伏線の回収など不要。
「そういえば、今は体育館は何やってるの?」
別に何かあるわけではないこの部室でのひととき。三好さんにお茶を出し、普段通りの椅子に腰掛けて、そんな風に今一番のありきたりな話題で質問する。
少し椅子をずらすことで俺の真正面に座る形を取った三好さんは、「ありがとう」と受け取ると、「ゆりあ先輩が男子生徒を振るイベント?」と疑問系の解答をよこした。
こういう謎の告白イベントは、中高問わない謎の人気があるよな。別に他人の告白になど興味の無い俺には縁もゆかりもないイベントだ。
「たいち君が行けばゆりあ先輩が告白してくれると思うよ?」
「んなわけ」
由利亜先輩からの告白なんて、日々冗談で言われている分あまり珍しくもないものだが、全校生徒の前でそんなイベントには巻き込まれたくない。
ないないとジェスチャー混じりに否定して、苦笑いのまま別の話題はと口を動かした。
「三好さんは誰かに告白したりしないの?」
「へ?!!」
やたら過剰な「へ」が耳に飛び込んできて驚く。
「わ、私は、まあね、そう言う人はまだいないかな」
「そうなんだ。でも告白はされたんじゃない? この間も村田君にされてたじゃん」
「それは忘れて。しかもされてないし」
うっそだ~とおちょくろうとした俺だったが、目が笑っていない目の前の女の子にこれは不味いと、日頃の鍛錬が本能となって俺に囁いた。
「そ、そうなんだ」
途端、次ぐ言葉が思い浮かばずお茶をすする。
どうしよう。
いや、ていうか、元々俺は、どうするつもりだったんだろう?
この学校祭の準備をサボったペナルティーとしての二人で学校祭をまわるという誰得なんだろうな状況。受けた側の領分で、何かを言える立場でないのは重々承知だが、部室で二人きりになる必要がどこにあったのか。
ていうか、学校祭を二人でまわらなくて良いのだろうか。元はそういう話だったのに、今日の朝いきなり部室に居ろと言われた俺は、易々と請け負ってしまって今頃になるまで疑問すら抱かない始末だ。変に勘ぐる奴がいれば、この状況はあるいは危険なのではなかろうかと思うのだが。これは本当に今さらだ。
「そういえば、たいち君出店とかいった?」
心中嵐な俺とは違い、三好さんはこの状況に落ち着いているようで、新しい話題を持ち出して会話を再開する。
「いや、見ての通りお昼過ぎからずっと部室に居てなんにも見てないよ」
屋台などが並んでいるのは知っているが、そう言うのには行っていない。それを、周りになんのゴミもないのを示して見せる。
「ゆりあ先輩の所にも行ってないの?」
「コスプレ喫茶だっけ? うん。むしろ行きたくないかな」
「凄かったよ、胸が」
「だろうね、めっちゃ来いって言われたもん。絶対行かないよね、逆に」
「…………帰って怒られても知らないよ?」
目をそらしながらの一言に、
「……………」
無言しか返せない。
………………………………………………。
おっかねえこと言うな、この人。
今日は、家に帰りたくないなぁ………。
一人暮らしのはずなのに、どうしてこんな気分になるんだろう……。
「下心丸出しで可愛い先輩二人も家に連れ込むから時間が経って手に負えなくなってるんだよ? って、綾音が言ってたよ」
「ちゃうねん」
心の声にツッコミを入れないで。ていうか弓削さん口悪くない??
「まあ、たいち君のこれからの事は置いておいて、とりあえずお昼食べなよ。これ買ってきたから」
そう言うと三好さんはどこから取り出したのかいくつものビニール袋を机の上に載せ、中身を取り出すと広げていく。
焼きそばやたこ焼き、極めつけは食パン一斤使ったハニートースト。デカい。入れ物の箱からしてデカい。
「どこに隠してたの……?」
「隠してないよ、持ってたよ」
マジで? まあ、三好さんがそう言うならそうなんだろうけど。
「で、たいち君はどれが食べたい? 私的にはこのたこ焼きとかおすすめなんだけど」
差し出された割り箸を受け取ると、「じゃあそれで」とおすすめを貰う。
正直祭りやなんかの屋台にある食べ物に味の期待はしていない。なぜなら、祭りムードでおいしいに決まってるから。
祭りとか海の家とかで食べる焼きそばと課長おいしくね? 子どもの時食べて以来だけど、実際忘れられないくらいの衝撃だった記憶があるな。
「どうそ~」とたこ焼きのトレーを俺に渡すと、これは自分の物だから誰にも渡さんとばかりにハニートーストを抱え込む三好さん。
トレーとかビニールとかなら分かるけど、もうハニートーストに関しては箱だからね。箱に入った食パンだから。なんかもういっそあれが一番格好良い気さえしてきたぞ。
大ぶりなたこ焼きを一つ頬張ると、三好さんはしめしめと言い出しそうな程顔を歪ませ、ニッコリと笑ってから抱え込んだパンをちぎって食べ始めた。
「ハニトーうまッ!!」
ひとくち口にすると、目を輝かせて生クリームと食パンを見つめる。
「もう一個買ってこようかな……」
「それはやめといた方が良いと思うよ」
