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お約束のメイドです。



 たこ焼きと焼きそばとハニートースト。

「なんかお腹いっぱいだからたいち君食べちゃって」と半ばむちゃくちゃな理由で全てを平らげ若干の吐き気を抱えながら、誘われるままに里奈さんと部室を後にした。

 長い廊下を歩く途中で人の話し声だったりが耳に届くようになり始めて、祭りなんだと言うことを改めて認識させられた。

 階段を上がり、クラス単位の教室や職員室が入った一般棟に出ると、一気に人の数が増えて騒がしさが本格化する。

「俺が受付してたときにはこんなに人居なかったと思うんだけど」

「ウチのクラスに人が来なかっただけだよ……」

「ああ…… まあ、展示の内容あんなだもんね」

「結構頑張ったんだけどなぁ」

 へこむなぁとうなだれる里奈さん。

 実際内容は良く出来ているように見えたが、いかんせん祭りには向かない浮かれなさなわけで、人気にはならないだろう。

 里奈さんはパッと顔をあげ、胸の前に拳を掲げると、ぎこちなく満面の笑顔を作り、

「でもいいんだ。おかげで当日にはこうして遊べてるんだもんね!」

「ポジティブだね」

「取り柄だもん」

 ふふんと得意げな里奈さん。

「そういえばどこか生きたいとことかあるの?」

「ううん、べつに。だからぶらぶらしようかなって」

「出店の方はまわって来たんだもんね。クラスの出し物とか、部活の出し物とかももう見て回った?」

「部活の方は友達と明日まわる予定。クラスの方はさっき友達と見て来ちゃった」

「………さいですか」

 じゃあマジ見る物無いんだな。

 目的無いと動かない俺にはなにげにきつい状況かなと不安になる。

「あ、でもたいち君を連れて行きたい場所ならあるんだよ?」

 俺の心を読んだかのような一言に、その横顔をすこし驚いて二度見してしまう。

「連れて行きたい場所?」

「どこかはついてのお楽しみだよ?」

 どこだろう。気になったがあえて問うことはしなかった。




 で、その問いかけなかったのは当然失敗に終わった。

 連れてこられたのは一般棟二階にある二年四組。【撮影禁止】の文字が大きく、かなり大きく、それはもう相当に大きく廊下に面した壁に模造紙に書かれて張り出されていた。

 ここは由利亜先輩の所属するクラス。

 さっきの会話にも出てきたコスプレ喫茶だ。

「きたくないと、言わなかったっけ………?」

「頼まれちゃって」

 てへっと笑顔でごまかす里奈さん。

 なんてやつだと唖然としていたそのとき、腕を絡め取られ押し付けられる形でその感覚を思い出し、おわった………と心のそこから思った。

「あの、俺殺されちゃうんで離れて貰って良いですか?」

「ううん、離れたくないからなんとか生きて?」

 撃滅に横暴な言い分だった。

 そうして由利亜先輩は、自分の教室に俺を引きずり込んだ。里奈さんにもきちんと声をかけるあたり周りは見えているようだ。見えていてこの行動力というのはいかがな物か? 慎みが足りないのかも知れない。

 机を四つくっつけて作られた席に誘導され、椅子に座らされると、「待ってて!」由利亜先輩はそう言葉を残して教室から出て行ってしまった。

 こういう場合、店員が来て注文を取ってくれる物だろう。しかしどうもそれは望めないらしく、遠巻きから眺めている視線をひしひしと感じながら、由利亜先輩を待つことになった。

 どうなってるんだこの店は……!!

 針のむしろで待つこと五分。

 ざわ、と外からなにかどよめきが起きた。

「お待たせ!!」

 その一言とともに帰ってきた由利亜先輩は、コスプレ喫茶の名に恥じない、完璧な服装にモデルチェンジしていた。(ちなみにさっきまではクラスで作ったTシャツか何かを着て制服のスカートをはいていた。)

 その服装とは。

「可愛い!! メイド服ですね!!」

 里奈さんは崇拝に近い眼差しで拝むように叫んだ。

 そしてまあ、言葉通りメイド服はメイド服なのだが………

「なんです、それ……?」

 としか言いようのない形の物だった。

「可愛くない?」

 首を傾げて問いかけた後、スカートの裾をつまんでくるりと回ってみせる由利亜先輩に、教室中から歓声が上がる。

「可愛いとか、そう言うんじゃなくてですね、いやもちろん可愛いですけど、それ、なんでそんなに胸元ぱっくりでスカート短くてふりふりなんですか?」

 もっと言えば、なんでそんなに派手なのを選んだんですか? 態々?

