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いつかの誰か。それともデジャブ?



 驚きを声に変換する行為を反射的に止め、目のあった男に「こ、こんばんわ」と挨拶を試みた。

 しゃがんだ俺と目が合うと言うことは、向こうも体をかがめているのだろう。であるなら、俺がいる事をあらかじめ知った上でこちらに寄ってきたのではないか。そして、あえて大きな声で誰かがいることを叫ばない事から考えられるのは、周りに居る人間に知らせる気は無いという意思があるのかも知れない。ここまで考えて、「お腹減っちゃって、下にもわいわいしてる声が聞こえてるんですよね。宴会中ならなにか食べられる物があるかなぁ、何かあるならわけて貰えないかなぁ……と、思いまして……」

「なんだ、腹減ってんのか。でもな、こういうとこは勝手に入っちゃダメなんだぞ?」

 今にもガハハと笑い出しそうな豪快な男の口調。しかし、ひそひそと話す分親身になる教師の様な印象があった。

「それは、本当にすみませんでした……」

 男は頷くと、「よしよし、謝られちゃあゆるすしかねぇな」豪快な笑いと引き替えに立ち上がると、足音が遠くなる。

『ちょっと電話してくるわ、このピザ持ってって良いか?』

『ああ、良いよな? にしてもめっちゃ食うなお前』

 仲間と笑い合いながら、そんな会話をしているのが聞こえてくる。

 再び足音が近付いて来る。

 俺は慌ててドアから離れて階段を音を立てないように降りると、「なになに!?!?」と驚く由利亜先輩の背中を押して出入り口から外に出た。

「見つかっちゃいました」

 頬をかきながら打ち明ける。

「え、それって不味いんじゃ?」

「んー……どっちになるかは、これからかも知れません」

 カララと軽快な音が鳴り、さっきの男が外に出てきた。

「ん? 二人だったのか。ほら、ピザ持ってきたぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 差し出された箱はまだ温かく、中身は一切れだけ食べられた状態だった。

「買いすぎたんで食い切れねえんだ。食っちゃって良いぞ」

 男はつなぎの胸ポケットから煙草の箱を取り出すと、一本引き抜いて咥えると火をつけた。

「あ、悪いな。少し離れてろ」

 入り口の段差に腰を下ろすと、ぷかぷかと煙をくゆり始める。

「食べますか?」

 由利亜先輩に差し出すと、首を横に振った。

 有名な宅配ピザの店の、多分一番デカいサイズのやつだ。これはさすがに一人では食べきれないが、腹が減って不法侵入するほどの人物を演じてしまった手前、一つ二つ食べた程度で返すのは普通に怪しい。

 とはいえ、こちらも途中までとはいっても夕飯にコース料理を食べていた身。

 悩んだ結果、二切れ残して返すことにした。

 それでも相当胃に来た。

「おお、めっちゃ食ったな少年。助かるわ」

 携帯灰皿に吸い殻をねじ込んだ男が、こちらに寄ってきてピザのはいった箱の中を見るとそう言って破顔した。

「ごちそうさまでした」

「もう良いのか?」

「はい。お腹いっぱいです」

「そうかそうか、じゃあこれは貰っとくわ」

 俺が差し出した箱を受け取ると、中に入っていき、どこかに置いてきたのだろう、再び戻ってきた。

「それで」

 ここからが本題。

 この言葉でそれを理解して、俺はどう言い逃れようかと、胃にまわってしまった血を頭に向かわせるように考え始めた。





「まずは名前を聞こうかな」

 腰を再び腰を下ろすと、男は俺たちにそう問いかけた。

「少年、君の名前は?」

 ポケットから煙草を取り出すと、それを指し棒代わりに使って俺を指す。その煙草には火をつけないまま咥えると、俺の返答を待つように口を閉じた。

 俺は少し考えてから「山野太一、高校一年です」と、年齢を表す情報を加えて告げた。

「じゃあそっちの女の子の名前は?」

 話題に上がり、少し体を強ばらせた由利亜先輩は、それでも日頃の人当たりの良い声音を使って「鷲崎由利亜と言います。高校二年生です」うっすらと映える微笑みは、緊張を感じさせる物ではなかった。

