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ロリロリロリロリロリロリロリロリ。



 夜七時に家に着くと、出迎えてくれた由利亜先輩が不機嫌だった。

「さっき電話が来た」

 それだけ言うと、部屋に引っ込んでいってしまう。何事だろう。

 電話があった。それだけ言って消えたと言うことは、電話横に置いてあるメモに書き置きされていると言うことだろう。そう思い紙を捲ると、『弓削 話がある 明日の夜』と書かれたいた。

 最近、忙しいなあ……。

 メモ帳を置き、戸越に部屋の前に立つと、

「電話出て貰っちゃってありがとうございました。他に何か言ってましたか?」

 無いと分かりながら、あえて言葉を交わすために質問した。

 修学旅行から帰ってきてから、由利亜先輩の様子は明らかに拗ねていた。突然出て行って、驚かせたのにもかかわらず、俺が何のアクションも起こさず淡々と依頼解決に邁進していたのが気にくわなかったらしい。

 まあ、電話番号を知っていたのに電話しなかった俺が悪いよね。知ってる。でもね、電話番号のことなんて忘れてたのよ。

「ない」

 予想通りの解答だった。

「あ、でも」

 のだが、続く答えは予想だにしない物だった。

「私のこと知ってた。すっごい驚いてたけど」

「あ……」

 忘れてた、弓削さんが、この部屋に誰が住んでるのか知らなかったことを、すっかり忘れていた……。

「弓削綾音ちゃんには、私たちのこと言ってなかったの?」

「ていうか、あれだけ噂になってたのに知らなかったんで、あえて言うことでもないかと思って」

「確かに、学校にいれば知れたよね」

 そう。学校にいる人間なら知っていて当然だと思っていたので、あえて言わなかった。と言うか、言うタイミングとかもなかったし? 普通に知らないなら知らないで良いんじゃね、とか思ってた。

「あ、そっか。弓削綾音ちゃんて、太一くんの好みの子だ」

 怖ろしい勘違いだった。

「俺の好みは、大人っぽくてスレンダーな格好いい女性です」

「初耳。しかも、完全に私をストライクゾーンから外すセレクト」

「好みですから、こればっかりは」

 本当の所は、年上でグラマーでおっとりしてる人だけど。

 由利亜先輩からの返事がなくなり、部屋中が静かになる。

 あまり良いことを言っていない自覚はあったが、怒らせたか?

「……ぅ」

「…?」

「うがああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「…っ!!?!!?」

 ドンドン!! と、デカい音が鳴り、ドスドスとこちらに何かが向かってくる。

 勢いよく戸が開かれると、小さな怪獣が飛んできた。

「ううううううがああああああああああああ!!!!!!!!!」

 どうもこうもなく、堪忍袋の緒が切れたらしかった。

 何だこりゃ。


* * *




 普段通りの毎日というやつが送りたい。

 日常とか、平凡な毎日とか、普通とか、平常運転とか、そういう当たり前と呼ばれるもの。それが俺のほしいものであり、唯一といってもいいかもしれないほどに、手に入れるために努力しているものでもある。

 非日常なんて、そんなものはいらないから、ただ生きているだけの日々を。

 そう願い始めたのだって、別に最近のことではない。

 非凡な兄を持ってしまった弊害といっていいだろう。

 これに関しては、両親にも言いたいことがないでもないが、直接的に俺に不利益をこうむらせてくれたのはあの兄なので、この場では言うまい。

 不利益というのはつまり、面倒事。

 後始末とか、もろもろの処理。

 最初は事務作業のようなものだった。そこから段々と内容は多様化していって、最近では企業の事業案の改善点の編集や、神様退治なんかも請け負うようになった。

 つまりはだから、面倒事が増えたし、難易度はうなぎのぼり。

 鯉は、滝を上ると竜になるらしいが、ウナギは上ると何になるのだろう。面倒ごとになるのかもしれない。仕事の業績とか、登ると仕事量増えるだろうし、あながち間違ってはいないんじゃなかろうか。

