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波風立てないために、この学校に来たのにな……。



 例えば、「ひと一人が死んだ。」。


 そんな情報が数千万人の人の耳に入ったとする。

 情報の媒体は問わない。

 テレビでも新聞でもラジオでもインターネットでも電車の電子公告でも伝聞でも、瓦版でも何でも。

 兎に角、それを知ったとして、一体何人の人が死んでしまった人物に対して心を動かすだろう。

 他人の事は知らないが、例えば俺、俺は見知らぬ誰かが死んだとしても何も思わない。というか、思えない。

 何を思えば良いか分からないと言うのもあるが、どう心を動かせば良いかが分からない。

 ああ、また今日も誰かが死んだんだ。

 それくらいのことを思って、後はそれを数字として認識する。

 確か世界では三秒に一人が死んでいるんだったか、いや、産まれているんだったか。

 俺が思えるのはこれくらい。

 では、例えば。


「ひと一人が死んだ。その人物は実は大罪人だ」


 この情報が耳に届いたとき、一体どれだけの人が「どんな罪を犯したのだろう」と考え、「どのように死んだのだろう」と思いをはせるだろう。

 ある人は「大罪人なら死んで当然」というかも知れないし、またある人は「その罪は正当に裁かれなければならない」と正義をかざすかも知れない。

 誰かが死んだという情報よりも、犯罪者が死んだという情報の方が、人に何かを思わせる可能性がある。

 そう考えると、マスメディアが偏った情報を求めるのは頷ける物がある。

 何しろマスメディアは興味、好奇心をくすぶらなければ金にならないのだ。金にならなければ破産だ。

 商売あがったりにならないよう、諸メディアは、情報の真偽に問わず、人の興味の琴線に触れるものを集める。

 その情報が真であろうと偽であろうと、誰かに何かが起こる。

 そんなことを考えることも、ないだろう。

 何しろ、人間は「ひと一人が死んだ」程度の情報では動じないのだ。

 多少他人が不利益を被ることを気にするワケもない。

 閑話休題。

 誰かがどこかで死んだ。

 その情報に付随した、口の聞けぬものへの汚名は、事実だろうと虚偽だろうと、耳に届いた人間に偏見を与える。

 その日死んだ、誰という人物は犯罪者であった。そういう偏見を。

 後で訂正されようと、その訂正は報道よりも絶対に小さい。

 そして、見る側は虚偽の訂正に等興味がない。

 結果、虚偽は真実のまま、虚偽しんじつのまま。

 受け継がれる。


 語り継がれる。


 こすりつけるように、すり込むように。滲み込んだ澱が、偏見を育てていく。


 気にしていないのに。気になんて、出来ていないのに。

 人のことを見る目だけが、濁り、くすみ、汚れていって。



 * * *



 生徒会長が転校したと言うニュースが学校内を駆け巡る。

 その光景は、花街先生の退職騒動以来のもので、全校生徒に衝撃をもって受け止められた。

 当然ながら、実際の理由などは知らされず、「家庭の事情による転校」という事になっている。

 国内有数などとのたまうこの学校なので、生徒会長ともなれば家の事情で引っ越す、転校する等ということはほとんどない(多くは一人暮らしを始めたり下宿したりと無理をしてでも残ろうとするらしい)のだが、だからこそ、より一層の驚きを巻き起こして、ある種学校の怪談の様な扱いで、「生徒会長学校祭翌日転校事件」は週の終わりになっても生徒の話題に上がるものとなっていた。

 多くの生徒の中で、俺と由利亜先輩だけは転校の本当の理由を知り、俺なんかは、だからこそいたたまれない気持ち以上の感覚を持ち合わせないこの話題。

 一番困惑したのは誰あろう、と言うか、これは普通に母親が悪いと思うのだが、弓削さんこと弓削綾音、転校した人物の許嫁だったりした。

 当然、ながら。


「あの、さ」

 恐る恐る、俺に話しかけてきたのは隣の席の弓削さんだった。

 授業事態はつい五分前に終わりを迎えており、これから昼休憩という頃合い。

 友達に誘われながら、まごまごと机に居残っていた弓削さん。

「えー、と、さ」

「……?」

 話しかけられた俺は、ポケットの財布を確認してそろそろ学食に行こうかなと腰を浮かせたタイミングだった。

 椅子に座り直すかたちで落ち着いて、弓削さんの言葉を待つと、三好さんがこちらに寄ってきた。

「綾音、ご飯食べよ~」

 後ろからの声に、驚いて振り向く弓削さん。

「う、うん! ちょっと待ってて」

 鞄を漁り、弁当を取り出すと俺を見て、「放課後、妹が会いたがってるからウチ来てくれない?」そう言った。

 俺はなんとなく首を傾げて、まあ、今日は特に用ないしなと、

「わかった」

 一つ返事と言う言葉があるかは知らないが、それだけ聞くと弓削さんは三好さんを連れて前の方の人の固まっているあたりへと去って行った。

 学祭で、俺なんかに告白したにもかかわらず、三好さんの周りには変化があまりないように見受けられたが、俺の周りはどうやら、俺に害意を持つ奴が増えたようだった。

 だから何と言うこともないので、普段通りに過ごしているが、いらぬ視線を感じるのはかなりストレスになるものだと実感した。

 由利亜先輩達の大変さが分かった気がする。

 しかし、俺の場合は害意だが、由利亜先輩達は好意を向けられる。

 それはそれでストレスなのではないかと勝手に思ったりして。

「いけね」

 立ち上がると、急いで教室を出る。

 時計の針が更に五分進んでいた。もう学食は座るところがないだろう。

 購買でパンでも買って、外のどこか人のいないところを探そう。

 普段は教室で食べる俺だが、今週いっぱいは外で食べようと決めていた。

 どんなに強がっても、見られているというのは気持ち悪いものだということも今日得た知識の一つだった。




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