母の肖像(4)
エンディン王国展示館の本館は、浜辺の延長のような砂地の広々とした庭の奥にあった。
庭の中央にある噴水が涼しげに水飛沫をきらめかせ、一段高い位置に建てられた展示館は窓とベランダが整然と並んでいる。パリのアパルトマンを思い出させるが、その壁は緑の蔦に覆われ、さながら砂漠のオアシスのような風景だ。
馬車は噴水の脇を抜けて玄関前に停まった。飛砂にうっすら覆われた煉瓦敷きのエントランスに降り立つと、スードラ姿の館員が「ようこそおこしくださいました」と、少々拙い発音のライニール語で迎える。事前に来訪を報せたわけではないけれど、すぐ私の素性を察したようだった。
「館内の案内も私がすることになりました」
サラはエンディン語で館員と話したあとそう言い、さもベテラン館員のような顔で中に入っていく。彼女によると、貴賓の公式訪問には館員の案内をつけるが、私的訪問の場合は外部の通訳兼案内役に任せるのだそうだ。ほとんどの客がそう望むから。
「気持ちはわからなくもないわ。興味のない話を聞くのは公務だけで十分。自分のペースで見て回れるほうがいいもの」
南向きの窓から差し込む光が、ガラス細工の花瓶を通して展示台に幾何学模様を描いていた。私は足を止め、添えられた注釈に目を走らせる。そこにはライニール語とエンディン語が上下に並んでいた。
「読めるんですか?」
スタンリー卿が小声で聞いた。来館者は少なく、奥の階段のところで中年夫婦が足を止めてこちらを見ているくらい。どうやら、私は鑑賞される側らしい。
「エンディン語は読めないわ。勉強したらスパイだって言われるもの」
サラは聞いていないふりをしていたが、私がエンディン語を話せないことは事前に知っていたようだった。だとすれば情報源は公爵。サラがエンディン王国展示館を強く勧めたのも公爵の意向だろうか。
――なぜ、今さら。
私は展示品に集中した。
ガラス細工を中心とした伝統工芸品が置かれた一階、エンディン綿を中心に織物や民族衣装の展示と販売が行われている二階。三階にはエンディンの風景画が飾られている。最奥の部屋だけ入口にカーテンが引かれており、前には係員が立っていた。そこに王族の肖像画が展示されているらしい。
「準備いたしますので少々お待ちください」
係員はそう断り、カーテンを開けて中に入った。日差しは暗幕で遮られ、真っ暗な部屋に陽光がうっすら漏れ入っている。
暗幕と窓を開けた係員が、「どうぞお入りください」と私たちを招き入れた。そのあと絵画に掛けられた布をひとつずつめくっていく。
肖像画は歴代国王と王妃のもので、どれも金糸の刺繍が施された豪華なスガールとスードラを身にまとっていた。小さな王子や王女と一緒に描かれた家族の肖像があり母の姿を探したけれど、説明書きにその名前は見つからない。
家族の肖像から視線をはずしたとき、ふとサラに目がとまった。奥の壁の一番右にある、布が掛かったままの肖像画を気にしていた。あれが母の肖像なのだろう。
私は母の顔に懐かしさを感じるのだろうか。
想像とまったく違う顔をしていたら、どんな反応をすべきだろう。
布をめくる館員の手を目で追い、その布が剥がされた瞬間、私はひどく動揺した。そこにあったのは想像していたようなスガール姿の女性ではなく、イマヘラ神教の白い祭服を着て寄り添う男女。男性はフランクリン公爵だ。
窓から吹き込んだ風が、額に滲んだ汗をさらっていった。
アンが隣で小さく吐息を漏らしたのは、彼女もこの異質な肖像画に驚いたからだろう。サラは私たちの反応を見守ったあと、「こちらです」とその肖像を指し示した。
「これは、フランクリン公爵邸のあるセントラ地区のセントラ・イマヘラ聖堂で挙式された時に描かれたものです。前公爵夫人がここに肖像画を飾られることを望まれたと聞いています」
「母はこんな顔をしていたのね」
私と同じ金髪碧眼。顔立ちはあまり似ていなかった。私はむしろ、公爵似のようだ。
母を見つめる眼差し。
似合っているとは言い難い男物の白い祭服。
母の事件の捜査を最後まで要求していたのはこの人だった。
もし、父の前にサビナ・グレイアムが現れなかったら――。
「……ここは暑いわね。外で涼みたいわ」
「では、砂浜に出てみられますか?」
「そうするわ」




