できることからコツコツと。
俺が婚約者だと断定されれば、あの場に集まっていた八人も、他に用意された五十人の婚約者候補も、出番なく終わっていた話だったのだという。規模がデカすぎてついて行けないが、そういうことらしい。
「お母さんが、私のためだとか言って婚約者の話を持ち出してきたの。また男にそそのかされてるんだと思って、すぐにお父さんにも連絡した。でも、今回はなぜか話が進んじゃって……。それで、彼氏がいるから無理って断ったの」
「それを先に言ってくれてれば、もっと手の打ちようもあったと思うんですけど」ツッコミどころには目を瞑り、口を挟むと、唇を噛むような仕草の後、「私にも、思うところがあったの……」誤魔化そうとしているというよりは、言いたくないことを言わないで済ませている、そんな感じの言葉だった。
「その彼氏を、何も言わずに連れてこいって言われて、それで今日ここに連れてきたの。まさか里奈ちゃんまで来るとは思ってなかったけど、それ以上に、太一くんにあんなことさせるなんて聞いてなかった……」
「あの婚約者選びは、知らされてなかったんですか?」
「あたりまえだよ!!! そんなことするなんて聞いてたら絶対こんなとこ来てなかった。太一くんに、こんな事してるなんて、しられたくなかったもん……」
婚約者候補との対面は、由利亜先輩の望むところではなかったらしい。自分のお気に入りの店をこんなとこ呼ばわりするほどに動揺していらっしゃる。
「しかも里奈ちゃんをどこかに連れ去るなんて……」
それが一番の問題だ。
正直、この法治国家で婚約者だからとか言う理由で無理矢理結婚させることは不可能だ。本人の同意が無ければ叶わない契約など、最初から破綻している。
だが、誘拐は歴とした犯罪だ。
早く探さ無ければならないのに、手がかりはほぼゼロ。
なんというか、普通にヤバくて、これ見つけ出せたらちょっと凄いんじゃないかという高揚感すら出てきてしまっている。
「どうしたもんか……」
コースの提供が全て終わり、料理を楽しんでいた婚約者(仮)がこちらの動きにようやく目を向けてきた。
そういえば、この連中はここにいたのだからあの二人がどちらに向かったのかを知っているはずだ。
俺は、そんなことにも気付かない程度には動揺していたと見える。
席を立ってこちらに歩いてきた神末が、「どうかしましたか?」と、聞いてきた。
「少し席を外した途端、同席していた二人が姿をけたんですが、どこかに行く二人を見ませんでした?」
「ふたり、って、ああ、ミマキさんともう一人の女の子か━━━……あっ……」
神末の口にした、人の名字らしい単語に俺も由利亜先輩も一拍遅れて反応する。言った本人すら、数瞬固まっていたくらいなのだ。動揺の中にいる俺たちに、更に動揺を走らせた神末は、目を泳がせて今の失態を無かったことにしようとしている。
「……そ…その二人なら、君たちのはいってきた方とは反対の方から出て行ったよ。それじゃあ僕はこれで……」
「おいちょっと待とうか」
ぎこちなくこの場を去ろうとする神末の肩をつかみ、「知ってることがまだありそうですねぇ、全部だ……」絶対に逃がさないという意思の元、俺は神末の肩に力を込めた。
全て、洗いざらい喋らせたところで、神末から得られた情報はほとんど無かった。
あの偽物がミマキと名乗ったことと、小さな会社の社長であること、そして、鷲崎正造、ひいてはその男の会社に恨みがあること。
分かったのはたったそれだけ。
だが、それだけ分かれば現代の様な情報化社会に於いて、それ以上の情報を集めることは難しくなかった。
由利亜先輩のスマホを借り、インターネットを駆使して調べていくと、さっきの男が写っている写真が出てきた。
そこからは芋づる式に男の情報が引っ張り出せた。
《株式会社御牧総合》
あの全身白の男はそこの社長だった。だったと言っても過去形ではなく、現在形。
そして、御牧総合は元々正造氏の会社と並び立つ程には大きな企業だったのだそうだ。
とはいえ現在の規模ではなく、その過程での話だが、それでも企業規模は今の数倍と言って良いほどだった。
ところが、ある年を境に業績は悪化し、今の規模の半分にまで縮小、数年後の今、ようやく安定的に黒字を出せる程度に戻ったという状態らしい。
反対に、正造氏の会社はある年を境に業績が急激に上がり、今の業態まで一直線だ。
そして、そのある年というのがいくつか符合する。
さて、ややこしくなってきた。
婚約者の面々、こちらもある種脅されてこの場に居たと言って良いような、そんな事情を各人に抱えていた。
金持ちには、表側からは見えてはいけない裏側が存在するのだ。それはつい最近まで俺が関わっていた世界の裏側と比べれたら本当にしょうもない人間同士のやりとりに過ぎないのだけれど、それでも、人間同士のやりとりの方が、現世での厄介さは折り紙付きであり、酷くなれば刃傷沙汰、もっと行けば、多くの人間が迷惑を被る結果となりかねない。
あちら側の存在が、こちら側の人間には大仰に作用してこなくなった現代では、人の営みの中で起きる裏側の方が、それだけのくだらなさとありったけのむなしさと、一杯のどうしようもなさに支配されていて、そこに合わせて、計り知れない獰猛性があるのだと知った今日。
しかもどうして、今回のこれは逃げる道すら閉ざされて、道しるべはたった一つ。
誘拐された同級生と言うことになるらしかった。
「それでまあ、その裏側に両足突っ込んで引き釣り込まれてるわけなんですけど、これは一体どうしたもんでしょう?」
「わ…私に聞かれても……」
タクシーに乗り、取りあえず一番情報を持っていそうな人物に会いに行く道すがら、由利亜先輩にそれとなくさらなる情報がないか問いかけるが残念なことに本当にもう無いようだった。
俯いた由利亜先輩に、それ以上の追求など俺には出来ない。だからまあため息交じりに息を吐いて、頭を撫でておいた。
「太一くんは、意地悪だよ……」
「…………」
ダメだったらしい。