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145回 うーん、ラブコメって難しい。



 夜も七時を過ぎた秋の空にはハッキリと満月に近い大きな月が浮かんでいる。

 白い月に見下ろされながら病院の前のベンチに座ると、肌寒い風が吹き抜けていく。

「それで、私の外出許可とってくれた?」

 入院着にパーカーを羽織った先輩が、足下のサンダルをパタパタしながら聞く。

 着てきたパーカーを剥ぎ取られた俺は、少しの寒さを感じながらその質問に答える。

「残念ながら。医者としてそれはできないって」

「私確かに病院にはお世話になってるけど医者のお世話になったことって一度もないよ?」

「生まれてくるときに───」

「助産師さんが自宅で取り上げてくれた

「風邪引いたときに───」

「風邪引いても病院に行くお金なかったし」

「…………おたふくとか水疱瘡の予防接種で」

「それは……さすがに受けてるけどさ……。こんどのことでは私医者には何の恩義も感じてないんだけどな」

 唇をとがらせてすねたように言う先輩。

「そんなこというのらしくないですね。医者にはそうかもですけど、杉田先生にはお互いお世話になってると思いますよ?」

「んー…… わかってるよ、そんなこと……」

 落ち着きなくパタパタしていた足が動きを止め、「はーあ」と声を漏らす。

「病気が治って、入院生活も終わり。これでようやく普通の生活に戻れる。全部、ぜーんぶ太一君のおかげ。それも、わかってる……」

 先輩の口から漏れ出る吐息にドキリとして、つい顔の方に目が行く。

 そして、向いた方からの視線とかち合って、二人見つめ合う。

「ねぇ、太一君」

「なんです、先輩」

 見つめる先にある黒い瞳に、意識が吸い込まれていくように感じる。

「私、普通になれたかな?」

「と、思いますよ。さっきも看護師の人に挨拶されてたじゃないですか」

「ああ、あれはびっくりしたなぁ。今まで目をそらされるか倒れるかだったから、結構新鮮だった」

 嬉しそうに笑う先輩の目元はピクリとも動かないで、俺を射貫いている。

 ほしい答えはそれじゃないと言われているのがわかった。

「病気が治って、ただの美人担った先輩は、来週からの学校はどうなるんですかね」

「もう部室で一人で勉強ってのはなくなるかもなぁ。寂し?」

「いやいや、むしろちょっと心配です。俺と由利亜先輩と、それから三好さんとしか交流ないじゃないですか、人付き合いとか大丈夫なのかなって」

「それは太一君にだけは心配されたくない部分だよね、誰にとっても」

「失敬な」

「いやいや、絶対みんなそういうよ」

 むーとうなって余地なしと告げて、話を戻す。

「ともかく、明日もちゃんと病院で養生しててくださいね。正直、何が起きても不思議じゃないんですから」

 その言葉を聞き終えると、ふいっとそっぽをを向いて、「はいはい、私はいつも門外漢~」とかなんとか。

 俺はベンチに座り直して目の前に広がる芝生の広場に目を向けた。少し茶色が混じった芝生に、寒暖差で現れた露が乗っている。

「来年……。来年は、私と一緒に回ってね。学校祭」

 唐突な申し出で、すごく突飛だなぁと思ったが、少し考えるような間をとってから、俺はからかうようにこう言った。

「先輩は『学校祭」派なんですね」

「どうでもいいわぁ……」





 十月十二日 夜七時十一分 山野太一のアパート


 鷲崎由利亜は固定電話の鳴り響く着信音を止めるべく、受話器を手に取った。

 当然のように耳に当てると、「もしもし山野ですが」そう告げた。鳴り響いている間、電話の発信者を表示するパネルには見知った名前が記されていたのだ。

 スピーカーからは名前の通り、三好里奈の声が響いた。

『もしもし、ユリア先輩ですか?』

「うん、里奈ちゃんだよね?」

『はい。今日は大変でしたね。あの後大丈夫でしたか?』

 由利亜は後輩が自分を心配して電話してきたのだと理解し、「うん。心配かけてごめんね、あと、迷惑も。折角来てもらったのに、あんな感じになっちゃって」まだ立ち直り切れていない感情が言葉の端々にうかがい知れるその口調から、里奈も少し声のトーンを落とす。

『いえ、楽しかったですし、おいしかったですから、全然迷惑なんて思ってないです』

「そっか、ありがとう。太一くんとはその後うまくいったのかな?」

 自分の話題は暗いからと、相手の方の話題に踏み込む。

 ふっと息が漏れる音がスピーカーから聞こえた。それは何を意味するのか、由利亜にはわからなかったが、しかし、一つ理解した。本題は私の心配ではない。そのことに。

『一つ、聞いてもいいですか……?』

 由利亜の質問には答えず、里奈はそう切り出した。後輩のその行為に、由利亜は特別何を感じることもなくその尋ねに「うん、なんでも聞いて」と、気前のいい先輩を装いながら受話器を右から左に持ち変える。

『ユリア先輩は、そ、その…… たいち君のこと、好き、なんですか……?』

 なんでも、と、自分の言った言葉を反復し、由利亜は、いや踏み込みすぎじゃない?と思った。

 しかし、言った手前答えないわけにも行かない。もちろん、なんでも聞いてなどと言わなくても、里奈がこの質問をして来るのは避けようがなかったのだろうが、しかし、聞かれたからには当然、真意で答える。というか、あれだけ毎日一緒にいて、改めて聞いてくるようなことだろうかと思いながら。

「うん。好きだよ」

 簡潔に、聞かれたことにだけ答えた。

 里奈はその答えを聞いて、数秒の間押し黙っていたが、意を決したように息を吸い込むと電話越しにも顔を真っ赤にしているのがわかる位にハッキリと、大きな声でこう告げた。

『私も! 私も、たいち君が好きです! 絶対に誰にも渡したくありません。ユリア先輩にも、長谷川先輩にも、絶対』

 はあ、はあと吐息がスピーカー越しに漏れ聞こえてくる。緊張か、それとも興奮か、どちらともかもしれない。彼女をせき立てる何かが、体よりも先を行き、どこまでも感情を揺さぶっているのか。

「そっか。うん、わかった」

 由利亜は端的にそう言うと、目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。

 特に意味はない。

 ただ、同じ女の子として、決意を持って自分に対峙してきた恋敵に対して、誠実でありたいと思っただけ。

「でもね、そんなの私も同じだから。だから、私は手段を選ばないよ」

『……っ』

 由利亜はそのまま受話器を置いた。里奈の耳には「ツーツー」という切断音が聞こえていることだろう。そんなことを考えることもなく、鷲崎由利亜、学校一の才女は独り言つ。

「私が一番先だもん…… ぽっと出になんて、渡さない……」




作者コメ


久々にタイトルが雑だなぁ……

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