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人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて善光寺参り。

 ふふっと、なんというか舌なめずりでもするかのような笑いをもって告げられたその後。

「まあそれはおいときましょう」

 もはや逃げられないことを理解した俺に出来たのはそんなことを言ってみることだけだった。

「置いておいてもいいけど、時限式だから気をつけてね」

「………………」

 …………いやだから、逃げられないのはわかってるんだってば………………。

 そんなやりとりをする俺たち二人、ツッコミが不在の中でコンコンと戸がたたかれた。

 時間的に考えて明らかにお見舞いとは思えない。

 だが、俺はなんとなく扉の向こうに立つ人物を連想できた。というか、ここは特殊な場所なのだ。俺が思い浮かべている人物以外に現れるとしたら、杉田医師か看護師二人のどちらかになる。

 つまり、誰が来たところで見知った人物以外にあり得ない。

 だから俺は会話をやめて戸を一瞥すると、そのまま先輩に視線を送った。病室の主は先輩なのだから、ここに来る人間は先輩目当てだ。だから開けるにしろ無視するにしろ先輩の意思次第で、それを確認するために送った目の先で、先輩は「はい。開いてます」となれた感じで返事をした。

「お邪魔するよ」

 ほぼ無音で開く引き戸を開け、男は部屋の中に入ってきた。おおよその予想通り、何の変哲もない我が兄だった。

「やっぱいたか、太一、ちょっと話あるから来てくれる?」

「え、俺? 先輩じゃなくて?」

「俺がなんで長谷川さんに用があるんだよ。仕事は終わったし、もう会話をする必要もないだろう?」

「いや、一応クライアントだったんだろ……」

「金はもらってないよ」

 その一言にはさすがに驚いて、「は?」と素で返してしまった。

「だって俺にはあんだけ払ってたじゃん」

「それは、先行投資だよ。俺に出来ないことをおまえが出来れば俺たちの仕事はより儲かるからな」

「今俺たちって言った? 変な仕事に俺を巻き込まないでくれる?」

「ともかくさ、ここじゃあれだからラウンジ行こう」

「えー……」

 面倒くさい。この男と話すとろくなことがない。

 そういう思いを込めて、先輩に引き留めてもらいたかったのだが、思い届かず先輩はあっさりと俺を引き払った。

「私もそろそろ勉強しなきゃ。またわからないところがあったら電話するからよろしく」

 ひらひら手を振りすでに送り出す気満々の先輩を横目に、ため息をつく。

 ああ、癒やしが欲しい。




 入院患者とその見舞客のために用意されているラウンジに二人で歩いていくと、時間帯的に当然なのだがすでにほぼ消灯されていた。

 見回りの看護師がいないため電気をつけることも出来ないのだが、兄はそんなの気にするそぶりもなく椅子を引いて腰を下ろしてしまう。なぜこんな暗いところで、と言おうとしたところでさっきまで先輩と一緒にいた場所も別に明るくなかったことに気づいた。

 やぶ蛇になる前に俺も兄に習って腰を下ろした。兄は思い出したかの用にポケットに手を突っ込むと、「ちょっと飲み物買ってきて」小銭を取り出して自販機の方を指さした。

 相手は一応死にかけだ。その相手に「俺はいらないからおまえが行け」などと言うような非道ではない。

「何飲むの?」

「んー、お茶、あったかいの」

 はいはいと小銭を受け取ると、ちゃっちゃと自販機でお茶を二本買って席に戻る。

「悪いな」

 俺は兄に片方を渡すと自分の分の蓋を開けてちびりと唇に当てる。正直喉は渇いてない。何だったらちょっとトイレに行きたいくらいだ。

「それで、話って?」

 兄がお茶に口をつけてそれを机に置いたのを見て、俺は本題に入るようそう切り出した。

「ん、まあ、その、話の内容くらいは察してるんだろ?」

「いい年して恋愛がらみの話でもじもじするな」

「こういう話はな、いい年になればなるほど年下に話すと気恥ずかしくなるもんなんだよ」

 そんなしょうもないこと淡々と言われても。

 それにしても、本当に女一人にこんなにまごまごしているこの男は珍しい。中学高校と勉強一筋を貫き通して彼女はいなかったが、大学に入ってからは心理学の勉強だとかなんとか言ってかなり遊んでいたようだったのだが、どうも初恋とか言う甘ったるいモノは本当に今回なのかもしれない。

