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先を憂う、少年二人。



 激しい衝突音と、ドスッという鈍い音が俺の耳を打った。

 その時には、俺の胸を貫くはずだった刀は天井に突き刺さり、重さに堪えるようにしてその状態を維持していて、その刀を握っていた斉藤さんは俺の入れたお茶を服飛ばすようにして落ちた机の上に仰向けに倒れていた。

 何が起こったのか、は、確かに見ることが出来た。しかし何故そんなことが起こったのかを理解するのにはかなりの試行的ラグを取り除く必要があった。

 俺は、確かに死ぬはずだったのに。と。

「校外の人間は、退校して貰っていたんだが、山野君、この女性は君が招き入れたのかな?」

 いつ、この人物がこの場に現れたのか、俺には分からなかった。確かに外に誰かがいるのはわかっていたけれど、それでも、入ってきてはいなかったはずだった。

 斉藤さんも、気付いていなかっただろう。

 だから、この人物がこんなにも自然にこの場にいるのが信じられなかった。

 さっきからずっとこの場にいたかのようにたたずむその人物は、この学校の生徒会長、由井幹晴その人だった。

「それにさ、死ぬって時くらい、もう少し人間味のある顔をしても良さそうなもんだけどな」

 冗談なのか、皮肉なのか、そんなこともわからないほどに半錯乱状態の俺は対応に困る。

 だが、投げられた当人は既に現状を把握したのだろう、

「なんっ……で……」

 そんな痛々しさがにじむ声が場に広がる。決して大きな声ではないけれど、それでもその特徴的な声音が俺の耳にはある種警鐘のように響くのだ。

 背中を打ち付けたダメージに堪えきれず、咳き込みながら斉藤さんは半身を起こそうとした。しかし、もともと優れない体調の上にさっきの動き、それから投げられたダメージと、色々な負荷が重なった結果だろう、もはや起き上がることも出来ないようだった。

「なんで僕がここにいるのか、そう聞きたいのは山野君もかな?」

 ひと一人投げ飛ばした後とは思えない平静さで、斉藤さんの方には見向きもしないで生徒会長は俺に訊ねる。

 俺は口で反応することが出来ず、首を動かしてなんとか肯定した。

 もうジェスチャーゲームにはなれたと言って良い。

「そう驚くことでもないだろう? 校内の巡回で見回っていたら、山野君が誰かを尾けているようだったから追ってみたのさ」

 巡回しながら二重尾行までこなす生徒会長がいます。我が校に。

「で、でも、さっきの斉藤さんを投げたあの動き、あんなの人の動きじゃない」

 ようやく出せるようになった声で、どうにかそんなことを言ってみせる。いつも俺が他人に言われ、否定しているそんな言葉を。

「まあ僕もとっさのことで、手加減とかは出来なかったからね。あ、これ抜いちゃうか。危ないし」

 手伝って、と椅子を引っ張り出してそれに足をかける。俺は慌てて支えると、その上で生徒会長は天井に刺さった刀を抜き取った。

「君、本気で殺されそうになってたんだねぇ」

「演技に見えてたんですか?」

 椅子から下りると、淡く光るその刀をひょいひょいと持ち上げたりかざしたりしてふむふむと見聞している。

「見たことある刀ですか?」

「いや、こんな刀は知らないな。でもかなりの名刀だよ、しかも悪い方の、ね」

 名刀で、良いも悪いもあるのか?

 きょとんとする俺の顔を見てか、生徒会長は説明してくれる。

「これは妖刀とか言われる類いの刀だよ。作り手と使い手の怨念が凝縮された至極の逸品てところかな」

 曰く、怨念がある限り研がなくても切れる。怨念のないものが握ればただの鉄の塊。なのだそう。

「そ、そんなことより、とりあえず、助けてもらってありがとうございました」

 俺は流暢に繰り広げられる悠長な説明を、一区切りつける形で感謝の言葉を伝えた。

 生徒会長にはその言葉がどうも意外だったようで、驚いた顔をした後、

「いや、僕は君を助けたりしてないよ。だって君はあのときどんな攻撃が来るのかを完璧に理解していた。そして、あのとき起こったことを完全に見て理解していた。少なくとも僕が何をしたのかはバッチリだったはずだ。なら、あのとき右に半歩ずれるだけでそこの女の人がよろけて倒れるのは了解済みだっただろ」

 突きが来るのはわかっていたし、突然入ってきた目の前の人物が刀を持つ斉藤さんの腕を上にかちあげてその勢いのまま投げたのも見ていた。が、その状況で体が動かせる人間などいない。

「そんな状況では、出しゃばったという方が正しいだろう?」

 俺は何も返すことが出来ず、あははと固まった表情筋で笑ってみせるほかない。

 この人物がどうしてこんなに人間離れしているのか、よくよく考えてみればわかりそうなものだった。

 何しろこの人はあの『弓削綾音』の許嫁なのだ。

 尋常じゃないのはお互い様と言うことなのだろう。

 神様を堕ろす少女の番いが、常人のはずがない。

 いつだか先輩が、「殺されそうになっただけで良かったね」というようなことを言っていたのはこういうことだったのかと思い出したりする。

「で、この人は君の連れ、なのかな?」

 生徒会長は、落ちていた鞘に慣れた手つきで刀を納めると俺に差し出しながら聞く。

 それを恐る恐る受け取ると、

「連れというか、兄の連れ合いです。義姉弟喧嘩って感じですかね」

「僕の次はお義姉さんに殺されそうになっていたのか。波瀾万丈だね」

「他人事だなあんた」

 あははと笑うと生徒会長は俺に背を向けた。

「とにかく、もう時間だ。救急車を呼ぶなら学校から離れたところに呼んでくれると助かるんだけどな」

「ああ……」

 斉藤さんの現状を見て、いや、歩かせるのは無理だよなぁという所感に落ち着き、

「タクシー呼びます」

「たすかる」

 俺の返事を聞いて扉から出て行く生徒会長は、どうやら明日不当な転校に遭うことを知っているようだった。

 そんな、暴力を許さない女に目をつけられた男の背中を見送った俺は、意識はあるものの立つこともままならないアラサー女性を担ぐ未来にため息を吐いた。



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