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約束とつけ払い。



 保健室に入り扉を閉めると外の音は完全に遮断されて、窓の外から聞こえてくる風と耳慣れない雑音だけが耳に届く。

 二人だけの空間で、もちろん鍵など閉めることはなく置いてあった椅子に由利亜先輩を座らせると戸棚を漁って厚手のビニール袋をとりだした。

 冷凍庫から氷を出して四つほど袋に入れて少しの水を垂らすと口の部分を固く結んで選択ばさみにかかっていたバンダナにくるんで由利亜先輩に差し出した。

 俯いていた顔を少しあげて、ふるふると首を横に振っていらないという意思表示をしてくる。

 俺は軽く息を吐いてもう一つの椅子に腰を下ろすと由利亜先輩に向かい合った。

「由利亜先輩」

 軽い調子に名前を呼ぶと、重たそうに顔をあげてくれる。

 手のひらに隠された左の頬を見るために、そっと手を差し伸べて由利亜先輩の手を優しくどける。

「やっぱり赤くなってますよ、少し腫れ始めてますし。やっぱり冷やした方が良いです」

 熱をもった頬をそっと撫でる。ビクと体を震わせる由利亜先輩に「ご、ごめんなさい! 痛かったですか?!」バッと慌てて手を放した。

「う……ううん…… ちょっとくすぐったかっただけ……」

「そ、ならよかったです…… じゃあこれ、ちゃんと冷やしてください。痣とかできたら後残っちゃうかも知れませんから」

 差し出した氷を受け取ると、そっと頬に当てる由利亜先輩を見て、椅子から立ち上がる。

「じゃあ俺二年四組にもう一回行ってきます。り、三好さんが困ってると思うので。由利亜先輩はそのまま冷やしててくださいね。十五分くらい冷やせば良いと思うので」

 言い残して扉に向かう。

「太一くんは」

 俺の背中に由利亜先輩が声をかけてきた。

 いつもとは違う震えた声だった。

「そ、そのまま、そっち向いたまま答えて。太一くんは、私のこと、……好き?」

 ドキリとした。

 なぜだかは分からないけれど、曖昧に答えることが許される類いの質問ではないと、その高鳴りが俺に言っている気がした。

「好き、です」

「そ、そう、なんだ…… じゃ、じゃあ私と、つ、つつ、付き合い、たい……?」

「それは……」

 わからなかった。

 俺はこの人と付き合いたいのが。

 それを俺が自分に対して許せるのかも。

 だから素直に答えるしかない。

「分からないです。由利亜先輩の事は好きですし、凄く、その、可愛い、とも思います。でも、付き合いたいかと聞かれると、分からない……です……」

「ふ、ふーん、そうなんだ…… 心に決めた人がいるとか……?」

「いや、そんな人は居ませんけど。だって人の名前は覚えるのも覚えておくのも苦手ですから。すぐ戻ってくるんで居てくださいね」

 笑って答えて、扉を開けた。

 由利亜先輩は最後に質問するとき声がいつも通りになっていた。

 なんだかんだと調子に乗っておきながら、俺という人間は結局の所何もかもがどうしようもない人間なのだと再認識する良い機会になった。そんなことを思いながら、上級生に囲まれて困っているだろう同級生の元に足を進めるのだった。




 二年四組に里奈さんの姿はなかった。

 誰かに聞こうかとも思ったが、昨日の今日ならぬさっきの今だ。何を言われるか分かった物ではないので教室内を見渡して、居ないことだけ確かめると早々にその場を後にした。

 階段を上れば三年の教室で、ここには二年の教室で使わない机や椅子が運び込まれている。

 一応は進学校なので三年は最後の学校祭とは言え参加は強制されていないのだが、今年は全クラス気合いが入っており外に大型のテントをはってテキ屋、というか露店というかをやっている。休憩には特別教室が貸し出されていて教室にはほとんど人が居なかった。