「太一くん、よろこんでくれるかなぁと思って」

 身をよじるような声音で、恥ずかしさが伝わってくるようだった。でも誤解が無いように言っておかないと、そんな気持ちで答える。

「それはそれで可愛いですけど、俺別に露出が多かったら好きって事は無いですよ?」

「━━━━━━」

 戦慄したようにその場に崩れ落ちる由利亜先輩をすんでの所で受け止めると、教室中からさっきとは違うどよめきが起こる。やべえ、マジで後で後ろから刺されたりするかもしれん。そんな風に感じるどよめきだった。

 慌てて支えるためにつかんだ腕から手を離すと、膝をついた由利亜先輩に言い訳するように言葉を重ねる。

「あ、あの、今のは今のでもちろん可愛いですよ? でもほら、いろんな人が見るわけで、その……」

 少し言い方に困って言葉を詰まらせる。なんて言えばうまく伝わるかを考えようとして、由利亜先輩がのそりと立ち上がって耳まで真っ赤にした顔を隠すようして走り去っていった。

「な、なんだったんだ……?」

 椅子に座り直した俺に、ひんしゅく以上の感情が乗せられた目線が向くのは仕方ないと、もうあきらめた。

「たいち君は彼氏でもないくせに偉そうなこと言うよね」

 でもまさか、身内から刺されるとは思ってもみなかった………。





「コーヒー二つください」

 里奈さんが由利亜先輩に代わってやってきたウェイトレスにそう告げるとき、注文を取りながらもそのウェイトレスの目はずっと俺を射貫いていて、「かしこまりました。少々お待ちください」なんていう定型文を口にしながらも、その視線には侮蔑と殺意が入り交じっているように感じられた。

 ウェイトレスが去ると、里奈さんは囁くように「たいち君何かしたの?」と聞いてくる。

「多分、今さっきやらかしたかな……」

 自覚はありますと主張するように罪を認めると、里奈さんは満足そうに頷いて「なるほど」と呟く。

「このクラスの人はみんなゆりあ先輩が好きで、たいち君の事が嫌いなんだね」

「改めて確認されると凄い悲しいこと言われてる気がするなぁ」

「そういえば夏休み前にもなんかやってたよね、二年四組の人がウチのクラスに来て」

「ああ、あったね……」

 記憶領域で溺死していた恥ずかしさがよみがえり背中がむずがゆくなる。

 由利亜先輩を何らかの情報で脅して半分監禁状態にしているのではないか。そんないちゃもんをつけられて一騒動あったのももう二ヶ月以上も前の話になるらしかった。

「夏休みと言えば、たいち君は何してたの?」

「特には何もしてなかったと思うけど……。あ、由利亜先輩と先輩と一緒に海とカプールとかには行ったかな。あんまりうまく思い出せないや」

 過酷な日々だったという記憶だけは身震いが教えてくれるが、どんな風だったかは回帰しようとするともやがかかったように思い出せない。

「三好さんは━━━じゃなくて里奈さんは、何して過ごしてたの?」

 普段通りの笑顔がサッとなりを潜め、ため息のような声が目の前の少女の口から漏れた。日頃の彼女からは想像も出来ないほどの絶望しきった表情だった。

「予備校に行きながらバイトしてたら終わってたよ━━━」

「…………………」

 うわぁ………失敗したぁ………。

 海とカプールとか行ったよ。とか言っちゃったよ……? いやでもこれとラップでしょ…… だってこういう質問て大体質問してきた側が自分の経験を自慢するための常套句じゃん? だから、ねえ……? 

 ひたすら自分に言い訳しながらも、どう声をかければ良いか分からない時間が数十秒ほど経ったとき、右脇に影が差して人の来訪を告げた。

「お待たせしました。コーヒーになります。こちらミルクとお砂糖になりますのでご自由にお使いください」

 さっきとは違うウェイトレスがお盆から二つのカップを順々に俺と里奈さんの前に置いていく。

 さっきからウェイトレスウェイトレスと言っているが、ここはコスプレ喫茶だ。つまりもちろんコスプレした女生徒なわけで、一人目はチャイナ、二人目、つまり今俺の隣に立って上から俺を睨み付けている人物は東ドイツ軍の軍服を身に纏っていた。粛正されそうですね。

「ではごゆっくり」

「ありがとうございます」

 去り際にお礼を言うも凄く小さな音で舌打ちされた。

 ははは……。






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