恐れ多くも現生徒会長。
結局、由利亜先輩にはその後会うことなく里奈さんと二人で学校内を二周くらいして、目についた物を買ったり遊んだりして四時半に部室へと戻ってきた。
不意に我に返ると由利亜先輩の一大事に何やってるんだろうなあなんて思わなくもなかったけれど、それでも学校内で俺があの人に出来る事なんて無いのだと思い知らされたばかりの手前、何を出しゃばることも出来ずに結局部室に戻ってきて思考にそぐわない程にのんびりした時間を過ごしている。
机に突っ伏した体を起こしてお茶に手を伸ばすと、里奈さんがこちらを見ていることに気付く。その視線が何を訴えているのかなんとなく察しのつく俺は、あえて藪をつつく気にはなれずに口元まで運んだ湯飲みからお茶をすする。
先輩が買ったやたらに高い茶葉がそこをついたのはもう随分前で、今飲んでいるのは行きつけのスーパーで買える格安の茶葉で入れたお茶だ。なにげにおいしいから文句はない。
「━━━君」
お茶請けに保存の利く和菓子やらクッキーやらもあるのだが、さっきまで歩き回って食べまわっていたからあまりそれを食べる気にはならない。
「━━━いち君」
残り少なくなった湯飲みに急須からお茶を足し、再び体を机に横たえ━━━
「たいち君!!!」
━━━る事はまあ無理で、激高する里奈さんに目線を送ると目の端をつり上げて返してくる。
おー……こってらっしゃる。
「なんでしょう……?」
「なんでしょうじゃないよ!! ユリア先輩の事は良いのって聞いてるの!!」
激しい口調の里奈さんに、なだめるようにと言う意味も込めてさらりと返す。
「良いも何も、出来ることとかなさそうだしなぁ」
「出来る事なんて無くて当然じゃん!! 私たち下級生だよ!?」
「まあ、そうなんだけどね。そういうことじゃなく、俺って学校では由利亜先輩とあんまり喋ったことないんだよ。今日も行くつもりなかったし、なんだったらちょっと気が引けたくらいだよ」
「気が引けるって、それはだから下級生だから……?」
んん? と唸る里奈さんに、素直なところを答えた。
「そうじゃなくてさ、由利亜先輩を見る人たちの目が全員俺の兄貴を見る人の目と似てたんだよ。だから、なに、違和感しかなくて、多分俺と先輩は由利亜先輩とその環境を取り巻くあのクラスにとって異分子なんだよ」
異端児とか、異教徒とか、もっと酷い言い方をすれば、ウィルス━━━とか。
「また長谷川先輩?」
「あの人は特殊だからね」
「そりゃまああんな美人が一般的とは言わないけど、でもたいち君と同じくらい変だとも思わないんだけど」
納得しながらも地味な形で俺を貶しにくるこの同級生、普通に酷くない?
「だからまあ学校ではあんまり関わらない方が良いのかなあと、思ってたり。修学旅行の時も日程言わずに行ったくらいだし、徹底してると思うんだよね」
俺が初めて由利亜先輩にあったのも俺のアパートでなのだから、学校では関わってくるなと言う意思は相応に感じる。出会った頃こそ学校でも絡んできていたけれど夏前の一件以前から、既にほとんど学校では部室以外で接触していない気がする。記憶違いかも知れないが。
里奈さんが持ち上げたマグカップを口から離して机に置くと、俺はそのマグの中にお茶を注ぐ。
「ありがとう。じゃあ、ユリア先輩の気持ちを汲んで、たいち君は会いに行かないって言うんだね?」
「そんな烏滸がましい言い方はしないけど、俺から行くのは控えようかなと。まあ今までも控えてたんだけどね!!!」
今ここだけは威圧的にいこう。だって今日あのクラスに行ったのは俺の意思ではなく、この人の所為なのだから。
そんな強い思いが届いたのだろう。里奈さんはマグカップに再び手をつけると中身を一気に呷って、
「ぅぉッほ…!! ごほッ!!」
盛大にむせた。
「あっつい!!!!」
「淹れたばっかりだしね」
そりゃそうだ。俺はハンカチを渡してお茶を飲んだ。
午後五時を回ると、明日の準備を終えた生徒が昇降口から出て行く姿が増え始めた。俺はそんな生徒達を横目に人を待っていた。多分会いに行けばパッと会えるのだが、こちらから行くとやたらに警戒されるので偶然を装っていこうという算段で。
