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好きな人はいますか? その人どんな人ですか?



 先輩の入院している病室に戻ると、自販機で買ったコーヒーに口をつけつつ先輩の昔話を聞き流していた。

 それは明らかに人に気軽に話せるような内容ではなかったし、できることなら聞いたという事実そのものをなかったことにしておかないと、何かがあったときに情に流されてしまいかねないようなそんな話だった。

 意味がわからないという方には端的に言おう、親のけんかと借金の宛の話だ。

「そんなことがあったけど、お母さんもお父さんも私にはよくしてくれてたんだよ。本当に」

 それはなんとなくわかっていた。

 由利亜先輩の事情を聞いたときの先輩は、それはそれはあり得ないものを見る目だったし、セカイには自分の知らないことがまだまだあるんだなあみたいな顔をしていたのをなんとなく覚えている。

「だからお母さんにもお父さんにも感謝していたの。すごくすごく。だから、あのとき私はどっちにも生きてほしかったし、死なないでほしかった」

 あのとき、というのがいつのことなのかハッキリとは知らない。多分、夢で見たあのとき。

「でも今の私は違う。今の私は昔の私ほどお母さんたちに生きて、目を覚ましてほしいと思っていなかったの」

「は……?」

 突然の発言に虚を突かれ変な声がでる。先輩はそんな俺の顔に手のひらをかざすことでまだ話すことがあると沈黙を要求してきた。

「正直な話をするとさ、生きてきた中で一番大変だったのって高校入学の時だったんだよね。中学の先生は私を放り出して学校をやめるし、入試会場には行けないし、もう散々で。そんなときに助けてくれたのが斉藤さんだったんだけど、実は斉藤さんが声をかけてきたのは太一くんのお兄さんの指示だったって言う裏の事情もある」

 は……初耳なんですけどぉぉぉ…………?

 口をぱっっっっっくり開け放った俺を横目にコーヒーで喉を湿らせると、先輩は続けた。

「ま、そんなわけで斉藤さんの手助けのおかげで私は高校に入れることになったんだけど、その一番大変な時期に親は不在だったってわけで。でまあ、ぶっちゃけ親とかいなくても人って生きていけるんだなあとか思い始めた頃から、なんとなく、ここに入院している両親のことを重荷に感じていた気がする」

 ふぅ、小さな息を吐くと、先輩は笑った。微笑みのような、苦笑のような、すごく楽しげなのに、なぜか悲しみが伝わってくるその笑顔に、俺も笑みを返した。それ以外はできなかったし、それ以外に何をすればいいのかもわからなかった。

 先輩が何でこんな話をするのかにはなんとなく察しがついたけれど、それはあくまで俺の思いつく理由であって、先輩にはもっとほかにワケがあるのかもしれないと思うと軽々しく聞き出すこともできないで、だから結局俺は笑った。

「今ね、すごく肩の荷が下りたって感じなの。杉田先生にも顔色が良くなってきたねって褒められたし、胸も少し大きくなった」

「胸の情報は別にいらないです」

「すぐ反応するってことは気にしてるってことかな?」

「ツッコミは寝かせると効力を発揮しないのですぐさまツッコムのがオレ流なんです」

 先輩の胸になど一ミリの興味もないが、そんな風に話題にされればなんとなく目線が行くわけで……

『エッチ』

 そう書かれたメモが胸元に貼ってあった。

「……………………………………」

「気にしてないとか言いながら。案外チョロいよね、太一君て」

 わなわなと震える右手を沈めながら、からかう先輩に意地ではむかう。

「当たり前じゃないですか。こっちはただの平凡な高校生で、そっちは普通に美人の先輩なんですから、個室で二人きりの時に胸元を見るくらいは許されるべきです。 性別の違いを受け入れるには、そういう性差を理解し合うところから始めるべき何です」

