表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/405

4-3-1 神と人間

神との交渉。



 そこは外界と閉じた世界。そこの景色はそこの主によって決められ、外界の昼夜を問わず一定の景色が存在するだけだった。物もその世界の広さも、全て主が決める。この中に入れる者も主が選別できる上、絶対的権利が主にはあった。

 だが、無から有を何もかも産めるわけではない。力には全て制限があったが、数々の同じ場所でも、ここはとりわけ使える力の規模は大きかった。

 そんな昼も夜もない場所だったが、今は人間界の夜空を投影していた。煌めく星々と蒼白い光を放つ三日月が浮かぶ中、水面に映すように反転した景色が上に映っていた。その様子を確認しながら、一人の少年の奮戦をここの主は眺めていた。


『あー、クゥちゃん吹っ飛ばされた!』


『オオカミさん頑張れー!』


 そう、ここは伏見稲荷大社から繋がる神の御座。宇迦様の社だった。こちらに明が向かおうとしていたのは知っていたが、今夜大天狗の一団が攻め込むのも知っていたのでここにはたどり着けないことも知っていた。

 では、そんな明たちの様子を見てこの神様は何を思ったのか。


「やっぱりまだこの霊脈と龍脈を掌握しておらんねえ……。片方はAの所の娘が。もう一つも人間が管理していたかえ?そうなるとハルは霊脈しか扱えぬか……。となると、その術式はちょっと無理やえ」


 宇迦様が見ているのは明の使おうとしている術式。それは禁術扱いだが、いざという時は使っていいと父親に言われていたので今回も使おうとしていた。一回使ってしまえば二回使うのも変わらないと。

 それに術者への負担を除けば禁術たる、禁止する理由もない。蟲毒のように他の存在を危険に晒すという代物ではないからだ。

 だから宇迦様は、まだ一人では発動できないであろうその術式へ手を差し伸べた。


「妾が認めたのに、そう簡単に死なれては困ります。ハルや、受け取りなさい」


 宇迦様が手を伸ばすと、それは一つの光となって明へ降り注いでいった。まるで流星のようだと後日話題になったが、それの正体を知っているのは明と珠希だけだった。

 誰もそれが、神様からの施しだとは気付かなかったまま。その光は目的の場所へ突き進む。


──────────


「ハハハハハハ!この程度か⁉勇ましく仕掛けてきた割に、これしきか人間!いやいや、最初のアレが最大火力だったか?それは悪いことしたのう」


「クソ……」


 俺も桑名先輩もできるだけの火力を持って攻め立てているというのに、どれも傷をつけられるほどのものじゃない。直撃は何度かしているのに、まるで堪えていない。虚像にでも攻撃しているかのように手応えがない。

 そして最初のアレが最大出力なのもたしかだ。何が効くかわからないからできるだけ手札を切っているが、全く通用しない。それは桑名先輩も同様。

 火も水も光も影も、幻術も罠も小細工も何も効かない。本当に精々がゴンと銀郎の攻撃というのが辛い。またいつものように補助しかできなかった。

 なら、戦い方を変えるべきだ。言葉が通じる理性の塊に、弁論で挑むのも一つの手だ。相手の心理も知りたいし。


「大天狗様!あなたは何故今になって人間へ戦いを挑むのですか?先日、揺り戻しはたしかに起こりました。それが一つの契機だったのでしょうか?」


「ふむ?語り合いは望むところよ。できれば最初からそうしてほしかったがのう。で、質問の答えじゃが。まもなく一千年という節目を迎えるからだ。十年、百年、五百年と幾度も眺めてきたが、内乱ならまだしも、とうとう他国に攻め込まれ、この国を汚した。それに我慢ならなかったということだ」


「……すでに戦争から七十年近く経っているのに、今ですか?」


「国の立て直しというのはそれだけ時間がかかるものだろう。人間は矮小だからな。それにこの前の戦争は規模が大きすぎたというのも知っている。長めに見積もったというのもあるだろう。儂らは時間の流れに疎い故な」