ヤバい独り言に、とっさに口を挟んでしまうほどには面白いボケだったが、本人はぼけてるつもりは一切無かったらしく「でもこれ本当に超おいしいよ!?」荒ぶる勢いに任せ一切れちぎってたこ焼きを呑み込んだばかりの俺の口にねじり込んだ。
「うお、うまっ…… ていうかこれ、由利亜先輩のつくったやつ?」
「やっぱりこれそうだよね! ゆりあ先輩ハニトーまで作れるんだぁ…… 素敵……」
「ハニトー作れるの素敵はよくわかんないけど、まあ、由利亜先輩の作った物がおいしくないわけはないからなぁ」
こんなの学校の行事レベルじゃないぞ。
「明日もこのクオリティーの物作ったら、どっかの店からオファーとかかかりそうだね」
「まじでありそうだから全く否定できない」
料理の天才なのかも知れない。いや、俺専用に味をカスタマイズしていると言っていた事もあったから、それも込みで俺には人一倍おいしく感じるのかも知れない。いや、味のカスタマイズとか、普通の料理人にもひけを取らないと思うんだが……。
「そのたこ焼きはどんな感じ?」
口に食パンを詰め込みながら、もそもそと三好さんが聞いてくる。
「おいしいよ。まだほんのり温かいし、何よりちゃんとたこが入ってる」
「どうも大阪出身の子が三人で焼いてるらしいよ。だから時間帯によって若干違うのも魅力。ってお店の前で宣伝してた」
「大阪の家って必ずたこ焼き器あるって聞くもんね。やっぱみんな焼けるんだね」
「流石にみんな焼けるとは思えないけど」
「なんでそこで全体を見るために一歩下がるの?!」
三好さんのまさかの日和に盛大にツッコミを入れた。
「一個ちょうだい」
あーんと口を開いてみせる、目の前の普通に可愛い女の子。そういえば、一緒にこの真下の地下室にはいったなと、つい最近の出来事なのに遠い過去のように感じてしまう。
「はい」
物思いに耽ったまま、無感動に所謂「あーん」をする。由利亜先輩にしているのと同じ感覚でやってしまったが、箸は交換しておいた方が良かったかも知れない。謝らなきゃと顔をあげる。
「考え事?」
俺のそんな思考など置き去りにさせるように、目を見たままに質問された。
こうやって真正面からしっかりと人の顔を見るというのはあまり経験しないことだが、三好さんは多分美少女のくくりに入ると思う。
ふと、「あれ、なんでこんなにかわいい子が俺なんかと初めての学校祭の日の昼を一緒に食べてくれてるんだろう?」という素朴な疑問が頭に浮かんだ。
いや、この疑問は別に珍しい物でもない。先輩や由利亜先輩と居るときにも、似たようなことは思うし、そのことを直接聞いたこともあった。先輩には「君が私に近付いてきたんじゃん」と言われ、由利亜先輩には「そんなの好きだからに決まってるじゃん」とはぐらかされた。
まあ別に大した意味も無いことだけれど、聞く分には無料だろう。
そんな、軽い気持ちの質問だった。三好さんの問いには首をふり、なんて言うか、と前置くと、
「三好さんはさ、なんで俺と仲良くしてくれるの?」
少し驚いた様に目を見開くと笑顔が消えて、ちぎったパンも持った手とともに机へと落ちる。楽しげだった口の動きにもどこか苛立ちが混じり、むぐむぐと頬張っていた分をお茶で喉に流し込むと、大きなため息が漏れた。
吐いた分、更に大きく吸い込むと、もう一度吐いて、そこでようやく三好さんの目が俺を捉えた。
「たいち君、ゆりあ先輩のことは名前で呼ぶよね」
三好さんに呟くように聞かれ、話の流れと全く関係の無いこの質問になんの意味があるんだろうなどと考えて、結局わからないまま「そう、だね。なし崩し的にね」などと半分嘘のようなことを言う。
「長谷川先輩のことを『先輩』って呼ぶのはなんで?」
「部活の先輩だからだよ。一番最初に先輩として認識したのが先輩だった、あ、これその長谷川先輩のことなんだけど、まあその先輩だったってだけだよ」
他意はない。
断じて、まったくこれっぽっちもない。
「じゃあさ、これからは私のこと、里奈って呼び捨てにして?」
「はぁ?」
何を言ってるんだろう、この人は。心の声が、ただの音になって口から発せられてしまったのをかき消すために、更に言葉を重ねた。
「ど、どういう?」
で、重ねた言葉の意味が自分でもよく分からなかったという。
にもかかわらず、三好さんはその言葉に対して最も適切であるような解答を示した。制服に包まれた肩が、少し震えているように見えるのは、俺の目の錯覚だろう。
「私も名前で、呼ばれたいの」
うぬぼれたりしない俺にとって、そんな思わせぶりな言葉は結局何某かの打算から生まれた言葉に聞こえて、でも、友達としてはその言葉を、願いとして受け取ってあげたくて、思案の結果、
「わ、わかった。里奈━━━さん、で、いいかな?」
三好さんの目が一瞬だけ輝いて、ジトっと俺を睨むと、次の瞬間には口元がほころんだ。
「じゃあ、学校祭まわろっか」
椅子から立ち上がったみよ、いや、里奈さんは、何かをやりきった達成感に満ちた顔をしていて、鈍く心が痛んだ。