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日常の一コマと、非日常の複数コマ。



 学校に着くと由利亜先輩と別れて、俺と三好さんは展示の置かれた自分たちの教室ではなく、部室へと足を向けた。

 登校した時間が早いというのと、教室に行っても椅子も机もない。することもない現状、出席確認のホームルームになるまでの待機室だ。

 なお、由利亜先輩は既に登校しているクラスメイトがいるらしい。いや早すぎでは?

 昨日も静けさに包まれていた部室棟だったけれど、いまは更に静かで、これといって会話もないので更に更に静かという。俺と三好さんの息づかいしか物音のしない部室内で、三好さんは教科書と参考書を広げて睨み付けている。俺は何くれとなくぼーっとしているのだが、時折三好さんの質問に答えて時間を潰している。

 肌寒さが残る朝で、晴れていればブレザーを脱でいないと暑いくらいの気温にはなるのだけれど、今日はあいにくの曇天で、しかも三好さん曰く予報では雨らしい。

 まあ、雨が降るから寒いというわけでもないのだけれど、それでも部室内はそれなりに寒く、先輩が去年の冬にでも使っていたのだろう膝掛けとブランケットを見つけて二人でじゃんけんして俺は膝掛けを三好さんはブランケットを使っている。

 無地の臙脂の膝掛けは、かけるとかけないとでは段違いで、いまの俺の太ももあたりはかなり暖かい。三好さんもブランケットを膝に載せて使っている。

 彼女の落ち着いた息づかいに耳を傾けながら、外の様子に目を向ける。二匹の鳥が絡まるようにして飛び、どちらともなく近場の木の枝に止まる。

 そんな光景に目を向けて、ただぼーっとしていた。

「たいちくん、なにかあった?」

 ふっと息を吸い込む音がして、そろりと目を向けると教科書に落ちていたはずの目がこちらを見ていた。

 こちらの様子を窺うような視線に、俺は首を横に振ってそれとなく微笑む。

「別に特には。ちょっと朝早かったからぼーっとしてるだけ」

「さっき、ユリア先輩がたいちくん寝てないからよろしくって言ってたんだけど?」

 やっぱりバレていたらしい。

「いや、寝たよ? 寝てなくないから大丈夫だよ」

 まあだからといって本当の事を話すわけにも行かないのでどうにかこうにかはぐらかそうと口をこねる。

「ふーん」

 じとっとした目で俺を見る三好さん。じーっと、ただ見つめられて、そっと目をそらす。

「あ、やっぱなんかあるんだ」

 いや、今のは普通に恥ずかしかっただけなんだけどね?

「いやなんもないって」

 ほんとほんとと本心を出すことなくはぐらかす。

 恥ずかしいとか言っちゃうとなんか負けな気がするんだよなぁ。

「ほんとうかぁ? ん~?」

 体を机に乗り上げてずいっと俺の顔を下から覗き込むようにする三好さん。俺は椅子を下げて距離をとると、によによ笑う三好さんに降参するように両手を挙げる。

 ここ二三日で三好さんの俺への態度が凄い勢いで変化しいる気がする。気のせいかな?

「寝て、ないんでしょ? しかも結構色々あったって顔してる。疲れてるの見て分かる」

「え、まじ……?」

 そんなに疲れてる顔してるのか? それ相当ヤバそうじゃんと驚いたが、三好さんはふりふり首を横に振る。

「パッと見た感じじゃ分からないけど、私とかユリア先輩とか長谷川先輩は気付くんじゃないかなってくらい」

 えぇ、なにそれめっちゃハズい……。

「で、何かあったの?」

「いや、まああったにはあったんだけど、言葉にするにはどうにもへんてこなことばっかりで、迷惑もかけたくないから言えないことばっかりかな」

 三好さんはすっと身を引いて神妙な顔になると、首を傾けて俺に話をうながしてくる。

「いや、ほんと、たいしたことではないから」

 先輩に覚悟しろと言われ、由利亜先輩にキスされた。

 こんな事、どんな顔をして言えば良いのだろう?

 しかもそれが原因で寝ていなくて、しかも疲れた顔をしているとか。

 それだけでも死にたい位なのに、それ以上があるのだ。目の前に。自分が逃げていることを宣言するという羞恥心をさらけ出す怖ろしい状況が。

 だが俺のそんな言い分など三好さんは再度首を傾げて聞こえないとでも言うかのように俺の言葉を待っている。

「言うほど困ってるわけでもないしさ。むしろなんて言うの? そう、もう解決策も見えてるから既に問題でも無いって言うか」

 口の端を少しあげ、にこっと微笑む三好さんは、ついに首を動かすことさえしない。

「だから……その……ね……?」

 笑顔に少し陰が差し、すっと眼光が据わる。

「…………」

 それはもう、友達を見る目ではなかった。弓削さんの予見していた未来が、これ以上の言い訳で実現されると察し、口を閉ざした。

「話してくれる気になった?」

 落ち着いた、というか、無理矢理落としたトーンの声は、睨む眼光と相まってひたすら俺を萎縮させる。

 基本的に明るて優しい女の子が、心底からキレたときの恐ろしさを俺は知らなかったりした。





 言い訳で逃げたり、別の話題ではぐらかしたり出来ないのを察した俺は、どうにかこうにか当たり障り無く事態の話をした。

「つまり、先輩二人から告られてどっちにしようか迷っちゃって寝不足って、そういうことだね?」

「そういうことじゃないよ?」

 話したのだが、伝わってはいないようだった。言葉って難しい。

「長谷川先輩、病気治って良かったよね」

「え、あ、うん。そうだね、よかった」

 三好さんが突然話題を切り換えて言う。

 どうにかこうにかそれに答えたが、戸惑いとか整理し切れていない感情とが絡まって変な受け答えになってしまう。

「どういう、病気だったの?」

 気遣わしげに問いかけてくる目の前の女の子は、ただ少し知りたいことがあるように見えた。

 その疑念に対して明確な答えをあげられる立ち位置にいない俺は、こればっかりは本当に話せないのだと首を横に振った。

「それは、分からない。俺も全部知ってるわけじゃないからさ」

 兄がどうにかした。そういう風に説明した手前、こういう言い分も通るには通る。だから無理にでも押し通す。そうやって、三好さんだけは絶対に近づけさせないようにと線を引く。

「そう、なんだ。うん。じゃあこれはもう聞かない」

「そうしてくれると助かる」

 毅然と告げると、薄く微笑む目の前の彼女はコクリと頷く。

「で、話戻すんだけどさ」

 そうして尋問は始まった。

 逃げようと画策する男に、見つけた獲物、どちらにするのかを問う少女。

 噛み合わない会話は十五分ほど続き、チャイムが鳴ると立ち上がった三好さんはじっと俺の方を見つめ、

「寄り道くらいは許すけど……線引きはしなきゃダメだからね!!」

 いやだからね? そう言いかけた時には扉を開けて部室を出て行く彼女の背中だけが見えていた。

「ていうか寄り道って何……?」

 ようわからん……。

 心と体でため息を吐いて、見えなくなった三好さんの後を追った。




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