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見つけられない宝物。



 学校の最寄り駅から各駅停車で五つ先。

 大きな商業施設ではなく、象徴的な繁華街として中華街はその街の人々に愛されるスポットとしても機能している。

 にわかには怪しげに写る古びた料理屋も、のれんを潜れば気の良い店員と笑い声の大きい料理人の構える味わえる中華料理やである。

 軒下で行われる客引きや、網で焼かれるおいしそうな肉。

 蒸籠で蒸された肉まんは、日頃では見る機会もないほどの大きさで俺は終始圧倒されていた。

 どれも初めて見るような光景や食べ物で、どれだけ歩いても興味を引くものがなくならないのはこういう場所特有の空気感も合間ってのものかも知れない。

 俺はその数々の料理の中から、小籠包と肉まんという初心者のなかでもズブのと言えるレベルのファストフードを選び注文して手に持っていた。

 小籠包に関しては、一つ食べようとして口の周りをやけどし食べるのを断念して、痛みが引くのを待ってから肉まんを頬張っている状況だ。

 肉まんに関してだけ言えば、もうこれ以外の肉まんを食べても肉まんとは思えないなと思えるくらいには最高の味だった。

 ………小籠包は後で温め直して食べます。



 * * *



『私は鷲崎正造という。君に力を借りたい。私の娘、鷲崎由利亜についてだ。今日明日でことをなさなければいけない。頼む』

 電話越しにされたのはそんな一方的な要求だった。会話とさえ言えないその言葉に対して、俺は大きな大きなため息を吐いた。

 電話の内容が内容だっただけに無視できなかったから、というのはもちろんのこととして、たった一つの違和感にこの電話の内容で若干の納得を見つけることが出来てしまったからだった。

 違和感の正体は制服で出て行った由利亜先輩の行動。

 この違和感に、先日の食事会の服装がダブったのだ。なるほどと。

 結局、着替えた部屋着をさらに着替え、外出用の私服に身を包んでパーカーを羽織り、部屋を出た。

 鍵をかけるとき時計を見たが、その時点で九時を回ろうとしていた。由利亜先輩のことを考えていた時間がどれほど長かったのかがうかがい知れた。が、考えないことにした。


 * * *


「ああいや、別に中華街で食べ歩きがしたかったわけではないよ」

 自称正造氏は俺にそう告げた。

 んなことはわかってるわと、言えるものなら言いたかったが、さすがに言葉の綾に返された本気の返答を否定することははばかられた。

 切羽詰まっている人間相手に言葉で遊んだのだから、しょうがない。

「この道をまっすぐ進んだところにある店が、目的地なんだよ」

 そう言って指さす方向は俺たちがあるく一本道のさらに奥。

 赤や黄色が目立つ装飾照明のおかげで、かなり明るく見えるその先は、一本の横道によって区切られていた。

 そして、その横道から先に進むと、食べ歩きを進める店員が見当たらなくなる。

 後ろでは呼び込みの声が耳に届くのに、周囲にあるのは整然と構えた中華料理のお店だけ。それも、だんだんと店と店の間隔が広くなり、商店街のようだった建物が全て一つの建物で形成され始めた。

 まっすぐ先まで歩き切り、目の前に現れた川に目を奪われたのは一瞬だった。

 自称正造氏が俺同様に足を止めたと思ったら、右手の建物に向かって行く。

 これまで見てきた中で最も大きな建物で、看板には『福来風』と書かれていた。

 俺は少しの間考えて、扉の向こうに消えようとしているその背中に小走りで追いつく。自動ドアの端の方に南と書かれていた。

 外観の中華らしさに引っ張られることなく、ウェイターは黒のパンツに白シャツ、その上にベストというレストランでよく見る服装。

 こういうところは女の店員がチャイナを着ているものだと思っていた俺には少し意外だった。

「お待ちしていました。鷲崎様。こちらへ」

 手で俺たちを誘導すると、ウェイターが先を行く。

「ここに何かあるんですか?」

 行儀良くするためトーンを抑えめにして正造氏に訊ねた。

「あるというか、いるんだよ。由利亜が」

「……は?」

 エレベーターで三階に上がり、通されたのは畳敷きの部屋だった。畳だからと意って和室というわけではなく、床の間には六角形の額が逆さに飾ってある。

「まあまず座ってくれ。あと、少し声を抑えめにね」

 促されるままに座布団に腰を下ろし、パーカーを脱ぐと横に丸めておいた。小籠包はウェイターが持って行った。食べるかと聞かれて「熱くて……」と答えると、「食べられる温度に温め直してお持ちします」とのこと。そんなことまでしてくれるのかとびびったが、どうやら俺を連れてきたこのおじさんが常連だかららしい。金持ちってすげえや。

 声を抑えとという正造氏の忠告が、何を意味しているのかを理解するのに時間はかからなかったが、どうやら俺の後ろの壁の向こうには由利亜先輩がいるらしかった。

 烏龍茶が運ばれてくるまでお互い無言で、本格的な烏龍茶らしく、蒸らされた茶器で小さな器に一口分ほどの量がつがれた。二人してそれを口に含んで喉を湿らせると「んっんん……!!」と喉を鳴らした。

 かなり高級な茶葉を使っているであろうお茶にこの仕打ち、罰当たりかもしれない。二人分の器にもう一度継ぎ足すとウェイターは茶器を持って出ていった。

「それで、ここまで連れてきてようやくなんだが本題に入らせてもらって良いだろうか」

 そのウェイターの背中を見送って、正造氏は口を開いた。

「ここまでついてきて本題は聞きたくありませんとは言いません」

 揚げ足をとるような言い方になってしまったのはさっきのことが原因かもしれない。

 俺はようやくと聞く体勢を作る。少し前のめりになっているかもしれない。

 つい二時間前の電話から、ようやくの本題である。

 頼み、その文言に浮かぶのはあの兄の顔だが、あの男相手なら内容によっては断ることも出来る。とはいえ、仕事をまるごと投げられている最中なので説得力はないかもしれないが。

 しかしこのたびの呼び出しは由利亜先輩を口実にされている。その名前を出された時点で、俺には断る選択肢があからさまに選びづらくなっている。

 さて、どうしたものかと考える。

 そして、正造氏はようやく口火を切った。



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