜ばれることが、大人になってからやって喜ばれるとは限らないから、よくおぼえておきなさい?」
いやね?
俺のことをここまで好意的に見てくれる人ってなかなかいないんですよ?
確かに、少しばっかり病気の治療に尽力させてもらいはしたけれど、あれはあくまでお手伝い。
真っ赤な他人も良いところなんですよ?
そんな俺に、こんな笑顔で接してくれる可愛い中学生女子と、その母親。
鼻の下の伸びるというものだ。
ふふ。
ここが天国か?
こんな甘い汁を吸ってしまっては、もう来ない選択肢を選ぶことは困難と言える。
家に自分を圧殺しようとしてくる先輩がいて、もうすぐその家に自分を罵倒してくる先輩が帰ってくるとなればなおのこと。
「太一さん!」
そんな風に名前を呼ばれて、若干のにやけさえ抑えられずに、
「はいはい?」
なんて返事をして、当たり前のように肩が触れるように座る、ユウちゃんの方に視線を送る。
「そういえばなんですけど、文化祭の帰りにゲームしたの覚えてます?」
……ゲーム? なんだっけ。
「げーむって?」
俺が聞く前に、司さんが言う。
「ミスターコンの優勝者、当てっこしようって一人ずつかけたんだよね」
ミナちゃんが言うと、ユウちゃんが頷いた。
説明を聞いて、さすがに思い出した。
「えーと、三村、龍童寺、上原、だっけ?」
「そうそう! やっぱ覚えられるんだね~」
「私が三村さんでミナが龍童寺さん、太一さんが上原さんでした」
たしか、ユウちゃんがいいだしたんだったか。
正直もう誰がどんな顔だったかよく思い出せないが、まあ受けたことは確かなゲームだ。終わらせるためにも結果は聞いておくべきだろう。
まあ、俺の選んだ人は消去法で残った人だったと思うけど。
「それで、結局誰が選ばれたのかな?」
「やっぱ学校でそういう話する人いないんだね」
「そういうことはめざとく気にしなくて良いから」
ミナちゃんの容赦ない一言が俺の胸をえぐるが、そんなことは気にしない。
ユウちゃんを見て、答えを促す。
「結果はですね、龍童寺さんが一番でした。二番が上原さん。つまり」
「私の勝ち!!」
Vサインのミナちゃんが歯を煌めかせる。
「八重歯が凄い」
「えへへ~」
「褒めるところが違う……」
「はい、お茶どうぞ~」
そんな感じで、仲良く過ごしている間、同級生は、
「山野君、そろそろ、良いかな?」
冷ややかな目で俺を見ていた……。
気づかないふりもここまでのようだ。