第8話
「………そろそろ時間だなぁ。」
「ですね。長かったような短かったような………。なんだか夢でも見てるようでしたよ。」
ふとした思いつきから迷い込んでしまったこの世界。ずっと夢なんじゃないか?と、自分の頬をつねったりしていたが、ただただ痛いだけだった。
およそ9時間。半日にも満たない時間の内に、私は沢山の人や異形に出会った。恐らくこの1年……いや、私の人生で最も濃密な時間。
少々名残惜しさもあるが、今は家に帰って寝てしまいたい。なにせ時刻は深夜2時。これでは殆ど徹夜と同じだ。明日の仕事に響いてしまう。
「………このまま真っ直ぐ進んで鳥居をくぐりゃあ元の世界に戻る。達者でなぁ。」
「はい!ありがとうございました。お世話になりました。」
私は、ここまで面倒を見てくれた伊吹さんに深々とお辞儀をする。私は伊吹さんが来なければあのまま化け物に食べられて死んでいたかもしれない。
だからこそ、深く。心を込めて。
そして回れ右、私は長い参道を鳥居目指して歩き出す。伊吹さんは参道の手前で、私が無事に帰れるまで見ていてくれるらしい。
またあの化け物に襲われては、帰るどころではないので、心強い限りだ。
「………はぁ、明日も仕事かぁ。」
凛は鳥居の前で立ち止まる。
この鳥居を抜ければ、日常が戻ってくる。日常に戻る事ができる。そして、日常に引き戻される。
………そう。この鳥居をくぐれば。
鳥居の前で一礼。私は鳥居をくぐ―――る?
「え?」
コツン。
くぐれなかった。正確には、鳥居に見えない壁があるせいで通れないのだ。
異変に気付いて伊吹さんがこちらに小走りでやって来る。その顔は、いつもとは比べ物にならない程深刻そうだ。
「あの―――これ。」
「駄目だこりゃ………結界が張られてやらぁ。外界との繋がりが完全に断ち切られた。にしてもなんで今?もしや向こうで何かが――。」
頭を掻きながらぎりぎり聞き取れるレベルの大きさでブツブツと独り言を言っている。その顔はどんどん青ざめていき、やがて諦めたように溜め息をついた。
「あの―――どういうことなんでしょうか?」
「はぁ、わりぃ。おめぇ多分、もう帰れねぇわ。」
「ぇ゙?」
伊吹さんはどこか不満そうな顔で言う。
「あの、それってどういう………?」
「どういうも何も、言葉の通りさ。おめぇはもう、向こうの世界にゃ帰れねぇ。まぁ、別に一生帰れないってわけじゃねぇぞ?少なくとも、数カ月は帰れないと思うがな。」
「え、―――――えぇぇぇぇ!」
「元の世界に返してやるって最初に言ったのにすまねぇな。だが、こればっかりは俺にもどうもできねぇんだ。」




