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立場と地位と、それからお金。



 目的地だった病院に着き、タクシーから降りると走って目的の人物が居るだろう病室へ向かって走る。急ぎ足とか早歩きとか、病院内では走るなとか、そんなことを気にしている余裕はあまりなかった。

 エレベータを降りてまっすぐな廊下を進むと引き戸を勢いよく開いた。

「………はい、あーん」

「い、いけません、一樹さん…そんな子どもみたいな……」

「いいじゃないか、今は病人なんだから。もっと甘えて欲しいんだよ」

「で…ですが……」

 扉の先で繰り広げられていたやりとりは、それはそれはもう、本当になんというか、ため息ものな甘々なバカップルみたいなラブロマンスみたいな何かだった。

 ていうか、俺たちに全く気付いていない。

 俺は上がった息を無理矢理整え「兄さん!!」かなり大きな声で呼ぶ。

「ほら、もうすぐ看護師さんが片付けに来るから、早く食べちゃわないと」

「……うー……わかりました……お願いします!」

 言うと、差し出されたスプーンを躊躇いながらも口の中に迎え入れる斉藤さん。

 二十三歳男と、二十八歳女のやりとりである。

「いや、いい加減にしてくんない!!?」

 戸口で、中にははいらないまま立ち尽くし、入り口をコンコンコンコン叩く迷惑な面会の待ち主こそ、俺なのだった。

「太一くん、本当にあの人で大丈夫……?」

 俺の後ろに隠れ、由利亜先輩が聞いてくる。

 言いたいことは分かる。今のあの緩みきった顔を見て、頼りにしたいとは思えない。

 だけれど、多分この男が一番俺の欲しい答えに近い物を持っていると思うのだ。

 少なくともさっきまでの俺はそう考えていた。

 多分。

 いや、考えてなかったかも知れない。

 もしかしたら、本物の正造氏に直接会いに行った方が良いかもしれない。

 今ならまだ間に合うし、この扉を閉めて、タクシーに乗り込む場面からやり直そうか………

「お前、人に頼み事に来たのに言いたい放題言ってるだろ」

「いや、考えてるだけで言ってはない」

 ようやく、会話が始められそうだ。





 イチャイチャと、やりとりを繰り返すオトナたちは、それなりに俺の問いに答えてくれた。

 全部が全部真実をありのままにと言うわけではなかったけれど、聞きたいことは大体聞けた。

 この二人にもきっと、人に知られてはいけない裏側というのがあるのだろう。何をしてきたのかを語れないような、そんな後ろ暗い所があるのだろう。

 社会に出るとはそういうことで、人前に出ると言うことはきっとそういうことなのだろう。

 いや、勝手な思い込みなのだけれど。

 そんなわけで、兄とその秘書であるところの女性の逢瀬の現場に突撃して得た情報を元に、最終的には消去法で選んだ場所に、現在タクシーにて向かっている最中。

 由利亜先輩が隣で俺の手を握って座っている。

 タクシーの運転手はそんな明らかに要すのおかしい俺たちに、雑談を振ったりはしてこなかった。

 緊張、と言うのだろうか。

 この鼓動の激しさの理由は、しかしそんな陳腐な物ではないような気がする。吐き気、めまい。そのどれもが俺をせき立てていることは分かっても、何故俺はこんなにも俺自身に追い込まれているのかが分からない。

 俺は一体何にこんなにも恐怖しているのだろう。

 数少ない友達が誘拐された。

 しかもそれはほとんど自分の不手際だった。

 これが俺の今のこの状態の理由か?

 多分、違う━━━━


「着きましたよ」

 運転手は短く告げた。

 一人で思考の坩堝にはまっていた俺をその声が引っ張り上げる。

「━━━円です」

 メーターに表示された金額を財布から出し、車を降りると頭上に広がる星空がさっきよりもはっきりとしている気がする。

 そこは二階建てのプレハブ。ユニットハウスなんて言うらしいが、それが俺たち、と言うか、俺の目的地。

 木製の看板が、かかった入り口に立ち、大きなガラスのはめ込まれた戸を叩く。

〔御牧総合(株)〕

 かけられた看板にはそう刻まれていた。

 相当の年月を感じる物で、一目で風化の色が見て取れた。

 戸の音に反応はない。

「ここじゃないのかな……?」

「合ってると思うんですけど。あ、ほら、上の奥の方、明かりがついてる感じがします」

 指を指して示すと由利亜先輩もその一瞬の揺らぎを認めたのか「ほんとだ」と口から零した。

「でも、どうやってここまで来たのかな?」

 レストランに車があったのは確認した。それのことを言っているのだろう。

「普通に考えれば、タクシーで来たんでしょうね」

 周りに車が置かれているわけでもないしと、よく考えることなくそう答えた。

「でも、じゃあ私たちが乗ってたあの車はどうなるの?」

「それは、これから決まるんじゃないですかね」

「ん?」

 首を傾げる由利亜先輩に何をいうでもなく笑って、戸に向き直ると手をかけそのまま力を加える。鍵はかかっておらず、カララと軽快な音がして簡単に開いてしまう。

「不用心、て、人が居るなら閉める理由もないのか」

 独り言を呟きながら足を踏み入れた。

 ガラス越しに見えた室内。

 そこを通り抜けて階段を探す。

 まっすぐ行ったところに階段を見つけ、下から覗き込むようにする。

 人の話す声と、笑い声。それと何か金属のすれる音と、チーズか何かの匂いがする。

「宴会?」

 由利亜先輩が俺の下から同じようにして、そう呟く。まさに、そんな感じの騒がしさだ。

 これはまさかあれか……?

 俺はかなり焦ってたのに、実はそんなに……な展開?

 警戒は緩めることなく、ゆっくりと階段を上る。

 階段の段数は二十二。

 上った先に扉があり、そこを恐る恐る数センチ開くと、中では実際宴会が行われていた。

 そして、その輪の中には、俺の探し人は存在していなかった。

 ダダン!! 

 そんな大きな音がして振り向くと、由利亜先輩があわや階段を踏み外して転げ落ちそうな態勢でいた。

「大丈夫ですか?!!」

 小声で怒鳴る、自分で言うのもなんだが、かなり器用な真似をしていた。

「だ…大丈夫……」

 苦笑い気味にそう言う由利亜先輩は、上るのをやめて後ろ向きで、手を突きながら少しずつ降り始めた。

 階段の一つ一つの段差が、普段の階段のそれよりも少し高いのだろう。元々小柄なこの人には、少しでは足りないくらい高く感じているのかも知れない。

「待っててください」

 再度声をかけて、コクコクと頷くのを見てから部屋の中を再び覗き込むと━━━

「━━━なにやってる?」

「━━━━━━!!!!!!???!?!?!??」

 覗いた先に、目が合った。





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