あー……はいはい……なるほど……。
「…ふふ……ふふっ…っふ…」
「無理に笑うのを我慢しなくても良いですよ」
「ちがッ……ほんとに違くて、ふふっ……」
「いや、なんか、そのくすくす笑う感じの方が馬鹿にされてる感じがしてつらいんで、いっそ大声で笑いあげてください」
「……そ、そう……?」
俺はうなだれるように頭を垂れる。がっくりと首が落ちただけなのだが、落ちっぱなしなのでたれてるのと変わらないだろう。
「じゃ、じゃあ……その……、ふっ……ふふ、うふ……ふはっ、あははははははは!!!!!!」
段階を踏むようにして、笑い方を思い出すようにして、司さんは声に出して笑いあげた。
それはそれは見事に大爆笑で、今まで培われてきた「恭しい態度の友達のお母さん」という印象は瓦解した。粉砕。崩落と言っても良い。
「ふふ、だって、ねぇ……ぷっ…あははははははは」
「……………」
笑えと言った手前、笑ってる間に何かを言うことも出来ず、結局俺は散々笑われるだけ笑われて、その笑いが止むまで待つ事になった。
時刻は四時を少し回り、場所は弓削家の居間。
男子三人に囲まれて、あー、これヤバいやつだなと遅まきながら気付いた俺に、ようやく気付いた司さんが止めに入ってくれた。
そして、なぜあんな状況になったのかを聞いた司さんは門下生の前では態度を崩すことなく指示を出し、俺をこの居間に案内すると袴から着替えて俺の前に腰掛けて、笑い転げた。
ようやくツボにはまってしまったものが取れたようで、息も絶え絶えに俺に向き直ると、居住まいを正した。
「大変、ふふっ、お見苦しいところをお見せして……ぷっ……失礼いたしました……くっ……」
「まだ見えてますね」
「あははははははは」
いや、そんな面白かったか??!!
確かに少し挙動不審だったかも知れないし、なんだったらかなり不振しゃっぱかったかも知れないけれど、呼び出した本人にここまで笑われるのはいっそ痛快だ。
なにが悲しくて渋々やってきた場所でこんなにも笑いの種にされなければならないのか。
「ふぅ……、ごめんなさい。そろそろおさまりそうだからもう少し待って貰ってもいいかしら」
くすっと漏らしながら言う言葉に、俺は思い首を重いままに縦に落とした。
少し待って、「はぁ、やっと落ち着いた」と司さんがお茶を一口飲むと、俺もすこし座り直した。
良くも悪くも散々な目にあった現在、この場で真面目な話を聞く気には全くなれなかったが、相手側がそうとは限らない。
このままなんぞ真面目な話を始めて、またぞろ依頼が増えるかも知れない……。
それだけは避けなければ。
ということで、話を聞くため少し冷静さと思考力を脳にインストールする。
司さんはもう一度息を吐くと、「今日は来てくれてありがとう」と笑顔を作った。
「来てもらってから大分時間も経っていますし、早速本題に入らせて貰ってもよろしいですか?」
態度は、昨日までの恭しいものに戻したようだった。素でないのなら、無理しなくても良いのに。
「あ、はい。お願いします。俺ももう、笑われ疲れたので」
言ってみて、聞いたことのない言葉の響きだなと思った。
「大変失礼いたしまして……」
恐縮した様子で、もじもじとして、何も言わない俺をちらと見て、司さんは「んっんん!!」と無理矢理空気を入れ換えた。
「それでは、本題に入らせて貰います。単刀直入に言います」
単刀直入。
物騒な言葉だと他人事のように思っていたら。
「綾音と結婚していただけないでしょうか?」
また、この手の話題かと、机に頭を打ち付けた。