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あの日、私はあなたの栞だった。  作者: 甘夏
一章 始まりは一つの小説で
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第二十一頁 新たなる壁

お待たせしました!!!今回はカクヨムの方にでてきた菫ちゃんが出てきます!!!よ!!!!

「こんなもんでいいかなっと……」

 十月十二日の日曜日、部屋の衣替えを済ませた私は、新しく敷き直したベッドに身体を預ける。端末で時間を見てみると、まだ午前の十一時をすぎたばかり。

 季節が変わったからなのか、地に落ちるセミを見るのも少なくなってきた。私としてはそれが嬉しいのだけれど。妹の和子は幼い頃から虫が好きだったし、よく男子と混ざって虫取りに行っていたっけか。一番好きなのは爬虫類のエリマキトカゲなんだそう。遊びに来る? と言われたけど、虫嫌いの私にとって爬虫類なんぞ敵の中の敵、ラスボスに近い克服なんてできないような相手。可愛い妹のお誘いであれど、さすがに断った。

「……癌、ね」

 あの時、霙に言われたことを思い出した。私は癌になったことはないけれど、抗がん剤治療がどれだけ辛いものなのかはテレビでも見たことがあるし、充分わかっている。でも霙の事だから、きっと抗がん剤治療はやらないだろう。そう確信できるのには一つだけ理由があった。

 ───どんな事があっても、薬だけには頼らない!

 幼い頃、霙がそう強く言い張っていたからだ。霙は一度決めたことは何年前であっても忘れないような人だから、私はそう確信できるんだ。それでも、もし霙が「生きたい」と懇願するならば、あの子はどのような選択をするのだろう? 薬に頼らないのであれば、癌はステージによってはただ死を待つのみ……ということだってある。私はそれが一番不安で仕方がなかった。霙が生きることをやめる為に薬に頼らないと発言したのであれば、親友として止めなければならないと思ったから。

 ……でも、親友って、友達ってなんだっけ?

 ほら、またあの疑問が思い浮かぶ。親友や友達ってのは、こういう時にどう声をかけたらいいんだっけ? それが分からないから、止めようにも止められないんじゃない。

「もうっ、どうしたらいいの?」

 何も出来ない自分が悔しくて、私は拳で布団を叩いた。マンションは一階に住んでいるから、下に誰かが住んでいる訳でもない。

「頭がショートしてきた……少し散歩でもしようかな」

 むくっと起き上がり、端末と財布を小さな肩下げカバンに入れ、ロングコートを着てマフラーを巻き、手袋は……まぁいいか。靴を履いて家を出ると、ひんやりとした空気が頬を叩く。すぐに手袋をはめなかったことを後悔し、扉を閉めて鍵をかけ、私は宛もなく歩き出した。

 腕を伸ばして歩いていると、前から歩いてくる小柄な少女とあやうくぶつかりそうになる。菫色の髪の毛を一つにまとめ、後ろで団子にしているようだ。白い帽子とマフラーの隙間から見える白い肌と菫色の瞳が、私を見つめて話さなかった。

「……あ、柚羽センパイ?」

「……あ、安城菫ちゃん?」

 お互いに指を差し合って名前を確認する。声を出したのはほぼ同時、それでも聞き取れていたのか、

「わー、ようやくお話が出来たのデス! マコトから聞いてちまちまと図書館で見かけていたんデスが、話しかける機会が無くて!」

「ありゃ、そうだったの。気づかなくてごめんね、私本読んでると周りが見えなくなるからさ」

「あやまる必要はありまセン! せっかくデスし、お暇であればどこか食べに行きませんカ?」

 そっか、昼前か。

 そんなことを思いながら、「いいよ、行こっか」とニコニコしながら歩くように促した。表情が明るくなった菫ちゃんは、まるで小動物のように私の横に並んで歩く。

 小さい頃の和子みたいだなぁ……。和子も「おねーちゃんお菓子買ってー!」と、よくこうして横に並んで歩いていたから、少し重ね合わせてしまった。

「ところで、どこへ食べに行きましょうカ?」

「レストラン? せっかくだから、奈良井の方まで行ってみる?」

「いいデスねー! 行きましょ!」

 イギリス人ととルーマニア人のハーフである父と、日本人である母の血が混ざる混血児の菫ちゃんは、発音に独特の訛りがある。日本語がまだ話せなかったころ、この訛りを馬鹿にされた記憶がある為、日本語を勉強してここまで話せるようになったのだという。

