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出来事は、一つ二つで終わらない。


 見つめ直した瞳の奥が、揺れていたのを俺は見逃さなかった。

 別に、その揺れ動いた何かで悟ったわけではなく、動かぬ証拠としてその動揺を利用すると言うこともなく、あえて何も言わず、それでも気付いたことには気付かせて、一人の男の人生の選択に待ったをかけさせることを選んだ。

 俺とは似つかないその端正に整った顔を見て、漏れ出たため息を吸い込んでから席を立つ。

 死を選んだ男から生を奪い取り、死を待つ男の死をねじ曲げる。

 それが俺が斉藤さんにしてあげられたことで。

 でもあの秘書は、きっと俺を恨み続けるだろう。 文化祭の最後の日に、俺の前に現れた彼女の目には、自分さえも信じていない人間の悲壮と、たった一人を愛する執着が宿っていた。

 見つかるはずのない愛を探す彼女の杯に、別の物を注ぐことで埋め合わせた男をこそ必要としてしまっているだけ。

 だがその真実が必要なのは彼女でも、まして俺でもない。

 このただの事実に打ちのめされなければならないのは、あの、ただただ必要に応じて甘い言葉をばらまく厄介なダメ男。

 我が兄のみなのだ。





 弓削さんが三好さんを探すためにしてくれたのは、神を堕ろすというやつではなかった。

 曰く、一種の呪い(まじない)だという。

 用意する物は形のバラバラな宝石の原石。種類は何でも良いらしいが、出来れば土地にあった物を選べとのこと。

 次に地図、コンパス、それからお供えに使った酒。

 以上。

 最後のは神社の人間以外用意できないので、この時点でこのお呪いは一般人には出来ないと言うことになる。

「でもやることは簡単で、探している人の事を思い出しながら、石を投げる。それだけ」

 コンパスの方角に合わせて地図を置き、東西南北四辺に杯に注いだ酒を置くと、その地図の上に五つの石を同時に放った。

 さも、こんな簡単なことは他にないとでも言いたげな顔だった。

 由利亜先輩は、怪しい訪問販売でも見るような目で石をしげしげ見つめた。先輩の様にはっきりとは言わなかったが多分胡散臭いと思っていただろう。

 正直、俺もあまり信用できていない。

 したいのは山々なのだが、どうも弓削さんのノリが軽すぎる。

「占いとか呪いとか、こう言うのは別に仕事って訳ではないんだけどね、得意なんだ」

 そう言って露わになった三好さんの居所。

 そこに指を指されたとき、俺も由利亜先輩もただ一つ頷いて「やっぱそこなの?」そんな呆れ混じりに声を漏らした。疲れたようにうなだれる俺たち二人に弓削さんは告げる。

「山野君あのね、お母さんまだ完快してないの。だから私はいけない……。友達なのに、その……だから……」

 里奈ちゃんをお願い。かすれる声ににじむ涙の色が、俺の胸を締め付ける。

 これは弓削さんがそんな風に心を痛めるような話ではない。

 そもそもの原因を作ったのは俺で、解決しなければいけないのは俺だけの責任だったのだ。巻き込んだことで弓削さんがどんな風に感情を動かすのかも、なんとなくわかった上でここに来た。

 だから俺には弓削さんにこう言わなければいけない義務がある。

「大丈夫。絶対に見つけて、助ける」

「……うん…」

 巫女装束の弓削さんと別れ、地図上に現れた三好さんの現在地へと足を向けた。

 時刻は十時を目前に控える。そろそろクライマックスにしないと、由利亜先輩が寝てしまう時間帯だ。




 車を降りて顔を上げる。

 聳え立つ久しぶりに訪れたマンションの高さにおののきながら、複雑な気持ちを隠せないで居た。

 由利亜先輩の実家。

 高級住宅街のど真ん中に位置するこの場所に、高々と天を突く建物。

 一番最初に候補に挙がりながら、どうしても避けていた場所。来たくないはずの場所。

「行こ」

 一言告げると俺の横を通り抜け、オートロックを解除する。

「おかえりなさいませ」

 フロントに常駐している受付の男性に挨拶をされると、由利亜先輩は「おつかれさまです」と頭を下げる。俺もそれに習って頭を下げると、由利亜先輩の後を追ってエレベータの乗り口に立ち止まる。

「ひさしぶりだな」

「最近は忙しくしててあんまり来てませんでしたもんね」

「別に一人暮らしって訳でもないのに家の事を実家って表現できるのって、太一くんが私の夫になった証拠?」

「ただの同居人に対して何言ってるんですか」

「た・だ・の・同居人に対して、あんな事やこんなことしてるくせに」

 むーと膨らませた頬をぷにぷにしているとあまり待たずにエレベータがやってきた。

「いつも思ってたんですけど、早いですよね」

「そう言うやつなんだよ。じゃないとこんな高さ行き来できないでしょ?」

「まあ、そうなんですけどね」

 科学って凄いなあと思いながら、そんな科学の恩恵に乗って、階段を上ることなく目的の屋上、六十四階の一つ上に到着した。

 フェンス越しに下を見ると、家々の明かりは点にしか見えない。

「ほら、行くよ」

 のんびりしすぎと揶揄されつつも、すげえと口から漏れることのは仕方ないような気がした。

 気を取り直して日本家屋に目を向ける。

 夜訪れることは珍しく、そもそもこの家に来た二度とも会ったのは家人ではなく我が兄なのだが、今日は、今日だけは様相が違った。

 我が兄は病気療養中。

 つまり、この家の明かりが付いていると言うことは、初めてこの家で家人に会うと言うことなのだ。 そして、現状。

 横一線、全ての明かりが付いている。

 家中の、全ての明かりが、こちら側から見た全ての部屋の明かりが付いている。

 応接室からキッチンまで、ただ一人の住人がいるだけにしては煌々としすぎていて、これはこれで以上だった。

「正造氏は、結構だらしなかったりするんですか?」

「ううん、電気代とか結構けちるタイプ」

「じゃあ、これは」

「わからない、けど……」

「取りあえず、行ってみましょうか」

 戸惑う由利亜先輩を横目に、俺は玄関に手をかけた。

 鍵はかかっておらず、軽い力でガラと戸が開く。

 ここも明かりが付いており、廊下の奥の方まで見ることが出来たが別段以前との違いは無いように見えた。

「花が」

 何故か重大なことの様に言う由利亜先輩のその言葉につられて、花の方を見るが、それも何か特別なようには見えなかった。

「この花が、何か?」

「…………」

 由利亜先輩は俺の問いには答えずあたりを見回した。

 何かを探すような仕草だ。

 だがなんだろう、見つけたいのにそれがあるのはあり得ないという、そんな感じに見える。

「由利亜先輩?」

 覗き込むように問いかけると、突然手が柔らかい感覚に包まれた。

 力なく頭を横に振り、「行こ」そう言った。

 その足取りは重い。

 その理由を俺はまだ測りかねていた。


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