「山野、鷲崎、か……。よし分かった。じゃあ次だ。少年、本当の目的を教えろ」

 やはりか。

 この人は俺の嘘を見抜いている。ここでこんな風に座って煙草を吸っていたのはその為だったのだろう。

 俺はこの人に「声が聞こえた」と言ってしまっている。だが、外には声は漏れていないのだ。中に入って、階段の下までいってようやく聞こえる程度の声。

 だから、声が聞こえるには中に居なければいけない。では何故、中に居たのか。何が目的でここに入ったのかを聞かれているのだ。

 男は名乗ることなく問いかけてきている。

 この人に嘘は、通用しない。俺はそう考えて洗いざらい吐くことにした。自分たちの不利にならない程度に。

「実は、今日の七時頃━━━━━━」


 あらかたの経緯を説明し終わると、男の目には疑惑の色が浮かんでいた。当然だ。

 お宅の会社の社長さんに、私の同級生が誘拐されたんですよね、と、要約してしまえばこんなことを言っているのだから。

 だが嘘は言っていない。

 だからこそ、男はただ俺を見ているだけなのだろう。

「ところでそこの少女が、鷲崎正造の一人娘って事で良いのか?」

「よくご存じですね。もう引退した人の娘のことまで情報が入ってくるんですか?」

「いや、昔ちょっとあってな」

 それ以降、男は頭を抱えて俯き、考えに耽るようにしていた。

 

 そう長くはない時間で考えを纏めたのか、男はようやく口を開いた。

「悪かった」

 第一声は謝罪の言葉。

「えっと……」

 当惑の色をミスる由利亜先輩の手を握り、制してから、俺は男が何を考えているのかに思い至る。

「まさか、この誘拐のこと知っていたんですか?」

「いや詳しいことは一切知らなかった……知っていたらどんな手を使っても止めていただろう……。だから、この謝罪は身内の不手際を恥じての物だ。本当に、申し訳ない」

 最後まで言葉を紡ぐと、起立して、深く深く、大人が子どもには絶対にしないだろう程に深く頭を下げて謝罪の意思を示してきた。

 職場の社長がやらかした、と言うだけでは説明が出来ないほどの謝罪。

「あ、頭を上げてください……!!」

 なれない俺は、こういうとき何を言えば良いのか分からなくて、結局この常套句を口にしたのは由利亜先輩だった。流石、日頃人に頭を下げさせている人は慣れが違う。そんな尊敬の眼差しを向けると、こちらを見ていないはずの由利亜先輩が握っている手をつねってきた。

 表情が崩れないように全力で痛みに耐えながら、顔を上げた男の次の言葉に耳を傾ける。

「俺の名前は、御牧正吾という。ここの社長の息子だ」

 男の名前は、さっき調べた物の中に載っていた。

 三十一歳で、この会社の経理をしていると書いてあったはずだ。

「父のしたことは紛れもない犯罪だ……釈明のしようもない……」

「なにか、知っていたんですか?」

「いや」と、俺の問いかけに首を横に振る御牧さん。「だが、前々からそういうことを計画している節があった。直接何かを聞いたわけではないから、まったく役にはたてそうにない。だから、謝るしか出来ない……すまない……」

 この人も親に苦労させられている人間かと、由利亜先輩を見ると目が合った。小首を傾げられ、何でも無いと軽く微笑むと、微笑みが返ってきた。

「一応聞きますが、今社長さんがどこに居るか分かりますか?」

 重ねた問いかけに、御牧さんは首を弱々しく振った。

 だよなぁ……とため息を吐きながら、それにしても、困ったことになった。そんな風に考える。

 ここに居ないとなると、もう候補地がない。

 あの、訳の分からんメモ書きを頼って由利亜先輩の家のマンションに行ってみるか、それとも、もっと別の場所があるのか………。

「ピザ、おいしかったです。ありがとうございました。それじゃあ俺たちはこれで」

 動かなくては始まらない。いないと分かればこんな所に用はなかった。驚いたように頭を下げると、由利亜先輩が俺の後を追う。

 積み上がった問題の上に、さらにもう一つ、問題が詰まれた気分だった。

 文化祭一日目の夜は、こんな風に時を刻んでいく。




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