当然の様に隣に立つ里奈さんは去り際の生徒に声をかけられまくりながら笑顔で少し話したりして最後に「じゃあね」と手を振っていた。隣に立つ俺のことを明らかに不審な物を見る目で見ては、見なかった振りをするのが共通の反応だった。
「ごめんね。なんかみんな失礼だよね……」
里奈さんはそんな風に謝ってくれるが、俺の方は全く気にしていないので「友達がヤバい奴とつるんでたらあんなもんだよ」なんて笑って誤魔化した。
実際に俺が教室で一人浮いているのはなんとなく察しがつく。常に一人で、登下校時に学校でも有数の美少女と一緒に居る。そんな奴、俺だって気色悪いと思う。俺は俺が普通であることを知っているからこそ、変なのがあの二人だと断言できるけれど、それすら知らない奴らなら、もはや俺の事をああいう明がいでは見れないだろう。
そして、この理論で行くと里奈さんも相当に変なのだが、ここではあえて言うまい。
「それでさ、たいち君は誰を待ってるの?」
振られた手を振り返しながら、笑顔の里奈さんが聞いてきた。
「ユリア先輩じゃないんでしょ? いつもは校門で待ってるもんね?」
行動を全て把握されているのは結構な恐怖だった。
「うん、まあ由利亜先輩を待ってる訳じゃないのはその通り。俺が待ってるのは由井生徒会長閣下だよ」
その名前を聞いて、里奈さんが顔を驚愕の色で染めた。この学校の生徒会長という職はそこまで仰々しい物ではないが、それでも会長推薦などと言う枠もあるくらいだ、少しくらい驚くのも無理はないかも知れない。
「たいち君……生徒会長の名前知ってたんだ……」
「え、あ、そっち? 失礼じゃない?」
呟かれた言葉にすぐさまツッコミを入れる。
「い、いやぁごめんごめん。でもなんて言うか、たいち君生徒会長とか興味ないから知らないとか言いそうだから」
「そんなことないよ、事実こうして知ってるわけだし。何より俺は小学生の時クラス長とかやった経験もあるしね」
「へえたいち君ルーム長とかやってたんだ、意外。もっと面倒くさがりだと思ってた」
まあじゃんけんで負けてなっただけなのだが、それもあえて言うまい。
「まあそこまで言うなら副会長とか書記の名前も言えるって事だもんね、凄いなぁ。やっぱり記憶力が違うんだね」
しみじみと言った様子でそんな事を言う里奈さん。もちろん俺は生徒会長未満の役職の人の名前など知らない。ので、うんともすんとも言わないことで、嘘を回避し笑顔を作った。
「ん? でもなんで生徒会長を待ってるの? 生徒会室に行けば会えるじゃん」
「まあ、なんて言うか、俺、嫌われてるみたいだから偶然を装ってこうかなって」
「なにしたの」
「い、いや何も? ただちょっと由利亜先輩が圧力をかけてるっぽい」
「な、何されたの……?」
由利亜先輩が何かをするほどの何かをされたと言う思考に至ったらしい。正しいんだけどその信頼はどこから来るのだろう。
「ちょっと色々あってさ」
「綾音の許嫁なんだよね?」
「あれ、それ知ってるんだ」
「前に、相談されたことあるから」
その相談の事を思い出しているのだろう。ため息を吐くと目を泳がせる。
「弓削さんとしてはあんまり乗り気じゃないみたいだもんね。まあこればっかりは俺たちにはどうしようもない問題だから、彼女自身が声を上げるしか無いと思うよ」
「それはそうなんだけど、でも、それが出来ない子だから……」
友達思いな里奈さんとしては、何も出来ない現状が不服なのかも知れない。しかしまあ、こればっかりは本当にどうしようもない。
「あ、そういえば私用事あるんだった」
突然里奈さんはそう言って壁から一歩離れると、首だけ振り向いて続けてこういった。
「じゃあ、また明日。来週の土曜のことも忘れないでね。デート、するんだから」
別に大きな声というわけではなかったが、その言葉は通り過ぎる多くの生徒の耳に届いたことだろう。
ばいばいと手を振って去って行く里奈さんを見送った直後、待ち人がすたすたと現れた。