 電車に乗り、それぞれ御手洗を済ませて電車を待っていると、菫ちゃんはこんなことを問いかけてきた。

「柚羽センパイは、人に話せる夢ってありマスか?」

 私は少し考え、

「まぁ、あるかなぁ」

「おぉ! 教えて欲しいデス!」

「聞いても面白くないよ?」

 私が言うと、それでも聞きたいというもので、私は一つ咳払いをして答えた。

「小説家」

「やはり!」

「やはりってどういう事?」

「マコトから聞いていましたので!」

 あの男の子は!

 大して怒りは感じなかったけど、心の底から込み上げてくるこのなんとも言えない気持ちはなんだろうと疑問に思いながら「菫ちゃんは?」と問い返してみた。

「菫はもう叶ってマスので、言う必要がありまセンよ〜」

「やっぱり、歌手?」

「ハイ、十六歳にして叶えましタ!」

 若いっていいなぁ。

 十六歳ということは、高校生のうちに職に就いたということになる。それだけ歌が上手かったという事なのだろう。英語が話せる、日本語も達者、そりゃあ採用されるのも分かる。日本語を話せる外国人は歌手にとって貴重な人材だとテレビでも見た事があるし、若くして大変だなと同時に思った。

「柚羽センパイは、小説家はいつ叶えるのデスか?」

 それを言われて、少し鼓動が早くなった気がした。言われれば、いつ叶えるのかなんて考えてはいなかった。私はただ霙のような人になりたいと思って、霙の夢を引き継ぐために、小説家になると決めたのだから。

「多分、卒業してから」

 そうとだけ答えて、ゆっくりと停車した電車の扉をボタンで開け、中に入る。暖房が聞いているからか、少しだけ暖かい。菫ちゃんも隣にちょこんと座り、帽子を深く被る。

「スミマセン、外出する時は特に気をつけてるんデスが……」

「大変だねぇ。人気の多いところだったら、姉妹の振りでもしてようか? 私妹いるから、それくらいなら全然大丈夫だよ」

「その方が良いかもしれないデスね!」

 カタン、カタン、と時折鳴る電車の音を気にしながら、話しているうちに眠ってしまった菫ちゃんを左肩にそっと乗せ、一人考える。

 確かに菫ちゃん、絶対顔バレしないような格好してるかも。幾度かテレビにも出てるし、街中にテレビに出てた美少女歌手がこんなところにいたらそりゃあ誰でも振り向くに決まってる。もちろん私もね。

 それでも女の子だからか、秋でもロングスカートを履いており、栗色のロングコートに紫のマフラーを巻いている。下は寒くないのかと疑問にも思ったけど、それが彼女のファッションだと言うなら仕方が無い。こうして気にしなくなったのも、人のファッションは咎めちゃいけないと母にしつこく教えられたお陰なのかもしれない。母よ、ありがとう。

 それにしても……霙、大丈夫かな。

 こんな時でも霙のことを心配してしまう。癌になったならお見舞いにも行きたいし、関西……関西かぁ、遠いなぁ。でも行きたい。顔も見たい。それはきっと、霙も同じなんじゃないかと思う。

 でも……と、最悪な事も考えてしまう。もしあの子が会いたくないと口にしたら? 私の事を嫌っていたら? それこそ、私はどうしたら良いのだろうか。最近は全く夢にも出てこない。今日夢に出てきたのも久しぶりで、最後に夢で会ってからもう二ヶ月は経っている。しかもその期間は、霙が倒れて意識不明の時。寝ているのに夢に出てこなかったのは、どうしてなのだろう?

