リア充になってしまったニートの話
カグヤ「ごめん、待った?」
ニート「そこそこ待った」
カグヤ「ごめんね」
ニート「別にいいよ。…ところで、お腹空いてない?」
カグヤ「ははは、またそれ?。大丈夫、まだ空いてないよ」
彼はいつも私に会う度に『お腹が空いていないか』を聞いてくる。
それも一度ではない。同じ日に二度や三度、ひどい時には五分感覚で同じことを聞いてくるのだ。
さすがに同じ質問が繰り返しなのが気になった私は以前、『なんで毎回お腹が空いてるか聞いてくるの?』と尋ねたら、彼は『話すことに困ってるから』と答えた。
なんでも凪沙のアドバイスで『会話に困ったらそう言え』と言われていたらしい。
凪沙のアドバイスは的を得ているが、きっと凪沙もまさかなんどもニートがそれを使うと思っていなかったのだろう。
カグヤ「そんなに話すことに困ってたの?」
ニート「ま、まぁ…」
カグヤ「だったら、無理に話さなくてもいいよ。私はそれでも楽しいから」
そういう経緯もあって、今では1日に何度も聞いて来なくなったが、名残なのか、会った時には毎回同じことを聞いてきた。
私にはそれが二人だけの特別なやりとりのように思えて好きだった。
カグヤ「そういえば、最近係長とパツキン、仲良くやってるみたいだよ」
ニート「そっかそっか、親子の仲がいいっていうのはいいことだからな」
カグヤ「でもパツキンはいつも忙しそうにしてるからさ、あんまり二人の時間が作れないんだって」
ニート「意識高いからな、あの金髪」
カグヤ「最近係長、絵を描き始めたらしくてさ、いつか娘をモデルに絵を描いて見たいって言ってた」
ニート「絵か…係長、最近若返ったよな」
カグヤ「そうだね。いろんなことがパァになっちゃった分、重荷もなくなったからいろんなことにチャレンジしたいって言ってたし」
ニート「係長もようやく吹っ切れたな」
カグヤ「レンジも絵でも始めてみたら?。家で漫画ばっかり読んでてもつまらないでしょ?」
ニート「凪沙の部屋、漫画はかなりの数あるからな。とりあえずあれを全部読み終わるまでは保留かな」
カグヤ「最近部屋に引きこもってばっかりだよね、レンジ」
ニート「ようやく主役っていう肩の荷が下りたからな、しばらくは思う存分ニートしたいと思ってる」
カグヤ「…メタいね」
彼は『お腹空いてない?』以外に話を切り出す術を持ち合わせていないので、最近では私が話を切り出すことが多くなった。
カグヤ「そういえば、ショタ君、最近この辺で友達とサッカーやってるらしいよ」
ニート「そうなのか。…あいつにも同年代の友達が出来たんだな」
カグヤ「あっ、噂をすれば…。オーイ!!」
遠くでサッカーをしている子供の集団の中にかつて共に島で暮らしたショタが混ざっていたことに気がついた私は大きく手を振って声をかけた。
それに気がついたショタは仲間に一声かけてからこっちの方に走って来た。
ショタ「久しぶり!二人とも!」
カグヤ「久しぶり」
ニート「久しいな。サッカー上手くなったか?」
ショタ「うん。ニートのお兄ちゃん相手なら11人抜きできる自信あるよ」
ニート「7歳児に11回抜かれる俺の気持ちにもなってやれよ」
カグヤ「11人抜きされることは否定しないんだね」
ショタ「お兄ちゃん達こそ、もしかしてデート中なの?」
ニート「まぁな」
ショタ「しっかりカグヤお姉ちゃんをリード出来てる?」
ニート「全然」
ショタ「やっぱり」
私達がそんな会話をしていると遠くの方でサッカー仲間がショタを呼ぶ声が聞こえて来た。
ショタ「あっ、ごめん。そろそろ行かなきゃ」
ニート「おう、行ってこい」
カグヤ「また今度ね」
ショタ「うん!ニートのお兄ちゃんのことよろしくね、カグヤお姉ちゃん」
そう言ってショタはサッカー集団の中に戻って行った。
カグヤ「…よかったね、ショタ君。友達もたくさんできて」
