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10月13日(日)夜8:00位の出来事。


pm8:32


 もう完全な夜を迎えた学校祭三日目の夜。

 つまり現在。

 本当なら先輩の病室に顔を出してから家路につくことも出来るそんな状況だった俺は、しかし、恐ろしい猛獣に怯えるかのごとく全力で走っていた。

 先輩のところに顔を出している時間的余裕など、実際のところにはなかったのだ。

 何しろ俺は学校祭のラストイベントが終わった後、学校から由利亜先輩と一緒に帰るつもりでいたのだから。

 にもかかわらず、俺は今学校からかなり距離のある病院にいる。

 由利亜先輩と別れてからそれなりに時間が経っていて、既に学校祭など当の昔に終わっている時間。

 多分あのちっちゃい先輩は俺のことを探して歩き回っただろうし、何だったらクラスメイトに聞いて回ったりしたかもしれない。

 一声かける手間を省いたばっかりに俺はどうあがいたところで、家に何が何でも一秒でも早く帰って、しかる後土下座で許しを請い、代償を支払わねばならないだろう。

 これは約束された結末だ。

 今回は、ケーキ一つじゃ許してはくれないだろうな。

 そんなことを思いながらも体にむち打って全力で走り、家にたどり着く本当にギリギリのところで、なぜタクシーを呼ばなかったのだろうと疑問に感じたが、どんな言い訳も浮かばなかったし何だったら自分のミスでしかないので自分の馬鹿さ加減を呪うしか出来なかった。

 肩でしていた息をどうにかこうにか整えて、鍵を開ける。

 扉を開けた先には、普段通りではない、暗い部屋が待っていた。



 * * * 



pm7:33


 鞄には明日の着替えとお泊まりセット。

 既に家だと思っている好きな男の子の家から、出て行く気は今更起きていない。

 鷲崎由利亜にとって、このアパートの一室はもはや帰るべき場所となっている。

 しかし、今日はどうしても行かなければならない場所が出来てしまった。

 今日の頑張りの労いとか、いつの間にかいなくなっていたことの理由を問いただしたりだとか、自分をほったらかしにする男の子に対して言ってやりたいことや問い詰めたいことは無数にあるが今日だけはどうしてもそれができなかった。

 鞄に用意したものを全て詰め終えたところにスマホがなる。

「もしもし。うん、いま終わったよ」

 会話の相手は父方の祖母だ。

 普段は息子、由利亜の父の金で世界中を飛び回っている祖父母が、昨日、二年ぶりに日本に帰国した。

 その知らせが来たのはキャンプファイヤーが燃えさかり、会場のムードが最高潮に達した位の時だった。

 ポケットに入れておいたスマホのバイブに気づいたとき、由利亜は告白されていて、告白を丁重に断る間も惜しんで頭を下げてくる男共に背を向けてスマホを取り出した。

 もう帰ろうと思っていたところにかかってきた電話に都合が良いという思考が働いたのは当然で、それでもスマホの画面に表示された名前には驚いた。

 電話に出れば、久しぶりに聞く祖母の声が昔よりも若々しく聞こえた。

 要件は端的で、「今日の夕飯を一緒に食べよう」というものだった。

 由利亜は少し考えて了承を伝えると、発掘部の部室に足を向けた。部室に用はないが、これから探そうとしている相手がそこにいるはずだとあたりをつけていたから。

 たどり着いた部室には予想に反して人はいなかったが、何か一悶着があったのがわかるほどに荒れていて、鍵が開けられたままほうちされていた。

 「太一くんに何かあって、この状況なのだとしたら」と考えて、由利亜の頭に苦手な男の顔が浮かぶ。

 山野一樹。由利亜の父の仕事のパートナーであり、思い人の兄。

 その男が、また、太一を何かに巻き込んだのだと判断して、部室を後にした。

 何にしろ、何かが起きているのなら太一が由利亜を巻き込もうとしないのは自明だった。由利亜の方から首を突っ込む以外に彼が由利亜をことの渦の中に連れ込むことはまずないだろう。

 夏休みの始まりに、それをして失敗している。由利亜はだから弁えることを徹底していた。

 好きな男の子のことを心配はしているものの、自分に出来ることなどないのだと理解している。だからこそ、鷲崎由利亜は彼の家に誰よりも早く帰るのだ。

 しかし、今日に限っては彼の帰りを待つのは難しいと思われた。

 教室に戻り、鞄を持つと家路についた。余談だが、この間ずっと由利亜の近くには由利亜を守るために合気道部(休部中)が控えていたが、出番はなかった。



 由利亜がアパートを出ると、外には黒の重厚感のある高級車が止まっていた。

 磨かれた光沢と中が見えない窓のスモークが、何かと面倒ごとを抱え込むvip用だと言うことを醸し出している。

 車の前にスーツ姿の男が起立していて、由利亜に気づくと頭を下げる。

「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」

 そう言うと後部座席のドアを開けて、手で指し示す。

 学校の制服と普段使いのリュックの由利亜だが、子供の頃からの慣れで気負いすることもなく「ありがとうございます」と一言いうと乗り込んだ。

 運転手が座ると、由利亜はシートベルトをして「おねがいします」と告げる。その言葉に運転手は「はい。では目的地まで案内させていただきます」と車を発進させた。

 外から車内は見れないが、車内から車外を見ることは出来る。

 由利亜はそんなスモークの謎を今度太一くんに聞いてみようと思いながら窓の外を眺めて、作り置きしてきた料理を冷蔵庫に入れ忘れたことを思い出して、

「あーあ、やっちゃった」

 口の中でつぶやく。

 でもまあ太一くんなら今日中に帰るだろうし大丈夫か。

 そんな風に楽観視を交えて一つ下の少年の顔を思い出して、にやけてみて。

 今頃何してるのかなぁとか物思いにふけってみたりしても、結局心配になるだけで。

 奮起して、自分の顔を両手でむにゅーっと頬を潰すようにくしゃっとして、パッと手を放す。

 よしっ!! と気合いを入れると、車が信号で止まる。

 すると、運転手が声をかけてきた。

「ご依頼主様から、こちらのファイルに目を通しておくようにとのことです」

 差し出された分厚めのクリアファイルには、履歴書のようなものが入っていた。

 締めて五十人分はあるだろう。

 由利亜は首をかしげるが、運転手からのそれ以上の説明はなかった。

 またお見合いかな? と不安を感じ、パラパラめくるが、どうも新入社員の候補にしか見えない。

 その時由利亜の脳裏に嫌な予感がして、しかし、久しぶりに会う祖母の言いつけだと紙片に目を落とす。

 どうにか全員分目を通した頃、目的地に着いたと運転手が告げた。




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