第十八頁 反抗すること
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「お母さんが私に話があるって?」
居間に戻った私は、和子からの伝言を受けた。
「そう。なんでも将来に関するお話なんだとか。今じゃなくてもいいって言ってたけど、お姉ちゃん、早めに行った方がいいかもよ? お母さん、今仕事中だけど、すっごい機嫌悪そうに見えたの……あんなお母さん初めて見たから、和子ビックリしたよ」
お母さんが怒るほどのことを、私がしただろうか。確かに最近、勉強もしていないし、むしろ面会拒否をしている霙の心配ばかりをしている。友達を心配しない友達が何処にいる、と言いたいけれど、さらに機嫌悪くしそうだしなぁ……なんて思いながらも、和子にお礼を言って居間を出る。
右のポケットに入れていたスマホが微かな振動を身体にくれた。私はすぐさま取り出して内容を確認する。それは霙からではなく、天気予報。明日は夏とは思えないほど寒くなり、雨が降るとの予報だった。
夏休みももう少しで終わる。今は八月も過ぎて、もう中旬に入ろうとしている。九州は年中雪降らずな暖かい気候にあるから、とても珍しい事例だと感じる。温度差には気をつけなければ。
と、また通知が入る。それはお母さんからで、内容は少しきついものであった。
『ゆず、あんた暗くなっとーね? 体調大丈夫?
お母さん、あんたが小説家なる言うてビックリしてん。お母さんはやめるのをおすすめするたい。あんたのおじいちゃんが小説家やけんな、かなり苦労したって聞いたとよ。それなら、お母さんは安定した職に就いて、それから小説家目指したらよかと思う。あんたがどう思っとーかは分からんばってん、いつでもいいけん話聞かせて欲しい』
「……」
私の気持ちが、お母さんにわかるって言うの?
これじゃあ、私の気持ちを見透かしているように思える。でもお母さんは何も分かっていない。私が思っている気持ちは、私が小説家になりたいって言ったあの日に全部伝えたはずなのに。
スマホから目を離し、私は深いため息をついた。この頃、霙や他の人との距離が段々と離れて行っているような気がする。不幸事が重なると気分が落ちるのは私の悪い癖だ。
きっと霙も、今頃苦しんでいるだろう。なにか大きな病気になっていないといいけれど。
こういう時、誰か相談できる相手が近くにいれば、と思う。朱雀は大学を少し休んで中国に帰っているみたいだし、有剛先生も───。
「……あ」
ふと思い出した私は、持ったままのスマホを見据え、とある人に連絡を入れた。
メールの先は、少し意外な人で。有剛先生とも、とても関係のある人だった。
***
「で、年下の相談も受けていて信頼度も厚く、お姉ちゃんの妹である私に相談してきたと」
次の日、レストランの席で縮こまって座る私の目の前で紅茶を飲みながら、垂井逢鈴さんは言う。
逢鈴さんは有剛先生の双子の妹さんであり、同時に海上自衛官。後輩も先輩も見てきているこの人なら、何か分かるかなと思ったのだ。ちなみに、神埜先生とは真逆のおとなしい性格で、身長も真逆。本人に聞くと、一七八センチはあるのだそう。おぉでかい。
「すみません、お忙しい中……」
「お姉ちゃんも大変な生徒を持ったものねぇ……。まぁちょうど夏季休暇でしたし、お気になさらず。私もお姉ちゃんのつまらない話を延々と聞かされるのは飽き飽きだから、たまには後輩の悩みを、とね」
逢鈴さんの言葉に、私は苦笑いをこぼす。
「それで? 相談したいことは何?」
「あ、はい……」
私はこれまでの事、霙のこと、自分が今どうしたいかが分からなくなっていること……全て話した。逢鈴さんは時々相槌を打ちながら、私が話し終えるまで口を噤んだままだった。
少し考えた逢鈴さんは、やがて私にこう質問してきた。
「人生で一番大切な物ってなんだと思う?」
「……?」
人生で、一番大切なもの?
お金、地位、名誉、成績、家族……どれもこれも大切だ。このなかから一番なんて選べるはずがない。
「答えが出ないようね。答えは『自分の道』よ」
「……道?」
「えぇ。自分の道は自分で決めるものです。『安定した職』という親から与えられた道、それはあなた自身が本当にやりたかった道とは言えないでしょ?」
心臓が跳ね上がる思いをした。確かにそれは親から与えられた道だ。でも、自分の道が見つけられないのに、どうやって進めば良いものなのか。
「友達は友達の為に何かをするという訳じゃないけれど、その霙ちゃんが本当にやりたかったこと、あなたならもう分かっているんじゃないの?」
「霙が、本当にやりたかったこと……」
逢鈴さんは手に持っていた紅茶のカップを静かに置き、それをただ見つめながら言う。しかしその視線が、どこか寂しそうに見えたのを、私は見逃さなかった。
「───私のように、いつか人を殺しかねないような軍の片割れよりかは、人として輝ける仕事の方があなたには向いているわ」
ザワザワしたレストランの中で、ただ彼女の声だけがはっきりと耳に聞こえてくる。
顔を上げ、逢鈴さんは最後にこう言い放った。
「二十を超えているから、なんだって言うの? 学生である限り、あなたはまだ『子供』なのだから。
もっと、親に反抗しなさい」
この言葉にハッとさせられた。
同時に、私の中で何かが動き始める。
それは『反抗心』。あの家に帰ってきた時、一度だけお母さんに反抗をしたことを思い出したのだ。
「─────……」
それまで開いていた口が、いつの間にかゆっくりと閉まっていくのを、私は感覚で覚えていた。
「答えが出たようね」
そう言った逢鈴さんはクスッと笑う。
「どうして分かるんですか?」
「だって、顔がそう言っているもの。
『帰ったら反抗してやる』ってね」
***
勘定を済ませ、私は店の前でお礼を言った。
「私はあなたの話を聞いて、ただ一言言っただけよ? お礼されるようなことなんて何もしてないわ」
「私としてはお礼を言うようなことをされたんです、だからお礼を言っているんですよ」
「あはは、変な子。気持ちだけ受け取っておくわね」
そうして逢鈴さんと別れ、私は家に向かって歩き始めた。
時刻は午後十四時四十三分。うちの店は十五時になると必ず一時休憩が入る。その時にでも話せば良い。
と、カバンの中でスマホが振動した。見てみると、それは霙からのメッセージだった。
「霙……?」
開いてみると、たちまちトーク画面が表示される。そこに書かれていたメッセージに、私は思わずクスッと笑ってしまう。
『和子ちゃんから聞いたよ! 思いっきり反抗してこい! 笑』
よし、反抗するぞ。
『ありがとう、反抗してくるわ笑』と返信を打ったのち、カバンにスマホをしまい込む。
少しだけ元気が出た。久々の霙からの連絡と、励まされている喜びが同時に重なって、私は自信がついたような気がした。
歩く速度が少しだけ早くなったのを、私は感じていた。
ご一読お疲れ様でしたー!!!
果たして柚羽ちゃんはどう反抗していくのか!?
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