ニート「まぁ、あいつは器用だからどこでも上手くやっていけるさ」
遠くでショタの活躍を見守っていると、サッカーコートのサイドから何人もの女子が黄色い声援を上げてショタを応援しているのが聞こえてきた。
ニート「…モテるんだな、あいつ」
カグヤ「どうかしたの?」
ニート「…いや、ちょっと嫉妬してるだけ」
カグヤ「嫉妬?。…あ、そっか。レンジがショタ君くらいの歳の時って、いろいろ大変だったからね。ああいう少年時代が羨ましいんだ」
ニート「いや、モテるやつが純粋に憎いだけ」
カグヤ「…身も蓋もないね」
しばらく私達は黙ってショタ達がサッカーをしているのを見守っていると、レンジが唐突に口を開いた。
ニート「島の他のメンバーはどうしてるのかな?」
カグヤ「イケメンさんは教師やってるし、犯罪者はMr.Xの手伝いで忙しそうにしてるし、アパレルさんとビッチさんはルームシェアして二人で住んでるそうだよ」
ニート「へぇ、ルームシェアしてたんだ、あの二人」
カグヤ「…そういえば、田中さんはどうしてるかな?」
ニート「…え?田中?誰だっけ?」
カグヤ「いや、さすがにそれは冗談だよね?」
ニート「まぁね、俺が田中さんを忘れるわけないだろ。田中さんなら今頃星になって空から俺たちを見守ってくれてるはずさ」
カグヤ「…なんで死んだ扱いにしたがるかなぁ」
ニート「みんな、何かしら目的を持ってこの町で過ごしてるんだな」
カグヤ「そうだね。レンジのおかげだね」
ニート「俺のおかげと言うべきか、俺のせいと言うべきか微妙なところだけどな」
カグヤ「それでも、こうして私が笑っていられるのはレンジのおかげだから」
そう言って私が笑顔を彼に向けると、彼は照れ臭そうにして視線をそらした。
ニート「そういえば、カグヤは俺が凪沙の部屋に住み着いてることについてどう思う?」
カグヤ「…急にどうしたの?」
ニート「いや、一応凪沙も年頃の女子だしさ…同じ部屋で寝泊まりしてることについてどう思ってるのかなって…」
カグヤ「そんなの今に始まったことじゃないじゃん。気にしてないよ……って、言ったら嘘なんだけどね…」
ニート「そう…だよな」
カグヤ「でも仕方ないよね。レンジには凪沙が必要だもんね。分かってるよ、凪沙は頼りになるし、心強いし…レンジが背中を預けられるのは凪沙だけだもんね」
私は知っている。
レンジが戦っていられるのは凪沙がいたからだって。凪沙がいるから、今のレンジがあるんだって。
ニートを支えているのは私ではなくて、凪沙なんだって…。
ニート「…分かってたんだ」
カグヤ「うん、これでも付き合い長いし、なんとなく分かってるよ。ニートには凪沙が必要なんだって…」
ニート「確かに、背中を安心して預けられるのは凪沙だけだ…だけど、隣で一緒に歩きたいのはカグヤだから」
カグヤ「…うん、ありがとう、信じてる」
そう、信じてる。ずっとずっと信じてる。
どうせ私にはそれしか出来ないのだから…。
おまけ
カグヤ「そういえば、なんで急に凪沙と一緒に住んでること掘り出してきたの?。もしかして、この前凪沙が『レンジを色気で攻めて女子力をどうのこうのする』って話に関係あるの?」
ニート「女子力?…そういえばこの前そんなこと言ってたな…」
カグヤ「何かあったの?」
ニート「いや、普段制服以外はジャージみたいな格好しかしない凪沙がいきなりミニスカ履いたり、もうすぐ冬だったいうのにノースリーブの服を着たり、奇行に走ってただけ」
カグヤ「それで凪沙の女子としての魅力に気がついちゃったと?」
ニート「いや、そうじゃないよ。慣れない服を着ているというよりも服に着られている感じだったし…。その後、料理で女子力を証明しようとしてたけど、結局皿並べただけだったし。…ただ」
カグヤ「…ただ?」
ニート「その…凪沙って…意外と胸がデカイだなぁって…」
カグヤ「結局そこなの!?」
男は単純である。