第二十頁 私ね
お待たせしました!!ついに二十頁突破……!!!
もう少し続きますので、末永くお付き合い頂けたらと思います!!
「ゆーずちゃん!」
あぁ、また夢の中だ。
そう悟ることが出来たのは、紛れもなく、目の前にいるはずのない霙がいるからだ。ここの季節はいつでも変わらない。セミが鳴き、掻き分けるようにして出来たひまわり畑の一本道。山々が奥に見え、入道雲が登りゆく。
あぁそうだ、思い出した。
ここは、私が霙と初めて会った所だった。私と霙がまだ、お互いに三歳の時。北海道の道北に位置するひまわり畑を訪れた時、あの栞を渡され、約束をしたんだっけ?
「霙」
「なに? ゆずちゃん」
霙はいつもの笑顔で私を見てくる。
「この栞、この本……返してって、言わないよね?」
変なことを聞いた私に、「へ……どうして? ゆずちゃんがそんなこと言うなんて珍しいね」と、きょとんとした顔で問い返してきた。
「ううん、なんでもないの。少し不安になっただけだから、大丈夫だよ」
「そう? ならいいけど!」
最初に見た夢とは大きく違い、霙と私の距離は一メートルもない程になっていた。それはきっと、朱雀が霙に会わせてくれたり、有剛先生や、逢鈴さんが言ってくれた、私の心を動かす一言が沢山あったからなのだと思う。
どうして今まで気づかなかったのだろう。周りの人達に恵まれているのは、ずっと昔からのことなのに。
「あ、夢が明ける」
ボソッと霙が呟いたのを見て、私は上を見上げる。照りつける太陽の光が段々とぼやけていき、私の視界はシャットダウン寸前だ。
「ゆずちゃん、最後に一ついい?」
霙が一歩近づき、私の手を取る。
「私ね───」
***
目が覚めると、そこはいつもの白い天井が広がる自身の自室だった。
起き上がり、私は手探りでスマホを探す。手にしっかりとした感触を覚え、私はそれを手に取る。
それは、昨日寝る前に枕元に置いた、霙の小説だった。途中の頁で、小さなナイル製のバンダナが巻き付けられている古びた栞が、しっかりと挟まれている。
私は小説を持ち、七月の終わりの時のように、霙が最後に言った言葉を思い出していた。
『私ね、癌になったの』
耳に張り付いて離れない、衝撃的な言葉。心做しか、その時に言っていた霙の表情はとても悲しそうで、寂しそうで。慰めようにも、何も出来ない自分に腹を立てていた。
嘘だと言って欲しかった。でも霙の表情は、嘘じゃないよと言っているような、そんな気がして。
「……私に言っても、しょうがないじゃない……!」
どうしようもない感情に追い込まれ、小説を両手で持ち、それを抱き寄せて、私はベッドの上で静かに泣いた。
***
「ゆず、おはよー! 十月だねー! 十日だねー!」
「お、チャイナから帰国してきた茅島さんが登校してきた」
「焼かれたいの?」
午前九時二十分、私の隣に座るなり、如何にも手から炎を出しそうな勢いで威圧してきた朱雀に、「ごめんて、そんな怒らんでや」と何とか宥めた。
「ちっ、命拾いしたな!」
「キャラ変わってない?」
顔を見合わせてクスクスと笑った私らの上を覆い被さるように、一つの影が私らを襲う。
「うわっ誰」
「朱峰ちゃんでーすいでっ! 何すんのよ!」
すかさず私が頭をひっぱたく。誰かと思えば朱峰か。驚いて損をした。
こんな性格の朱峰だから、しょうがない気もするけれど。
「あ、二人にお土産がありまする」
「なんだとう!? 早く渡せ!」
「あら、ゆずにしては珍しいもてなしね?」
意地悪そうに朱雀が言ったのを聞き「あ、茅島さんは要らんのね、じゃああげんわ」とこちらも意地悪そうに返してやった。
「それはないよゆず!」
「冗談よ。はいどうぞ」
買ってきておいたひよ子を二つずつ、二人に渡す。朱峰は「ひよ子だありがとうゆず! 頭から皮を剥いで食べよう!」とサイコパス発言をしたのに対し、朱雀は「あ、静梨だ」と、これまた変な発言をしていた。
「誰? 静梨って」
「あれ? ゆずに言ってなかったっけ。うちの四つ上のお姉ちゃん。今博多で仕事してるらしいよ」
「あぁ、静さんね……」
朱雀の行き別れた姉である謝花静梨さん。一応朱雀から話は聞いていたけど、結局会うことは無かったな。
「私は一人っ子ですっ」
「朱峰のことは聞いてないよ?」
「ひどーい!」
ひよ子を頭から食べながら、朱峰は不満そうに声をあげる。
そうして授業が始まり、私は聞こえてくる先生の内容から耳を逸らし、霙のことを考えていた。
癌に、なった。霙は確かにそう言っていた。それが本当なら、お見舞いとかに行かなければならない。ステージはどれくらいなのだろう。末期だったら嫌だな。食事はちゃんと取っているのかな。
過保護チックなところがある私は、すぐこんなことを考えてしまう。それが他人のことでも、心配事ばかりが重なって、目の前のことに集中出来ないことがよくあるのだ。
「どしたのゆず、悩み事?」
小声で朱雀が聞いてきたのも耳に入れず、私はずっと考え込んでいた。
***
「またね、里奈」
「はい先輩! ひよ子美味しかったです!」
午後十八時を過ぎた頃、別れ際に里奈は歯を見せて笑う。私は手を振って見送り、歩きながら手に持っていた小説を開く。
