155回 ここから始まる三好里奈。
三次審査までが終了し、俺たちの予想は的中した。
ミナちゃんはその予想通りの光景にあくびをし、ユウちゃんは姉とその友人に向けて大きく拍手を送っていた。
現在時刻は四時半。終了時刻は当然のようにすぎていたが、そんなことを気にする人間はこの場には誰一人いなかった。
壇上に立つ美男美女は、いや、美男はいない上に美女というには可愛い系に偏った登壇者が多い気がするが、ともかく、投票によって選ばれた6名が半分苦笑い、半分疲れを思わせる顔で多分知り合いにだろう、手を振っている。
一年が二人と二年が一人の女子に対し、男子側は三年が三人という何ともうさんくさい結果になっているが(部活の後輩による贔屓だろう)、そんなことはどうでもいいのだ。
俺は当然気づくべきことに気づいていなかった。
それがどういうことかを理解していたのに、なぜかここにいないことに違和感を覚えなかったのだ。
「そういえば、お姉ちゃんが言ってた、お兄さんと暮らしてる超絶美少女って、どこにいるの?」
つまり、そういう訳で。
「んー……俺にもちょっと、わからないかなぁ……」
他薦が含まれている以上推されないはずはないし、あのクラスにおいてあの人を差し置いて自分がミスコンに出るなどということを言うクラスメイトがいるようにも思えない。壇上に残る二年生は由利亜先輩とは縁もゆかりもないクラスの人物で、恐縮しきりの黒髪眼鏡の女子生徒。
きっと何かがあるのだと、俺の中で何かがささやいていた。
あの人に限って何もないというのはあり得ないと。
「今日は一日クラスの方で仕事してるから出れないとかかな?」
「でも、他薦で推されればクラスメイトが仕事を引き受けるのでは?」
「それもそうなんだよなぁ……」
「二人とも静かに、なんか始まるっぽい」
ミナちゃんに言われユウちゃんと二人口をつぐむと、壇上に目を向ける。
すると舞台袖から一人の小柄な少女が姿を現した。
「皆さん! 楽しんでますか!!」
マイクを持ってそう問いかける。体育館中に響き渡るその声は、聞き慣れた、実家のような安心感をくれる声だった。
「すっっっっっごい可愛い人出てきたよ!!!? 絶対さっきの話のひとあの人でしょ!!!!」
おおおおおおおおという激しいレスポンスにもかき消されないほどのミナちゃんの絶叫にも似た問いかけに、俺は苦笑する。
「まだまだ盛り上がるけど!!! ついてこられるかああ!!!!」
由利亜先輩の雄叫びに、観客がさらに続いた。
さっきまで若干落ち気味だった、というか疲れてだれていた雰囲気が一変した。
「じゃあここからは私が進行をつとめますね〜 二年四組の鷲崎由利亜です。出し物もう終わっちゃったけど、アンケートしっかり書いてね!」
しってるよお!! 今日も可愛い!!
多くの歓声に包まれる壇上で、由利亜先輩はあははありがとうと手を振る。
少しの間をおいて、観客が落ち着くのを待ってから、由利亜先輩は「それでは」と四次審査の開始を宣言した。
* * *
「そういえばさ」
俺が口を開くと両隣の二人が見上げるようにこちらを見る。
「二人の学校の文化祭はいつなの?」
そんなありふれた質問に答えてくれたのは、俺の右腕に抱きつきながらステージを見ていたユウちゃんだった。
「私たちの学校の文化祭は九月の中旬でした。私のクラスは合唱で一学年の中で最優秀賞を取りました」
褒めて褒めてと言われている気がして、「そりゃ凄い」と頭を撫でるとユウちゃんは目を閉じて気持ちよさそうに微笑む。
「ユウのクラスは一学年の中で最優秀賞でしょ、私のクラスは全学年の中で優秀賞だったし」
「ん?」
ミナちゃんの言い方がよくわからず首をかしげる。
「つまりね、学年ごとに優秀賞最優秀賞を二つ選出されるんだけど、それ以上に凄いと全学年から二つのクラスが選ばれる優秀賞最優秀賞に選出されるんだよ」
ほうほうと頷いて、
「てことは、ミナちゃんのクラスはその全学年の中で二位の優秀賞をもらってったことか、凄いじゃん!」
ふふーんと得意気に鼻を鳴らすミナちゃん。
ずいと頭を突き出してきて何かと思ったが、頭を撫でるとよしよしそれで良いとでも言うように二三回撫でられると頭を引っ込めた。
「最優秀賞の方が格好いいもん……」
ぼそっとつぶやくユウちゃんが、なんとも不憫だったのでよしよしとその絹糸のような髪の毛を傷つけないように柔らかく撫でた。
そうこうしているうちに男子のPRが終わり、三好さんと弓削さんに順番が回ってきた。
マイクを受け取ると、まずは三好さんが自己紹介を始める。
「ええと、先輩方の自己紹介凄かったですね。面白くっていっぱい笑っちゃいました。改めまして、二年六組の三好里奈です。えーと、最初にも自己紹介があったのでもう喋ることがないんですが、んー」
するすると好調な滑り出しで話し始めた三好さんは、本当に困った様子もなくそんな風に口をつぐむ。
「何か質問があったら時間いっぱい答えるんですが、何かありますか?」
自己紹介で質問コーナーって、と思ったが、まあここまで勝ち残ってるメンバーに質問がないわけもなくみるみる挙手が増える。
手前勝手に大声で質問するものもいるが、その声には一切反応しないあたり笑顔の裏で三好さんもかなり計算しているようだった。いや、あの人の場合これが素なのか?