 閑話休題。

 結局、俺が何を言いたいのかは、お分かりいただけているとは思うのだが、あえて声を大にして言いたい。


「なんかもう疲れたから、隠居したい」


 ちょっと、言いすぎたかもしれないとは思っている。



* * *

 

 与太ごとを考えながら入っていたせいで、完全にのぼせてしまった。

 風呂から上がり、火照った体を覚ますようにスウェットのズボンとTシャツで首筋をパタパタと扇ぎながら水を飲む。

 八時少し過ぎ。

 机の上の料理には手をつけず、先に風呂に入るとすっかりボーっとしてしまい一時間も風呂に入っていた。

 普段がそれほど長く湯につからない生活をしているからだろうか、のぼせるという感覚は珍しかった。

 椅子に座って「はふ~」と息を吐き、「あっついぃぃ……」とうなだれる。

 ゆだった頭に思考するほどの元気はなく、ただひたすらふわふわしていた。

 スススという音がして、たぶん由利亜先輩が水でも飲みにこちらに来たのだろう。そう思っていると、首筋がひんやりとした感覚を察知した。飛びのくほどの冷たさでもなく、じんわりと気持ちの良い冷たさ。

 ああ…いい感じ……。

 漂うだけだった意識が、着地点を見つけたような感覚だった。

「気持ちいい?」

 頭上から声がする。由利亜先輩の声だ。机に突っ伏した状態の俺の頭の上。よく見ると由利亜先輩用に洗面台の前においてある、足場用の台が俺の座っている椅子の真横に置かれていて、その上に高校生のものとは思えない小さな足が乗っかっていた。

 ……ん? じゃあこの気持ちの良い涼やかなものは何だろう? 由利亜先輩が何か冷やしたタオルでも載せてくれているのだろうか?

 いや、この感触はタオルじゃないし、まして保冷剤やなんかではないだろう。

 もっとこう、触りなれている感触。ひんやりとしていて、それでいて人肌を刺激しないやわらかさで、しっとりとした肌触りで、ずっしりとした重さのある。

 ………………………んん?

 しっとり、やわらか、重み……?

「(はあ……。OK 俺は冷静な男だ。だからこの状況も冷静に対処できる。完璧に、パーフェクトに決めてやるぜ。いけ、俺!)」

 全力で自分を鼓舞し、最短速度で言葉を発しようとして、

「私のおっぱい、気持ちいい?」

 ズッコケた……。

 勢いよくツッコミを入れようとして、由利亜先輩の足場が気になって体を動きを止める。

「あの、どけてもらっても?」

「もういいの?」

「後々問題になりそうなんで最初からやめて欲しかった!!!」

 机に突っ伏したままのツッコミは、むなしかったとさ。ちゃんちゃん。



「で、なんだったんですか、あれ?」

 首元に乗っかっていたおっぱいをどかし、服を着せること十分後。

 どうにか冷えピタおっぱいを引き剥がすと、二人で食卓を囲んだ。

「んー? 珍しく湯当たりしてたから、冷ましてあげようかなぁって思って」

「もうちょっと普通に冷やせないんですか。普通に…。てかなんで胸が冷たい……?」

「でも気持ちよかったんでしょ?」

「いや全然。(まあ、最強の心地よさだったけど)」

「目逸らしながら言っても説得力ないし」

 頬を緩めてうれしそうな顔をして、おかずを口に運ぶ由利亜先輩。

 またしても俺の弱みがこの人につかまれた瞬間だった。俺弱み握られすぎだろ。弱すぎて握られない部分がないってか? 爆笑。

 うん。笑えないな。

 でもまあ、今回は俺に過失もないし、ね。誰にも見られてないし、何の問題も━━

「━━━ね、ほらこれ見てみて、太一君の頭私のおっぱいで埋もれてる!!」

「なんじゃそりゃあ!!!!!」

 嬉々として掲げられたスマホには、確実にさっきのであろう写真が写っていた。

 グデンと寝そべる俺の首から頭にかけての部分に、由利亜先輩のものであろう胸部が、一部規制の入りそうなところだけを巧妙に取り除いて映し出されていた。それだけならまだしも、問題なのはその胸部に埋もれている俺がとても幸せそうなのだった。もう本当、言い訳の仕様もないくらいに幸せそうな顔でヘラついていた。いっそ一発分殴りたいくらい。