 初恋がまだだったのかと考え至ると、それはもうなんともお可愛いようななんともいえない気分になる。

「仕事の進捗はそれなりだよ。昨日のあれがなかったら二三終わる予定だったモノがまだ止まってるけど、それも今日中に終わる」

 一人勝手に微妙な雰囲気を抱えてしまった俺は、仕事の話をすることで気分を変えた。

「全体の進捗に遅れは出てない。報告受けた分には下請けに任せた分も大方予定通り」

「まあおまえに任せときゃ失敗はあり得ないから、その辺俺は全く心配してないよ」

「いや、そんな変に信頼されても困るんだけど」

 仕事の量とか内容とか、今までの雑用のようなモノとは一線を画していて、もはや普通に高校生の領分は超えている。それでもなんとか俺程度に人間にもこなせているのは、この天才が地盤を固めていたからだ。俺は報告を受けて改善点をあげればいいだけ。

 そんな状況にした自分の功績を、人の実力のように言うのはやめてもらいたい。

「ともかく、だから仕事の方のことは気にせず斉藤さんとイチャイチャしてていいんだけど、病院だからほどほどにな」

「病人相手に変なことなんかしないよ。そんなことしてられるほど生命力もないしね」

「なんだその言い方?」

 生命力?

「生きようとする力のことだよ。長谷川さんが両親に吸い取られていたモノであり、神社の巫女たちが発散することによって魔を押さえ込んでいたモノでもある」

「めちゃめちゃに初耳なんだけど」

「おまえには言ってなかったからな。変な情報で混乱させるより、個人の頭で考えた方がおまえの場合は解決までの時間が短そうだったからな」

「仕事依頼しといて隠してんなよな」

「現場の判断ってやつだな」

「一番全面に出て仕事してたの俺だけどな」

 現場にいたのは俺だと言い、しかし終わったことをとやかく言ったところで何も進まないことに気づいて言葉を引っ込めた。

「で、じゃあその生命力ってのはどれだけあればいいんだ?」

 俺の質問にあきれるように首を振りなぜか空虚に笑う目の前の男。

 真剣な話をしているときに何を笑っているのだとキレていいのだろうか?

「いや、おまえって自分のこと普通だと思ってる割に普通じゃない話をしても何にも驚かないよな」

 けらけら笑いながら言う兄に、「だからなんだよ」と悪態をつく。質問の回答を聞く前に、その言葉の真意を確かめる必要がある。俺は普通に普通なのに、それを否定しようというのならちょっと斉藤さんの病室に行って全部を台無しにする魔法の言葉でも叫んでやろう。

「だから何ってワケじゃない。ただ、ありがとう」

「…………。きもい」

 「ひっでえ」と笑って俺の言葉を受け流し、そして、俺の質問にこう答えた。

「俺の命はもって二、三日だ。回復の方法はなくはない。おまえも見た方法を使えば、人は死んでも生命を維持することは出来る。でも、な」

 一息に、まくし立てるように淡々とそう告げた兄の顔に、笑みはなかった。

 無理矢理笑っていて風にも、今、無理矢理顔を落ち着けている風にも見えない。

 覚悟は決まっていたと、そういうことだと思う。

「前にも言ったけど、そんな状況なら母さんと父さんに言いに行った方がいいだろ」

「母さんは今仕事忙しいみたいだし、父さんに言ったら母さんに迷惑かかるだろう?」

「俺が今絶賛かけられてますが」

「弟は、使い潰すためのものだろ?」

「よしわかった、それじゃあ兄さんが最後にお漏らししたのは中二の春だったと言うことを斉藤さんに伝えに────」

「───悪かった! 感謝しています!!!」

「報酬、この間の倍な」

 目を伏して、すごんでみた。

「承りました!!」

 こりゃ便利だ。

 人の恋につけ込むのも悪くないなぁなどと思いながら、じゃあ結局、この男は俺に何を頼もうとしているのだろうと、思考する。




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