 存外手を止めて、話し合いに乗じてくれた。こんな簡単に話し合いが成立するなら、呪術省は最初っから話し合いの可能性を模索しておけよ。向こうは最初から話し合うつもりだったのかもしれないし。


「契機になったのは日本に再び神気が溢れるようになったからだ。だが、日ノ本の人間は退化したな。今これだけ数を増やしながら、陰陽師はそこまで多くない。神気を感じ取れる人間もごくわずかだ。神も碌に信仰せず、しまいには土地神を殺す始末。最後に呪術省の対応だ。儂らにいきなり攻撃をしてくるとは。最近の人間は短気すぎんかのう?」


「平に謝罪させていただきます。おそらくあなた方を正しく理解できていない俗物の蛮行。いえ、謝罪して済むことではないでしょう。ですが、今の世はそれほどまでに神という存在を信じていないのです。人間ではない存在は排除すべき存在。そう捉えているためかと」


 頭を下げながらそう述べる。妖と魑魅魍魎の区別はついているのだろうが、妖と神の区別がついていない。神気を感じ取れないものばかりなのだから、異形は全て抹殺しようとしているのだろう。陽が昇っても消えない異形は全て妖だと思っている可能性がある。

 それに、神気を帯びているということはそれだけで能力の質が変わってくる。霊気よりも優れた神気で構成された身体というのは、たとえ同じ生物同士でも全く異なっている。神気の方が、より強くなる傾向がある。

 だからもし土地神に会ったとしても、強力な個体と思われて討伐されたという話だろう。全く擁護できないし、土地神殺しには強い怒りを覚えるが、過去は変えられない。過失を認めて頭を下げ続けるしかない。


「人間が愚かなことは重々承知の上じゃ。そして自分本位だということもな。で、だ。本来頭を下げるべきはお主ではなく呪術省の重鎮か、先ぶれで来た愚か者どもの走狗がすべきじゃろうて。お主のような立場の人間がそうも容易く頭を下げるではない。表からも裏からも軽んじられるぞ?」


「ですが、立場も相手も関係なく、頭を下げるという誠意を見せなくてはならぬ時があります。それが今です。たとえ我が身が軽んじられようと、為すべき義がございます」


「呪術省のために頭を下げることが、お主の義か?」


「いいえ。私の愛する女性を傷付けぬために、です」


 時が止まったかのように、誰もが身じろぎもしなかった。静かな、風を切る音だけが辺りを包み込む。

 まさか、銀郎とゴンまでこちらを見てくるとは思わなかった。桑名先輩、アンタもか。

 顔を少し上げながら大天狗様の顔を確認すると、ようやくこの静かな空間を破壊してくれた。大爆笑と破顔を添えて。


「ワハハハハハハッ!いやいや、潔いのう!そういう素直な人間は好きじゃ。愛するおなごのためじゃと?結構!それはたしかに、どのような些事よりも大事じゃのう。つかぬことを聞くが、そのおなごの名前を聞いても構わんか?」


「はい。那須珠希。分家の子で、私と同い年です」


「ほうほう。分家の娘と。嘘偽りなく話すことは大事じゃ。あの男もそれくらい素直なら良かったのじゃが。して、その娘が一緒ではないのはおなごだからか?それとも何かしらの理由で離れておるのか?」


「今日は体調を崩しておりまして。そのため休ませております」


「防備も完璧にしてきたと。なるほど、漢じゃのう。だが、そのおなごはただ守られているだけの、お人形さんかのう?籠の中の鳥は、ずいぶんと窮屈じゃぞ?」


 こちらの心の内でもわかるのだろうか。話してもいない内容が次々と察せられて会話がポンポンと続く。千里眼のようなもの、もしくは神としての権能だろうか。

 どんな力にしても、相手の機嫌を損ねるような嘘を言うべきではない。それで惨殺されたら溜まったもんじゃない。


「籠の中の鳥、ですか……。大切にすることは間違っているのでしょうか?」


「それは否定せんよ。だが、そのおなごの気持ちも確認せねばなるまい。お主が前に出て身体を張ることをおなごはどう思うか。儂もおなごの心内まではわからぬが、蝶よ花よと守ることは正しいのか。本人に聞くと良い」