栞を手に取り、車に気をつけながらも、私は小説を読み進めていく。
一〇〇〇頁強もあるこの小説は、夏から読み始めたのを最初に、もう随分と読み進めてしまっていた。今は、霙がメンバーと離れ離れになった所……頁で言うと、大体五〇〇頁。
もう半分以上も読み進めてしまったのか。霙の書く小説は、何よりも私の心を動かす唯一の生き甲斐と言っても過言ではない程になってしまった。流石に食事中は読むのを自重しているけど、読む度に続きが気になる……そんな内容だ。
私も、こんな小説が書けたらいいのに。霙のように、行く億人と人を惹き付けられるような、そんな魅力的な小説の才能が、あればいいのに。
「「ゆずちゃんなら絶対なれる」……か」
栞を挟み、本を閉じる。秋の風に揺られ、白い小さなバンダナがほのかに動きを見せる。ザワザワとした木や葉の音に囲まれ、私はその場で立ち止まり、暫くその音を聞いていた。
もう十月なのね。最近になって、「もう」という言葉を言うことが増えた気がする。時間は待ってくれないと有剛先生は言っていたけれど、まさにその通りなのだなと感じた瞬間でもあった。
「あれ? 柚羽先輩じゃないですか」
その声に振り向くと、そこには真琴君ともう三人、友達らしき男の子が二人、女の子が一人、一緒に歩いて私に近づいてきた。
「あれ、まこちゃん……と、どなた?」
「あ、僕、遠藤……涼耶です。真琴の友達っす。よろしくお願いします」
「自分は葵田此葉って言います! 隣にいる小鳥遊諜苺の彼女です!」
礼儀正しい子だ。涼耶、此葉とそれぞれ名乗った男の子達は深々と頭を下げ、私にそう挨拶をしてきた。
「あ、あたいは……小鳥遊、諜苺です……」
栗色の髪の毛に綺麗な海色の目を持った少女は、此葉君の後ろに半分隠れて恥ずかしそうに言う。
「すいません、こいつ人見知りで」
「いいよ此葉君。橘陬柚羽です、よろしくね涼耶君、諜苺ちゃん」
「はい、これから仲良くしてもらえたらと思います。とは言っても……先輩はもう半年もしたら卒業ですけどね」
寂しそうに笑う涼耶君に、私は思わず愛想笑いをする。
聞くと、私と同じ学科である坂内心春ちゃんの彼氏だそうで、心春ちゃんの話をすると「あっ、そうなんですね。道理で聞いた事ある名前だと思いました」と、また笑う。
そうか。心春ちゃんの同級生か。
心春ちゃんは幼い頃に少しお世話になり、以降私の背中を追いかけてくるように同じ中学、高校、大学とついてきた可愛い後輩だ。背は私と同じくらいの一七〇センチ程。一緒に遊びに行くこともよくあって、私と二人で並べば姉妹だと間違えられることもあった。
「あれ、柚羽先輩、その小説は……」
真琴君がひょっこりと私が持つ小説を見る。
「あぁ、私の幼なじみの書いた小説」
「『見えない世界の裏側に』ですか? 俺も買いましたよ。なんでも速読家の柚羽先輩が凄いスローペースで読んでいるって、菫が言っていたものですから」
「菫ちゃんって……歌手の?」
「はい、俺の彼女です」
「はい!?」
最近有名な歌手である安城菫ちゃん。真琴君の彼女だと言う。そんなことってあります?
「あ、あたいらは全員、菫の友達なんです……だけど最近歌手の方が忙しいらしくて、授業が終わると飛んで出て行っちゃうんです」
「なるほど、いつメンってやつね?」
「そういうことっす!」
此葉がニコニコしながら元気よく声を上げる。信号で止まった後、「帰り道どっち?」と、信号を渡ってすぐにある丁字路の左右を指さす。
「真琴は右、俺と諜苺は左っす」
「涼耶君は?」
「僕は右です」
「じゃあ、此葉君と諜苺ちゃんと同じなのね」
信号が青になり、私らは横断歩道を歩く。それぞれの道に別れ、また明日と言い、お互いに背を向けた。
……また明日。
私と霙の間に、それは来るのだろうか。もし霙が先に死んでしまったりでもしたら、もうその言葉は言えないかもしれない。
帰ったら、霙に電話をかけてみようか。
「あ、あの……」
諜苺ちゃんが私のコートの裾を引っ張ってきて、私は彼女の方を向く。
「柚羽先輩は、将来の夢はなんですか?」
そう言われ、私は歩きながら考える。
思えば、ただ大学に通っているだけの大学生だったような気がする。子供のように無邪気に笑い合う、そんな幼い日々から連想される夢は、たった一つしかなかった。
「小説家」
「小説家? どうして……」
「友達の代わりに、その夢を追い続けたいから」
そうとだけいい、私は微笑む。
「柚羽先輩の小説出たら、あたい買いますからね」
「はは、それは嬉しいなぁ。印税が入るよ」
「黒い話へと持っていかないでくださいよ先輩」
三人して笑い合い、二人は途中の交差点で左へ、私は右へと別れた。
「柚羽先輩!」
ふと、諜苺ちゃんが大声で呼んでくるものだから、私はビックリして彼女の方を向いた。
「『顔晴れ』!」
その言葉に押されるかのように、私の足は帰る道へと一歩進んでいく。
右手で拳を作り高くあげ、私は踵を返して帰り道を歩いていった。
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