「すごい流ちょうにしょうもないことを言う異常な後輩君だなぁ~」

「何だったらちょっと襲ってみる?」

 入院着の上をぴらぴらまくりながら布団を剥がす先輩。

 うわぁ、何この先輩楽しそう…………

「……いや、そういうノリは一人で足りてますので…………」

「ノリ……?! 私の誘惑がノリ……っ?!」

「からかうのも大概にしないと、もう先輩を守ってくれる光はないんですからね。変な男がよってきても簡単には倒れてくれないんですから」

「変な男にこんなことしないわ!!?」

 真っ赤な顔で反論してくる先輩だが、俺は普通に心配だった。

「そんなこと言って、鷲崎ちゃんなんて学校ではすごいモテるじゃんか。私なんかよりあっちの心配した方がいいと思うけど?」

「いやいや、由利亜先輩かなり強いですし、それに、今日もだったんですけど、あの人合気道部の猛者たちがボディーガードしてるんで校内で危険とかないですよ」

「え、なに、女子合気道部が鷲崎ちゃんの護衛してるの? それで彼女彼氏ができないのか」

「それは関係ないと思いますけどね」

 「ところでさ」と先輩は神妙な面持ちになると、小さくんっんぅと咳払いをして言いにくそうに目をさまよわせた。

 何だろうと思い待っていると。

「き、君は……好きな人とかいないのかい!!!!?」

 一息に、そんなことを聞かれた。




「俺の好きな人ですか? いるように見えます?」

「三好ちゃんとか」

「すごくよくしてくれるから友達だとは思えてますけど、愛想尽かされたら話もしなくなると思います」

「弓削ちゃんとかは?」

「妹ちゃんたちと仲良くなったので、今度一緒に境内の掃除とお菓子作りをする約束もしてますけど、弓削さん本人とは仕事の関係って感じですかね」

「じゃあ、私、とか?」

「先輩は先輩ですし」

「なんだそれ!!?」

 激高する先輩を適当に受け流して、コーヒーを一口すする。

「はあ、じゃあ鷲崎ちゃんは? 正直未だに付き合ってないのが不思議なくらいのもうアタックだと思うんだけど」

 今の流れなら当然の質問ともとれるこの流れ。だが、俺は違和感を覚えていた。

 三好さんが一番で、弓削さんが二番、先輩が三番で由利亜先輩が最後。高校での俺の交友関係のコンプリートだが、この順番は少し不可解だ。まず、弓削さんが入ってくることも謎だった。

 三好さんが一番なのはいい。同級生でかわいい女の子。一般的な学校にいれば今頃は男に囲まれる生活を送り女子に嫌われていたかもしれない。いや、そこまで不器用ではないか。

 二番目の弓削さんは、先輩に一度しか会っていない。これは本人が言っていたことでもあるし、それに、俺と一緒にいるところなど先輩は見ていない。

 そして自分が三番目。

 普通こういう時自分は最後にするものではないのか?

 以上のことから俺の中には違和が生じていた。

 この先輩の質問には、別の意図があるんじゃないか。そんな腹の探り合いのような思考が巡る。

 先輩はいつも直球だ。だからこんな回りくどい思考はしない。そんな風に考える自分もいる。だが、人を一側面から見ることの恐ろしさなど、俺はいやというほど知っている。

 いやになるほど体感してきたじゃないか。

「そりゃああんだけアタックされたらぐらっと行きそうにはなりますけどね、俺はそんなに軽い男じゃないんですよ」

 腹の探り合いなどまっぴらだ。

 俺は、高校で初めて言葉を交わした先輩に、嘘なんてつきたくない。

 今までの経験なんて何になる。反省を生かして虚言を吐くような人間になって、それが大人か? それが正義か? そんなのエゴだ。そんなの欺瞞じゃないか。

 俺は目の前にいるその人に、嘘なんてつきたくない。

 だってこの人は、この人をこそ、俺は──────

「鷲崎ちゃんとは付き合えないって、思ってる?」

 ──────この人のことが、本当は苦手かもしれない…………。




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