「ちょっ!! それ、消してくださいよ!!」

「やっだよ~。修学旅行のことと、今日のこと、これでチャラにしてあげるから我慢しな」

「いやいや、さすがにそれはまずいですって!! それは、それだけはやばい!!」

「ふっふふ~ん。自分の失敗が招いた結果。甘んじて受け入れなされ」

 得意げにスマホを掲げる由利亜先輩は、以前先輩に写真を消された経験があることで、とった写真が消されそうであると考えると実家にある自分のPCにデータ送るようになってしまい、スマホを取り上げても意味がない。

 だからこうしてお願いするしかないのだ。ひたすら。平身低頭。土下座も辞さぬ。

「お、お願いします……。お願いですから、その写真だけは……」

 食卓に額をつき、平に平に、と、数度懇願すると。

「そんなに、消して欲しい……?」

 元がいい人なので、ここまで来れば後一押しだ。しかし、この一押し、間違えれば死ぬ。社会的に。後、学校で居場所がなくなったりする━━あ、いや、もともと学校に居場所はないか。

 ともかく。この一押し、失敗は許されない。

「そこまで言うなら、私も鬼じゃないし、消してあげなくもないけどさ、この写真結構気に入ってるからなぁ」

 俺のだらしない顔がそんなに気に入ってらっしゃるんですか。普通に最悪だ……。

 だが、ここまで言われたら仕方ない。もうあれだ。あれしかない。

「わかりました。じゃあ、その写真を消してくれたら」

「くれたら?」

「俺にできる範囲でなら、何でも言うことを聞きます」

『━━俺にできる範囲でなら、何でも言うことを聞きます』

 俺の言葉が遅れて復唱された。しかも、俺の声で。

「言質取ったり~」

 にんまり笑顔の小学生。

「……あ………」

 由利亜先輩の手元から、三度、俺は自分の声を聞くことになる。

「私のことを三日も放置したんだから、絶対元は取る」

「俺は食べ放題か何かですか」

 もとて。

「しかも、回数の指定はなし」

「へ?」

「だって、『俺にできる範囲でなら、何でも言うこと聞きます』って言ったじゃん」

 四度聞いて。

「へ……?」

 顔から血の気が引いていくのがわかる。

 うそ、だろ……?

 そんな……ミスったってのか…?

「あ…いや……、太一くん……? 私、別にそんなにひどいことお願いしたりしないよ……?」

 あまりに青ざめすぎて由利亜先輩が引いていた。

 いや、でもあの流れって相当やばいことお願いされる流れじゃないの?

 心の中で問いかけて、実際に行動に移したのは口をぱっくり開けて、青ざめた顔を傾けることだけだった。

「信頼がなさ過ぎる……!!?」

 そんな風に一人でショックを受け、うなだれた由利亜先輩は、顔をあげると、「お願いって言うのは、今回は一つだけだよ。さっきのは冗談のつもりだったの」と上目遣いで弁明する。

「一つ、ですか…?」

「うん。あのね」

 結局のところ、俺は振り回される運命なのだ。誰かといれば、その人物に。

 そんなわけで、予想もしていなかったそのお願いの内容。

「私と一緒に文化祭回って欲しいの」

 可愛らしく小首を傾げ、谷間を強調するように言う由利亜先輩の台詞は、なんか、もうすでに二回くらい聞いたことのあるやつだった。

 ていうかこの人、前に同じ約束してなかったっけ……? 勘違いか?



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