1-1-1 帰省前の来訪者
校外実習。
七月の下旬。かの大天狗襲来から二か月余りの時間が過ぎた。
俺も今ではすっかり健康で、嵐が止んで学校が再開されてからは変わらず学校に通っていた。今回の騒動で学校関係者には負傷者も死者も出なかったらしい。大天狗様はしっかりと約束を守ってくれたようだ。
それでも京都の被害は甚大で、近代では戦争を除いて最大の被害だったようだ。妖の存在を呪術省が公表して、今回の大天狗様は妖が攻めてきたのだと公式発表がされた。
まあ、気付いている人は気付いているけど。あの大天狗様は現存する神だったと。周りの天狗たちは神魔半々の存在だったらしいけど。どっちにしろ、この前の事件で呪術省は神々に喧嘩を売ってしまったことは事実だ。そのため日本政府は慌てているらしい。慌てたところでどうにもならないし、今のところは被害が出ていない。
神々は何をしているのか。次はどこを攻めるのか、どのように攻めるのか話し合っているのか。それともこの前見せた先代麒麟の可能性からもうしばらく様子見をしてくれているのか。
どうして先代麒麟がこの前の幕引きの術式を用いていたのかを知っているのかと言われたら、いつもの如く姫さんから教えられたからだ。あたしも翔子ちゃんもやってない、やったのは先代麒麟と言われて、姫さん以外にも麒麟と契約している人間がいるとかどういうことと頭を悩ませたが。複数契約できる存在なのか、五神は。
そんな幕引きがあったこの前の事件だが、どういった理由かはわからないが、神の御座にいらっしゃる神々はそれ以降大きな動きを見せていない。この二ヶ月、土地神や妖のものと思われる事件はいくつか発生しているが、あくまでプロの陰陽師が対応できる程度だ。死者も大々的には出ていない。
京都にはむしろ妖も土地神も現れたという報告はない。どれもこれも地方や東京の話だ。京都は避けられているかのように何もない。五神による結界のせいかとも思ったが、魑魅魍魎ならともかく強力な妖や土地神にはまるで効果のない物らしいので理由としては適当ではない。
この結界もなければ、大鬼などがわんさか出てきて、毎日のように百鬼夜行が起こるから効果は出ているんだけど。平安なんて百鬼夜行が当たり前だったからなあ。
現状の振り返りはこの辺りにして、今俺とミクは夜明け前だが京都を練り歩いている。それもプロの陰陽師と一緒にだ。これは学校の方で新しく始まった陰陽師育成用プログラムの一環である実地研修だ。
プロの陰陽師が四人に、俺とミクの六人組で行動している。弱い魑魅魍魎なら俺たちで倒すことを推奨される。このプロ四人学生二人というのはこのプログラム上決定されている分配。
俺とミクが一緒なのはミクが狐憑きだから。分家と本家を一緒にしておこうという采配だ。俺も似たようなものだということは言うつもりがないが。
ただプロの方々は狐憑きとまでは知らなくても、ミクが悪霊憑きだと学校から伝えられている。コンプレックスになっている人も多いので、憑いている存在の正体までは伝えられないことが多いので怪しまれてはいない。
この実地研修は学校が終わって放課後になったら開始された。とはいえもう三回目なので慣れたものではあるが。
一応ゴンは式神として運用せず、銀郎と呪具だけで対応した。強力な魑魅魍魎もいなかったのでそれで充分だった。やっていることは地元にいた時から何も変わらないんだから、緊張することもなくこなしたが。
本来学生なら七月の下旬なら夏休みに入ってもおかしくはないが、建巳月の争乱で二週間、大天狗襲来で引き起こされた嵐で一週間、学校が休みになってしまったためその代替として夏休みと冬休み、春休みが削られることになった。
休みの長さや均等性を取るために、夏休みは十一日伸びたわけだ。むしろ二学期にもまた事件が起きて、冬休みと春休みがなくなりそうだ。これまでの事件は解決したわけじゃないんだから。
Aさんも今は大人しくしている。事件起こすなら夏休みとかにしてほしいものだ。夏休みなら帰省していて、俺たち関係なくなるから。でもあの人が呪術省を攻める時は俺たちも呼び出されるんだろうな。協力するって言っちゃったし。
実地研修も終わり、朝日が昇る。夏は陽が昇るのが早いから少し楽だ。冬と比べると二時間は違う。終わりの挨拶のためにプロの班長が締めくくる。
「はい、んじゃお疲れさん。今日も何事もなくて良かった。学生の二人も次は夏休み明けだな」
「はい。お疲れ様でした」
「難波たちは帰省するのか?」
「親と話すこともあるので帰ります。地元でやりたいことも多いですし」
話したいことは婚約者云々だ。成人したんだから教えておけよ。もしも、なんて起こらなかったけど、そのもしもが起こってたらどうするつもりだったんだか。
大将のラーメン屋にも久しぶりに行きたいし。祐介も行きたがっていたけど、お金を稼がないと生活がヤバいらしい。というか、中学時代の色々な交友費は呪符を作る内職をしていて、その見返りに相場より高い金額を前借していたらしい。そのお金をもうすぐで返済できるからと、この夏はバイトを頑張るんだとか。
お金中学生が借りるんじゃねえよ。危ない金貸会社とかもあるんだから、金利がヤバいことになってたかもしれないのに。本当にお金がないんだったらあんなに大将のお店も誘わなかったし、なんなら貸したぞ。お金はゴンの食費込みで結構親から貰ってたし。
天海とは一緒に帰ることにしていた。地元も一緒だし、新幹線で帰るけど話し相手は欲しいからな。何故だか大天狗様が来て学校が再開されてからミクとギクシャクしていたけど、それも今は元通りになってる。何かあったんだろうけど、詮索しない方が良いだろう。
それからもう少し世間話をして大人たちと別れた。この辺りは学校から約20kmといった場所。歩いて帰るには遠く、式神に乗って帰ろうと思ったが、それよりも前にある反応を感知する。
鴨川とは別方向の、学校とは反対側の比叡山。そちらの方から霊脈に何かを施しているような、陰陽術とも呼べないような力を感じた。これはミクも感じたようで、同じ方向へ視線を向けていた。
比叡山ってかなり遠いんだけどな。何で俺たちここまで他人の術式というか、異物に反応が良くなっちゃったんだか。前はこんなことなかったのに。これも世界が変わったからだろうか。
まあ、気付いてしまったら放っておけなくて。俺だって学習した。今回はミクも一緒だ。何をしているのかも気になるし、比叡山は今も僧侶が数多く通う一大宗派の総本山だ。そこに何かをしようとしている人間が悪意を持っていたらまた大きな被害になりかねない。
今はそんな感じはしないが、ひとまず様子を見に行こう。僧侶の人たちは基本一般人だし、文化的にも大事な場所だ。
式神の烏を呼び出してミクを乗せて比叡山の頂上へ向かう。僧侶の方々は朝が早いし、なるべく邪魔しないように急ごう。
付き合うことになってから、ミクと二人きりの時はどちらからともなく手を繋ぐようになっていた。ゴンたち式神はいないものとしてイチャつく。いやだって、こいつらに遠慮する意味ないし。
次も三日後に投稿します。
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