「里奈ちゃんいつも通りだね」
「うちの門下生の人たちと喋るときもあんな感じだよ」
「へぇなるほど」
ユウちゃんたちとも会話をしながら、ステージの三好さんの動きに見入る。いつもとは少し違う、どことなく余所余所しい三好さんに新鮮さを感じた。
「じゃあそこのピースしてる人」
そんな風に三好さんが指名すると、「しゃっ!!」とかなんとか騒いでから、
「今付き合ってる人いますか!!」
早速過ぎる質問が飛んだ。
質問した男子は周りから小突かれたりしながらも笑っている。が、三好さんは少し言い辛そうに笑う。
「もちろん答えますけど、そういうことすぐ聞く男子は嫌われます」
だが場の空気を読んでか、三好さんはそんな風に前置きで牽制して笑いを誘う。最下級生であるにも関わらず、由利亜先輩の次にこの場を制し始めていた。
「付き合ってる人はいません」
じゃあ付き合って!!! 三好さんの言葉を遮るように叫ばれたその言葉は、この場の特別さを物語っていた。
しかし、三好さんは「うるさいです」とぴしゃりと遮ると、続けた。
「でも好きな人はいます。いまも、目の前に」
え、三好さん好きな人いるの? 俺が虚を突かれた次の瞬間、なぜかスポットライトが俺を照らしていた。
右に左にキョロキョロすると、いつの間にか両隣の二人がライトの当たらないところに移動して、うわぁという顔をしていた。
「いいですか?」
マイクに入れる気はなかった、そんな感じの小さな声が聞こえた。
三好さんが見ているのは由利亜先輩だった。由利亜先輩も三好さんを見て頷いている。
持っているマイクを隣の弓削さんに渡すと、三好さんは胸の前で両手をむすび大きく息を吸い込んだ。
スポットライトで照らされる俺と彼女は、圧倒的にこの場の主役だった。もちろん俺なんかじゃ主役には役不足で、壇上に立つ女の子と釣り合うはずもない。
だけれど俺にはどうすることも出来なかった。
この状況ではもう、俺には何も出来なかった。
だから、俺は彼女の言葉が耳に入ってくることを、受け入れるしかない。
「太一くん!!!! 私はあなたのことが好きです!!!」
聞き慣れたいつもの声音ではない。鬼気迫るものを感じさせる声が、俺に焦燥感を与えて、それでも俺はスポットライトという檻から逃れることは出来ない。
俺が立ち尽くして、何も言えずに数秒が経つと俺を照らすライトが消えた。
「びっくりしましたね!! 急に告白するんですもん私もときめいちゃいました!! じゃあ三好里奈さんの自己紹介はこのくらいでいいでしょうかね!」
静まりかえった体育館を、由利亜先輩の声が満たす。
次の瞬間生徒たちはどっと沸き立ち、はやし立てるもの、恨み節を叫ぶもの、多くの人々が盛大に拍手を送った。一瞬の自己紹介だったが、三好さんの自己紹介のインパクトは最高だった。
「大丈夫?」
とてとてよってきたミナちゃんが制服の袖をくいくい引いて俺に聞く。
「いやぁ……びっくりした……」
素直な感想と、それ以上に動揺する自分をごまかすための言葉で答える。
「顔、青いよ?」
重ねて心配そうに訊ねてくるミナちゃん。
気づけば、ユウちゃんも心配そうに俺の顔をのぞき込むようにしている。
俺はどうにか言い逃れようと笑ってみせる。
「大丈夫大丈夫。ちょっとまぶしかっただけだよ」
「女の子に告白されて、青くなるって失礼じゃない?」
「それは言いっこなしだと思うけど……?」
ミナちゃんはどうやら先輩に似ているようだった。
「二年六組の弓削綾音です。えと、その、はい……」
弓削さんの自己紹介はそんな感じだった。
忘れてたけど、この人基本コミュ障だった。
「太一くんたちは絶対来ますから」
里奈の断言は有無を言わせぬものだった。
「なんでわかるの?」
が、その頑丈さは由利亜には通用しない。
ふわふわした栗色のセミロングが揺れるのをただ眺めている綾音は、里奈なの断言の根拠を知っていた。しかし、それを告げるのは自分ではないことも彼女は知っていた。
「今日、太一くんは綾音の妹の二人と学校祭を回ります」
「それは聞いてる。だからこそ来ないんじゃないってことなんだけど?」
由利亜の問いかけに、里奈は首を横に振る。
「あの二人のことですから、あ、あの二人って言うのは綾音の妹のことですけど、その二人が一緒だからこそ、太一くんは絶対に体育館に来ると思うんです」
里奈は綾音の妹の悠梨と深波がどういう子であるかを語った。そして、自分の思い人であり、目の前の先輩の思い人である人物がどういう人物であるかを確認した。
そうして、二人の意見は符号し、
「ミスコンが始まったとき、太一くんは絶対に体育館に来る。そのとき、太一くんの居場所を突き止めておいて欲しいんです。私が、告白するために」
里奈の言葉を聞いていた由利亜は、里奈をにらみつけてからその場を離れるため体を翻した。
隣で話を聞いていた綾音は、思っていたよりぶっとんだ内容の会話に目をぱちくりさせていた。
「いる場所がわかったらライト当てるように指示しとく」
控え室から出て行く由利亜に、里奈は小さくお辞儀をした。