 そんな思考を遮るかのように、車掌アナウンスが奈良井の到着を知らせる。

「菫ちゃん、起きて。奈良井着くよ」

 ゆさゆさと起こすと、菫ちゃんはハッと気が付き、

「何分寝てた? お姉ちゃん」

 いきなりそう呼びかけてきたのだ。そうか、姉妹の振りだったか……なんて思いながら、「二十分くらい? あんたはお疲れさんだなぁ」とデコピンを食らわす。痛かったらごめんなさいと、心の中で謝りながら。

「あうっ、もうっ酷ーいお姉ちゃん、あとでやり返すから!」

 立ち上がりながら、菫ちゃんは怒る素振りをする。

「……それはそれで本望かも」

「またそういうこと言って!」

 そうして電車を降り、菫ちゃんは歩きながら、

「……スミマセンほんとに」

 と申し訳なさそうに呟いた。

「いいのいいの、私としては妹の相手してる感じだし」

「いいんデスかあれで!」

 突如として軽くデコピンされた私はおでこを抑える。菫ちゃんは少し満足気な顔をしていた。

「でも、何でか悪い気はしなかったのデス」

「そう? ならいいんだけど」

 私のコートの裾を握り、

「……もうちょっとだけ、菫のお姉ちゃんでいてくれませんカ?」

 顔を少し赤らめながら、菫ちゃんは笑顔で言った。

「いいよ、全然」

 そう言った私の言葉に、パァッと顔を明るくさせて歩きにくいほどくっついてくる菫ちゃんが和子と同じくらい可愛くて、不思議と歩きにくい事なんて気に留めなかった。和子も元気かな。泣き虫妹があそこまで成長しているのは私も驚いた。来年帰る時はどんな顔をしてくれるのかな。

 そんなこんなで着いたのは奈良井宿。日本ならではの木造建築が一本道を挟むように並んでいる、江戸時代のの商店街のような、そんな雰囲気が残る観光地だ。文部省選定重要伝統的建造物群保存地区という、なんとも長い名前ではあるのだけれど、れっきとした遺産物なのだそう。私も何度か足を運んでいるから、どこに何があるのかなどは大体分かる。大体ね。

 駅舎を出てすぐ左に曲がった所に、「手打うどん・そば」という旗がなびいている小さな小屋店がある。私が菫ちゃんを連れていきたかった所はここだ。暖簾もかかっているし、「営業中」のプレートも置いてあるあたり、今日も開いている様子だった。

「ここデスか?」

「そ、ここ」

「おそば……! 菫おそば大好きデス!」

「ほんじゃ、入ろっか!」

 中に入ると、年配の女性が「いらっしゃいませ、好きな席座ってねぇ」と優しく対応してくれた。中は床や柱、その他木で出来ているものが焦げ茶色なお陰か少し暗くて、落ち着いた雰囲気だ。お客さんはちらほらといる程度で、私たちは空いていた食卓席に向かい合わせで座った。

 菫ちゃんはそばと天ぷらのセット、私も同じものと追加で山菜揚げを単品で頼んだ。ここの山菜揚げはとにかく美味しい。いやマジで、他のものと比べ物にならないくらい美味しい。好きです大好きです。

「そう言えば柚羽センパイは、さっき小説家になりたいと言ってまシタね」

 ふと、菫ちゃんはそんなことを問いかけてくる。「えぇ、それが?」と返すと、菫ちゃんは「誰かきっかけがあるんデスか?」と物欲しそうに見つめてくる。

「うん、幼なじみがきっかけなの」

「幼なじみ! いいデスねぇ、私聞いてみたいデス、その子のお話!」

 そう言えば、誰にも話していなかったような。そばはまだかかるようだから、この際話してしまおうか。

「……いいよ。話してあげる」

「ほんとデスか!?」

 ウキウキしながら聞く姿勢に入った菫ちゃんに、私はぽつりぽつりと話し始めた。

 

 私と霙が出会った、最初のお話を。

御一読お疲れ様でした。

宜しければ是非、評価や感想、レビューなどお待ちしております!!よろしくお願いしますm(_ _)m

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