「はい。そうさせていただきます」


「うむ。善きかな善きかな。では一つ約定を結ぶか。その那須珠希がおる学校には攻め入らぬ。儂らはまず人間側の回答が欲しくて、その結果人間をある程度滅ぼす可能性も出てくるが、最初は陰陽師を統括する呪術省の言葉が欲しい物じゃな」


 神からの約定というのはまず破られることはない。こちら側が何かしらやらかさなければいいのだが、今回は俺が素直に答えたことに関する報酬のようなものだから、ミクの安全は確保されたと見て問題ないだろう。

 問題は、大天狗様のもう一つの要求。呪術省からの回答を用意するのは文書にしろ言葉にしろ難しいだろう。最初の回答が武力行使だったんだから。

 さて、どうしたものか。ひとまず頼りになる先輩に聞いてみよう。


「桑名先輩。呪術省に懇意にしている関係者いませんか?大天狗様と交渉の場を設けられるような人が良いのですが」


「……呪術省に勤務されている方は何人か知っているけど、そこまで役職は高くないかな。結局は土御門と賀茂の関係者で上層部は固められちゃってるし、僕も難波の一族だ。退魔の力を優遇はされても、中枢には関われないよ」


「そうですか……。ダメもとで連絡とっていただけますか?」


「わかったよ」


 桑名先輩が携帯電話を取り出して確認を取り始める。大天狗様以外の天狗の様子も確認してみるが、独自行動を取るような存在はいないようだ。軍隊として、トップの言葉を遂行するということが刷り込まれているのだろう。

 連絡はついたのか、いくつか話していく桑名先輩。その顔色を見ると、とても話が良い方向に進んでいるとは思えない。

 通話が終わり、桑名先輩が携帯電話をポケットにしまう。ダメだったみたいだ。


「一応聞きますが、どうでした?」


「立場的に上申は難しいけどやってみるそうだ。だけど、呪術省の基本方針としては殲滅を望んでいるらしい」


「……まあ、でしょうね。じゃないと五神が出張っていることに説明がつかない」


『カッ。いかにも人間様のやりそうなことじゃねえか。自分たちの力を過信してるんだよ』


 ゴンが呆れたように言う。ゴンも迫害された身だから呪術省がいかに愚かかわかっているんだろう。

 というか、呪術省は現場をキチンと見ているんだろうか。マユさんと大峰さんに白虎、それに何故か星斗と実力者が揃っているのに、天狗を倒しきれずに撃退させるのが限度だ。それ以上の戦力なんてないだろうに、何を悠長にしているんだか。

 さて、一応結果を言わなくては。ホント、Aさんが呪術省を潰そうとする理由がよくわかるよ。


「大天狗様。呪術省はあなた方という存在を理解しようとせず、愚かにも戦いを続けることを選択したようです。彼らは言語を扱えぬ猿に退化したのでしょう」


「そうか。まあ、予想はしていた。では呪術省は本格的に潰そう。それに人間はやはり増えすぎたのう。間引くか。晴明の子孫どもよ。約定は違えぬ。例の学校を除いて、都を更地にしよう。もし大切な者がいるのであれば、その学校に避難させるがいい」


 やっぱり呪術省だけを売り飛ばすってわけにはいかないか。どうにかその怒りを呪術省だけに向けてほしかったんだけど。

 あと、学校のキャパ的に京都全ての人たちの避難なんて無理だ。時間的にも余裕がない。さっきバカ正直に言ったように、何かしらの要因で大天狗様を説得できないだろうか。最悪、次の行動に支障が出るレベルで負傷させるとか。


「申し訳ありません。私の立場として、京都を更地にするのは看過できません」


「うむ?愛する者以外の理由があるのか?」


「はい。私も我が家も陰陽どちらも均等を為さなければなりません。呪術省という悪と、都の人間のほとんどでは均衡が崩れるからです」


次も三日後に投稿します。

感想などお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