楽しもう!! 学校祭!!
鷲崎美紀と鷲崎雪江については多く語るようなことは存在していないが、しかし、今回の騒動に置いては少しばかりの隠し味として、かなり大きな味の決め手となっている。
神末と名乗ったあの少年。多分俺よりは年上だがともかく、彼のおかげで不備無く進むことが出来た今回の許嫁騒動だったが、それでもこの二人の事を話さないわけには行かないだろう。
鷲崎美紀と鷲崎由利亜の関係は、義理の親子だ。戸籍上はしっかりと親子なのだが、これに関しては少し込み入った事情になる。
正造氏がまだ若かりし頃。端的に言えば十六年程前。
彼には一人の従姉妹であり、幼なじみがいた。
他人思いで人当たりも良く、友人の多かった雪江に、正造は従姉妹以上の好意を持っていた。
長く友人として付き合っていた事もあって、言葉にして伝えたことのない感情だったが、どちらともなく一夜をともにすることとなる。
一度の過ったまぐわいではあったが、それが全ての始まりとなった。
数ヶ月後、正造は押し切られる形で縁談を受け、美紀と結婚。雪江から、由利亜の妊娠を知らされたのは、更にその三ヶ月の後であった。
妊娠中に心臓に疾患が見つかった雪江は、それでも出産を望み由利亜を無事出産したあとから、入院生活が続いており、都内にある最先端医療を扱う病院で検査を受けているが、未だにベッドから降りることも出来ないで居る。
そんな彼女の状態を知った正造は精神に多大なダメージを負い、仕事にのめり込むことで全てを拒絶していたが、五年前、ある出来事によって螺子が壊れてしまった。
その出来事と言うのが、美紀の浮気相手であった、御牧正吾との対面だった。
「お義母さんとの間には、子どもが居ないことを考えても、お父さんはお母さんのこと忘れられてないんだろうしね」
帰宅したアパートで、ダイニングテーブルを囲んでお茶を飲みながら、由利亜先輩がそんな風に言葉を漏らす。
既に友達の家に泊まるからという連絡を入れてしまっていたらしい三好さんも、今日はここに泊まることになっているらしい。三好さんと由利亜先輩がそんなことを話しているのをなんか聞いた。
「でも、美紀さんと結婚しなきゃいけない理由とかあったんですか?」
三好さんが恐る恐る聞く。
その辺は、なんとなく予想が付く。
「お義母さんはね、他の会社の社長秘書をしてたんだよ。それで、会社同士の政略結婚みたいな形を取ったんだよね。でもお義母さんがお父さんに惚れて他のは本当みたい。ただ、結婚した後結構すぐにお母さんが妊娠したって知らせがお父さんに入ったから、それがまあ、影響したんだと思う」
おおかた予想通りだが、納得いかないのは美紀さんの態度だ。
別に子どもも居ないのならすぐに離婚することも出来たのではないだろうか。そうすれば、不倫や浮気などと言う不名誉をかぶる事も無く男と遊べたのではないか?
などという俺の疑問をきっぱりと断ち切ってくれたのは、由利亜先輩ではなく三好さんだった。
「たいち君は、女の怖さとか知らないよね」
「知りたくもないよね」
「美紀さんがなんで正造さんと別れなかったのかなんて、そんなの一目瞭然じゃん」
どう呼ぶべきかが分からないまま会話が進んで、結果、名前にさん付けという近いような遠いような距離感の二人称になってしまっているが、それはこの場に居る三人とも似たような物だ。
「そ、そう? 俺に正直さっぱりなんだけど……」
「本当に分からないの? しょうがないなぁ、教えてあげましょう」
「お願いします」
「それはね、お金のためだよ」
………………………。
………………。
…………。
……。
「………………………………………………………」
「え…、あの、その反応、ほとんど無視と変わらないんだけど……?」
あまりの理由に唖然としすぎて完全にコミュニケーションを放棄してしまっている自分がいた。
え、ていうかマジで? 女の人って金のためだけに結婚しておけるの? ヤバくない?
「あ、いや……!! 私にはできないからね!!? 全員が全員って訳ではないからね!!」
「まあそりゃそうだろうけど……」
そんな当たり前のこと叫ばんでも。
ねえ、と由利亜先輩を見るが反応はない。
あ、これ寝てるやつだ。
トントンと肩を叩くも反応はなかった。
すると、前触れもなく首が机に向かって一直線に落ちていく。驚きを表す「あ」の一文字も発する余裕がないほどに慌てて肩を揺すっていた手を頭を支えるようになんとか間に合わせると、頭を荒く握られた反動で由利亜先輩が目を覚ました。
「………寝て、ないよ……zzz」
ほっと一つ息を吐くが、安堵と言うよりは呆れの方が比重が大きい気がした。
「寝言で言い訳って、凄いな」
起きてすらなかったか。地の文で嘘吐いて、ごめん。
結局文化祭の一日目であったその日はそのまま三人とも就寝し、当たり前にやってきた次の日は、普段通りに過ごした。
いつもと違ったのは、三好さんがウチから登校したえ事くらいで、そんなことに気付く奴も今日に限っては居なかった。
何しろ今日からは、この学校の文化祭の一番の目玉企画である。
俺程度の人間に目を向ける人間などいなかったし、多くは体育館で、誰とも知れない誰かに目を向けて、「きゃー」だの「かっこいい」だの「かわいい」だのと叫んでいた。
その目線の先の壇上では、由利亜先輩が昨日とは打って変わって軽妙にトークを繰り広げたりしていた。
学校祭二日目の午後二時過ぎ。
受付の仕事を全うしクラスに貢献しきった俺にはもはやするべき事は何も無く、暇だなあと部室でお茶でも飲みながら時間を潰していた。
いや、時間を潰しながら兄が請け負った仕事の資料やらを小型のタブレット端末で読みふけっているのだが、全てに目を通すだけでも気が遠くなりそうだった。
しかもこれ、今日明日の物ではなく、十年後の仕事とかまで入っているのだ。あの男は実は馬鹿なのかも知れないと、密かに思い始めていた。
あまりにも辺境すぎて、俺しかいないこの部室には、外の喧噪は届かない。
そういえば、他の部活は部活事の出し物をしていたな。まあこの部にそう言うのを求めてもあれな気はするが、でもまあ、来年は先輩も普通に参加できるわけだしそう言うのも考えていかないとか。
「………」
そういえば、先輩が患っていた物は無くなったわけで、普通に教室で授業を受けることも出来るようになったと言うことは、この部活、無くなるのでは?
「その辺どうなってるんだろ」
わからん事が多いこの部活。
未だに分からないままのことがそのままで、まんまと先輩の言いなりなのだけれど、これからのことは教員とか先輩とも話さなければ。
時計を見上げると、三時を少しまわっていた。
そろそろかな。独り言つと、パタパタと廊下の方から足音が聞こえた。
鞄の中にタブレットを仕舞い、お茶用のコップを用意するため席を立つと、部室の扉が開けられる。
「たいち君いる?」
「いらっしゃい、三好さん」
入ってきたのは予想通りの待ち人だった。