 所々で友達同士で笑い合う声が聞こえてくるが、後は喧噪にかき消される程度のささやき声が聞こえるくらいで、ああ、ここカップルの盛り場になってるのかと思い至る。

 何故俺がそんな所に来ているのかと言えば、この上の屋上に用があるからだった。

 正確には屋上の入り口。屋上出口の扉前だった。

 そこは普段から物置にされておりあまり人が寄りつかない場所。

 そこに用事があるのだ。

 ちょっと休憩するために。

 一番は部室が良いのだが、部室は地味に歩く距離にある。一番の近場がこの屋上前の踊り場だったのだ。

 置かれた物を踏まないようによけながら、階段を上っていく。段々と遠くなる喧噪に心地よささえ感じながら、小気味よく登り切って踊り場に出ると里奈さんが居た。

「あれ……?」

「……へ?」

 顔を見合い、固まる俺たち。

 何か、何か言わなければ、そんな風に焦って、

「ご機嫌いかが?」

 あああ、馬鹿すぎる……

「ご……? さ、最悪だよ!!!」

「ですよねぇ~」

 里奈さんの最大ボイスが炸裂する踊り場は、その声を反響してエコーをかけているようだ。そのエコーがまた俺を責め立てる。

「なんであそこで私を置いてくの!! 凄い気まずかったんだからね!!? 気まずすぎてこんなとことに逃げ込んだほどだよ!!!!」

「お、俺ここ結構気に入ってるんだけどな」

「そういうことじゃなくて!!!」

「で、ですよねぇ~」

 怒りが頂点過ぎてツッコミがいつもより過激だった。

「ていうか少し落ち着いて、ここで騒ぐと教室にいる三年が上がってくるかも知れないから」

 暇をもてあました高校生が余計な噂を流して面道後とが起きたら敵わない。今抱えている分だけで十分に過ぎるというのにこれ以上変な事になったら倒れる自信がある。

「こんな人気の無いところで男女二人で居たら変なことしてると思われるかも知れないからちょっと静かにしてください!」

 というわけでオブラートに包むことなくはっきりと言った。

「あうっ…… ご、ごめん…… て、なんで私が謝ってんだろ……」

 何を考えたのか、もしかしたら俺と同じに思い描いた未来を憂えてくれたのかも知れない。少し頬を朱に染めると口撃が止んで静けさが帰ってくる。

 俺はここぞとばかりに謝罪の言葉を口にした。

「あの時は本当にごめん。でもあれしか思いつかなくて。本当にごめん」

 言い訳がましいかと思ったが、横に目を逸らした里奈さんは言い辛そうにしつつも、

「ま、まあ、あれであの場が収まったのは確かだけど、でも、あれだと次にユリア先輩が教室に行くときが凄い修羅場になりそうじゃない?」

 謝罪に関しては触れず、里奈さんはユリア先輩の身を案じる。

「それに関しては、由利亜先輩に頑張って貰おう」

「うわ、ひどいなぁ」

「酷いのはあんなところであんな質問した人だと思うんだけどなあ」

 壁に背中を預けるようにして座ると、里奈さんが移動してきて横に並んだ。

「でもあれで勘違いは解けたんじゃない?」

「どうかな、もっと根が深い気がするけど。多分それを一番気にしてるのが由利亜先輩で、一番嫌っているのも由利亜先輩で」

「根深いって、何が?」

「んー、わかんないけど、多分聞けば教えてくれるよ」

「ユリア先輩に?」

「そ。先輩に聞いても多分答えは返ってくると思うけど」

「長谷川先輩が? なんで?」

 今日一番の疑問符を投げかけてくる里奈さんに、当然のことを言う。

「二年生だから」

「ん?」

 首を傾げる里奈さんに、少し笑って一息ついて、その場に立ち上がる。

「もう行くの?」

「うん。保健室で由利亜先輩がまってるんだ」

「来週の土曜日の午後、私に付き合ってくれる?」

 突然の申し出に首を傾げると、ジトっと里奈さんの目が歪む。

「今日は、私に付き合ってくれる約束だったでしょ?」

 無理矢理優しく囁かれた言葉は寒気を伴って俺に届いた。

 ごまかせないと覚って「はい、喜んで!」脱兎の如くその場を後にした。

 …………休まるところがない……………




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