病室で、恋バナ!!
「君は、鷲崎由利亜っていう女の子のことをどう思ってるの?」
先輩は改まった声でそんなことを聞いてくる。
手の中でまだ温かいコーヒーを握りしめ、俺は答えあぐねる。口を開こうとして、目をそらす。
「君がどうして鷲崎ちゃんからの好意をひたすらに受け流し続けているのか、なんとなくだけどわかるよ」
布団に埋めた自分の太ももを見つめるようにうつむく先輩は、答えない俺に代わって言葉を紡ぐ。なんとなく、などとつけてお茶を濁してはいるが、口ぶりには確信があった。
「別に、受け流したりしてませんよ。本気にしてないだけです」
「あんなに必死にアタックしてる女の子の好意を本気にしてないとか最低」
でまかせのつもりもなかったのだが、普通に全否定された。
じとっとゆがむ先輩の目に、それでも軽蔑のような色はない。
「ねえ、鷲崎ちゃんの告白、受けないのってやっぱり太一君的に思うところあるから?」
思うところ。そんな風に濁すのは、先輩らしくなかった。
「ちゃんとふると、蟠りが出来て一緒に暮らしづらくなりそうじゃないですか」
校内で発したら矢でも飛んでくるんじゃないかというような台詞を、少し考えてから発した。椅子の座り心地が悪い。
「本当は好きな人がいるってこと?」
「それはそれ、これはこれって感じで」
「そうやって受け流してられるの今のうちだけだよ?」
「受け流してるって言うか、俺まだ高一なんで、猶予とか欲しいなと思うんですけど」
言い訳よりも見苦しい俺の弁に、先輩はこちらを見る。
「好きなら好きで、それでいいじゃん。太一君はさ、鷲崎ちゃんに対して勘違いしてない?」
「勘、違い……?」
「鷲崎ちゃんが太一君に後ろめたさを感じているんじゃないか、とか」
勘違いなどと言われて疑問を感じてしまったが、なるほどそういうことかと頷いて俺はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「俺は、由利亜先輩を脅迫してしまっているんでしょうか?」
どこまでも自分本位な質問だなと思う。でも、俺があんな人に告白される理由などほかに思いつかない。
だから、きっとあの家に住むために無理を押し通して俺にあんなことをしまくっているのだと、そう思っている。俺はその行為に甘えてあの人の唇さえ奪った。
そんな男がいまさら何を言える? 告白の返事?
恥ずかしくて今すぐ死にたくなる。
「え…… なにそれ……? ……質問?」
だが先輩は荒れ狂う俺の心中など知るよしもなく、俺の下質問を意味わからないという顔で受け止めた。
「あ……あのさぁ、太一君…… 君は、鷲崎ちゃんのこれまでの行動が全部、あの家にいるための口実だったと…… そう思ってるの……?」
「……は、はい……」
「なるほどなるほど」
腕を組み、うんうん頷くと、先輩は満面の笑顔で俺を見る。
「私、太一君のこと勘違いしてた。ううん、ちょっと過大評価してた見たい」
うふふと不吉に笑う先輩。
「私が思ってた以上に、太一君て」
「最低だった」
ドスのきいた、それはそれは低ーーーーーい声だった………………。
「私は太一君が鷲崎ちゃんに対して付き合うことに後ろめたさがあって受け流してるんだと思ってたのに、まさか好きじゃないのに告白しているのは家に住むためだからだ~とか思ってたなんて…… ここまで来るともう私でさえ鷲崎ちゃんが可哀想になってくるよ……」
酷い言われようだった。酷いことをしたのだろうから、仕方のないことなのかもしれないが、しかし、その人の気持ちなどその人にしかわからないのに、この人がなぜ俺をこんなにもそしり鷲崎先輩を哀れむのだろう? 意味がわからない。
「君は、鷲崎由利亜をわかってなさ過ぎる。もう半年も一緒の家で過ごして、その程度の認識とは驚いたよ」
「何が言いたいんですか。そこまで言われたら納得のいく説明を聞かないと気が済まないんですけど」
俺は目を細め、きつく問い詰めるように言う。
「わかってるよ。言ってあげる気があるからこうやって話してるんじゃんか」
先輩は軽くあしらうようにため息をつくと、手を差し出してきた。
差し出された手に、意味がわからず手を置くと、「お茶」話す代わりのお茶の要求だった。
どう考えても一番可哀想なのはこんなことでパしられる俺だと思った。
あったかいやつという要望通りに買ってきたお茶には口をつけず、手元でもてあそぶこと数分。先輩はなぜかかたくなに口を開かなかったが、「もう一回聞くけどさ」そう言って話が再開した。
「好きな人、いる?」
「今回は珍しくしつこいですね」
「ちょっと、イライラしてる?」
「少しですけど」
隠すことなく告げた。
まごまごした先輩に少し憤りを感じているのは事実だ。
「でも、結構重要なことじゃん……」
「俺に好きな人がいるかいないかが、ですか?」
「うん。だって、そういう話をしてるわけだし」
「しだしたの、俺じゃないですけどね」
正論しか言っていないのに、なぜか非難の目を向けられる。理不尽。これでいらつかないやつも珍しい。
「四月の頃の太一君だったら一言聞けば教えてくれたと思うんだけどなぁ」
「はぁ…… いませんよ、好きな人なんて」
結局、俺が折れた。ただそれは正直な気持ちではあったけれど、正確な回答なのかはわからなかった。
「本当に? 本当にいないの?」
「いません。これで何か教えてもらえるんですか?」
「う、うん……」
歯切れの悪い先輩は、重たそうにもたげた顔を上げる。
深い息のあと、俺は少し驚きながらその話を聞いた。
曰く、
『鷲崎ちゃんは太一君のことを本気で好きなのだ』
『太一君が今まで鷲崎ちゃんに何をしてきたのかはしらないけれど、彼女自身はそれを嬉々として受け入れていた』
要約すると、そんなことを熱心に言われた。信用には値しないが、なぜこんなにも先輩が必死になるのか、それは疑問だった。今まではけんかばかりしていたのにと。だから、簡単に否定することも出来なくて、なぜだか信じてしまいそうになった。
「太一君の自己評価の低さって、お兄さんと比べてきたからでしょ? でも君のお兄さん、太一君の方が天才だって言いまくってるよ?」
それはいつだか杉田先生からも聞いたなと思い出して、
「あの男が、思ってること言うわけないじゃないですか」
そのときと多分同じことを返した。
「で、先輩が由利亜先輩のことをそんな風に言うのにはどんな理由があるんですか?」
もう先輩の話は終わりだろうと判断し、抱いた疑問を問いかけた。
「そんな風に気遣って、何か目的でも?」
「私が? 鷲崎ちゃんを気遣ってる?」
「違うんですか?」
驚いたような顔で問い返した先輩。俺はさらに疑問を返すと、派手に笑い声を上げ始めた。
初めて聞いた先輩の爆笑だった。
涙を目尻にためてそれを指で拭うと、
「違うよ、これは戦う前の下準備だから」
なに? 戦うとか言ったか?
「君はこれから大変だよ?」
何を言っているのかわからなかった。
大変?
最近もっぱら大変だった。それが終わって、何だって?
「いや、今でももうずいぶん大変な毎日ですから、これ以上はもう……」
俺はただ目の前で艶めかしく微笑む美女に見とれるしかなかった。
言い逃れようのないほどに見蕩れ、惚けて、吸い込まれる。
口にした逃げ口上など、届きはしない。
「覚悟してね」
ああ、俺の平凡な日常よ……いずこに……。
「そんなもの、今までもなかったでしょ?」
「…………たしかに」