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これが日常。実は虚像。



 病院で聞いた話によれば、急変した兄の容態は異常ながらも一定の数値を維持し始めているという。

 この数値ならまだ問題ない。今のところは。

 そんな感じのことを杉田先生は言っていた。

 今のところは。というのがとてもあの先生らしい。自らの力ではどうしようもないことをハッキリと理解した上で、医術を扱うものとしての矜持を捨てずに根気強くあの異常な人間に付き合っている。

 多分あの医師も余り普通の側ではないのだと思う。何しろ、今までこのような事例を診た医者たちは、検査に不備があったとか、うちではわからないから大型の施設に移すとか、そういう「逃げ」でしか自己を正当化できずにいたのだから。

 そう、ちょうど昨日の俺のように。

 そんなわけで、朝早くから病院に呼び出されたはいいものの、特に用の亡くなった俺と由利亜先輩は、近くのファストフード店で朝食をとっていた。

 目の前にはコーヒーとマフィンのセットが置かれ、俺の分はそれだけ。

 対面に座る由利亜先輩は「ぉぉ……」と、どうやら初めて入ったのだろう店内に目を奪われていると、注文の時になぜか大量に注文を始めた。

 朝限定のセットを三つ。それに加えてデザートを四つ。朝はいっぱい食べても日中の運動で消費されるから問題ない。そんなことを言って自分をごまかす由利亜先輩を見つめる。

 俺がマフィンをちびちびと食べ、半分を迎える頃、由利亜先輩の口から「お腹いっぱい……」そんな言葉が漏れる。

「だから頼みすぎじゃないですかって聞いたじゃないですか」

「だって……おいしそうだったんだもん……」

「はぁ……。 残ったの俺が食べますから食べられるだけ食べちゃってください」

 俺の言葉にパッと顔を輝かせると、

「ありがと! 太一くん好き!!」

 笑顔がまぶしい上にとてつもなく恥ずかしいことを大声で言われた。

 店内にはスーツ姿のサラリーマンやらスウェット姿の眠たげな人たちがわんさといて、もはやいじめですらあった。

「わかりましたから少しボリューム落としてください。まだ朝早いんですからね」

 現在時刻は六時五十分。

 学校に行く準備(といっても持って行くものなど特にないが)を整えて出てきてしまった故に、帰る理由もなくただ投稿する時間まで時間を潰す俺たちは、多分誰が見ても朝からいちゃつく高校生カップルにしか見えていないだろう。

 本当に、釣り合いがとれてないとか言われるのが目に浮かぶようで、恥ずかしくて死にたくなる。

「カップルにみえてるかなぁ?」

 一応制服姿の由利亜先輩は、慎重と童顔を除けば一応高校生のルックスをしている。見た目というか、容姿というか、衣装というか、まあとにかく端から見れば高校生のはずだ。

「見えてないといいですよね」

 自分のマフィンの最後の一口を口に放り込み、飲み込むとコーヒーをすすって窓から空を眺めた。

 どんよりと暗む、今にも雨の降り出しそうな雲のかかった空だった。





 


 曇り空の下、二人で学校に向かういつもの道。

 病院から直接タクシーで学校まで行くことを考えたのだが、学校の立地的にも、ほかの生徒の目線的にも、それが握手なのは明白だったので、通学路の途中に車を止めてもらい、そこから歩いている。

 由利亜先輩は食べ過ぎたお腹を苦しそうにしながら重い足取りで、俺は隣を歩く美少女の残念ででも憎めないその部分に苦笑を漏らしながら。

「これからは……気をつけるから……」

「本当ですね? 次は助けてあげませんからね」

「次があったときは助けて欲しいけど……次がないようにどりょくするぅ……」

 テンションが上がって頼みすぎたのを、努力でどうにか出来るのかは疑問だったけれど、お腹を重そうにして歩く姿が面白いのでよしとした。

 七時四十五分現在、周りには同じ制服に身を包んだ高校生をちらほら見ることが出来るが、全体的に活気がないように見えた。

 今日が学校祭最終日。そして外部からの来場者がある唯一の日だ。

 正確には一日目の合唱にも保護者は来れるのだが、今日は本当の意味で関係者以外が来る。

 この学校に関心を持って来年受験しようと考えている中学生やその保護者。卒業生や地域の人。

 開場してしまえば人でごった返すのだと由利亜先輩が言っていた。

 俺の親は来ないだろうし、由利亜先輩の親もまあ来ないだろう。

 由利亜先輩は自分の教室で昨日に引き続きウェイターをやると言っているが、俺に関しては仕事もない。ではなぜ俺がわざわざ学校に来ているのかというと(学校行事なんだから出席して当たり前などというきれい事は置いておいて)、それはつまり弓削さんに呼び出されたからだったりする。

 今日の朝、病院について話を聞いた後、弓削さんに電話をした。兄の話はまたぞろ「神」がどうとかこうとかだったので説明を求めたのだ。

 その折、最初に電話に出たがミナちゃんで、今日遊びに行くから案内してと仰せつかったのだった。

「ところで太一くん」

 苦しそうに「うー……」とうなるのをやめて、由利亜先輩が俺を見る。

「今日は私のところ来るの?」

「行きませんよ。昨日だって行く気はなかったって言いましたよね? 昨日であれなのに、二日連続で行ったら今度こそ殺されるじゃないですか」

「さすがに殺さないよ!!? 多分……」

 最後にぽつりと付け加えた一言のせいで、完全に行く選択肢が消えた。

「それに今日はユウちゃんとミナちゃんを案内するっていう用事がありますから、三好さんに連れて行かれる心配もありません。完全勝利と言えます」

「私から逃げることを完全勝利と呼ばないで。傷つくから」

 そんな素振りなど見せることもなく、ぎゅっと俺の腕にしがみついてくる由利亜先輩。

「ちょ、人いますから」

「人がいなかったらいいの?」

「人がいるからなおさらだめなんです。いるいない関係なく」

「ケチだなぁ」

「人のことケチ呼ばわりするなら離れてからにしてください」

 なるべく感情が動かないように意識して、俺はいつも通りのやりとりを心がけた。

 昨日からあるこの人に対するこの動悸や意識が何なのかを、考える思考を捻じ切って。

「あ、あれ里奈ちゃんじゃない?」

 そう言うと由利亜先輩は片方の手を俺の腕から離すと「里奈ちゃーん」と大きな声で呼びかけた。

 周りに比べて高いこのテンションは一体どこから来ているのだろう。

 すると前を歩いていた女子が振り返り、こちらに気づいて手を振り替えしてきた。本当に三好さんだった。

 後ろ姿だけでは俺には判断できないのだが、俺がおかしいのか……?

 足を止めて待ってくれていた三好さんに追いつくと、三人並んで歩き出す。

「おはよ」

 由利亜先輩の挨拶に三好さんが固く応える。

「おはようございます、ユリア先輩。最終日、楽しみましょうね!」

 どうやらテンションが高いのはこの人も同じらしかった。いや、俺の目に活気がなく見えるだけで、実はみんなテンションは高いのかもしれない。

「うん! でも今日は太一くん来てくれないらしいんだよねぇ」

「え!? またですか? 今日も連れて行きましょうか?」

「由利亜先輩、そうやって後輩使うのやめてください」

 捕まれた腕を少し力を入れて引き抜くと、俺は三好さんに「今日は用があるから行かないんだよ」と説明する。

「綾音の妹まで、たぶらかしたの……?」

「里奈さんて実は俺のことすげえゲスだと思ってるでしょ」

「う、ううん、そんなことないよ……!」

 口では否定しながらも、一瞬首が縦に動きかけたのを俺は見逃さなかった。

「もういい。でも今日は本当に行きませんから。頑張ってくださいね」

 不満そうに、でも最後は微笑んで、

「うん。頑張る」

 由利亜先輩は苦しそうな体勢に戻った。




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