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4-2-2 嵐のただ中で

ミク視点。


 戦乱の音がする。魂の叫びが聞こえる。物と命が消えゆく匂いがする。霊気と神気がぶつかり合う感覚が肌を透き通る。ここも危険だと頭の中で警鐘が鳴る。そしてそれと比べ物にならない程、ハルくんの命の灯火が消えゆくような恐怖に苛まれる。

 上半身だけ起こして、ベッドの脇にある壁に寄りかかる。その様子を実体化した瑠姫様がすぐに確認してきましたが、なんとなく身体が重いです。でも、そんなことを言っている場合ではありません。カーテンで閉められていますが、窓の外は大惨事になっているはずですから。


『タマちゃん。安静にしていた方が良いニャ。熱が出始めてるし、霊気の制御もできてニャイ状態じゃできることはたかが知れてるニャ。身体を動かすのも辛いでしょう?』


「それでも……この状況を、ただ見ているだけにはいきません。瑠姫様の結界があるとはいえ、学校も安全ではないですし」


『いくらあたしが防衛のスペシャリストって言っても、あの軍団に襲われたらひとたまりもないニャ。最悪ここを襲われたら、この堅牢な結界を囮に逃げ出すから』


 それを聞いて一つ懸念事項が浮かびました。非常事態とはいえ、今は深夜。意識の高い人であれば起きているでしょうが、ここはまだ養成所のようなもの。日々の疲れから学校終わりに寝てしまっている人も少なくはないでしょう。

 または、この学校自体が緊急時の避難場所になっています。そうして集まっている人やここで待機している生徒もたくさんいます。

 そして最悪の想定を話されました。つまり瑠姫様は。


「ここにいる生徒も、避難しに来た人も見捨てろってことですか?」


『タマちゃん。あたしたちは正義の味方でも、万人を救える女神でもないのニャ。最大限の方陣は張っているけど、あの天狗たちには気休め程度ニャ。そして、あたしは難波家の忠実なるシモベ。あたしは『何があっても』、血筋初の狐憑きたる那須珠希を保護するように言われているのニャ。そりゃあ坊ちゃんの言いつけを守って最大限他の人たちも守るけど、何よりも優先するのはタマちゃん。それだけは変わらないニャ』


「……それは、ハルくんよりも、ってことですか?」


 その事実を隠す意味もないと思ったのか。瑠姫様は迷うことなく頷かれた。それはきっと、難波という次期当主を決めるための継承方に由来するのでしょう。代用のきく次期当主としてのハルくんより、わたしという前例がない存在を優先するのは当たり前。

 瑠姫様はそれを言っているだけに過ぎないのです。たとえ事情を隠しているとしても。


「わかりました。……わたしたちだけじゃここの人たちを守り切れないのも事実ですし、本来ならプロの方々の仕事でしょう。プロでもないわたしが頑張ることじゃありません」


『その通りニャ。銀郎っちも心配してたけど、本当にここが襲われるなら抱えてでも逃げるのニャ』


「いえ。ここでやるべきことは果たしました。瑠姫様、付き添いお願いいたします。ハルくんの元まで行きます」


『……そんな状態のタマちゃんが行っても、足手まといにしかならないニャア』


 霊気も神気も制御できていない状態で、発熱もしていて身体もダルく思考回路も正常とは言えないのかもしれません。霊気と神気はゴン様に吸い取ってもらって、余剰分は瑠姫様に結界へ使ってもらいました。

 今できることは最大限してもらいましたが、いつぞやのハルくんよりも体調は悪いでしょう。そんな状態で最前線へ向かうなんて言えば、足手まといと言われるのはわかりきっていたこと。

 それでも、さっきのイメージが頭をよぎるのに。ここでただ寝ているなんてできません。そういうところはハルくんと一緒かもしれませんね。


「木を隠すなら森の中、ですよ。それにあの天狗の方々が陰陽師に関係ある場所を全て破壊するならここも対象ですし、京都をまるごと、だったらちょっと逃げたところで変わりません。わたしはただ、死ぬならハルくんの傍が良いなあって思ってるだけです」


『……筋金入りだニャア。タマちゃんは、死んでも構わないって思ってる?』


「いいえ。生き残れるならそれこそハルくんと一緒に生き残ります。全滅するなら、せめてハルくんの傍に居させてください」


『……わかったニャ。坊ちゃんが心配なのはよくわかったニャ。坊ちゃんを死なせるわけにもいかないし、行くかニャア』


 瑠姫様が折れてくれた。とてつもない無茶な要求だったと思うんですが、瑠姫様もハルくんが心配だったということでしょうか。病人と同じくらい動けないわたしを戦場に連れていってくれるなんて。


「いいんですか?」


『最優先保護対象がタマちゃんなだけであって、坊ちゃんもそりゃあ次期当主なんだからタマちゃんの次に護衛対象ニャ。守りのあたしがいなかったら坊ちゃん死んじゃうかもしれないし?さすがに蘇生は無理だからニャア。タマちゃんが行くなら都合がいいだけニャ』


 たぶん、ただの理由付けです。ハルくんも絶対安静と言っていましたし、戦場に来ることを望んでいません。それは前の事件からわかっています。でも、ハルくんは乙女心というものがわかっていません。

 どうして、大好きな人が死地に向かうことを容認できるでしょうか。自分だけは必至に守るくせに。できるなら横に並んでいたいのです。女の子だから、分家の子だからと守られてばかりのわたしではありません。

 どうしてわたしが陰陽師を目指したか、ハルくんは根本的なところを理解してくれていないんです。たぶん、わたしの気持ちも分家の女の子が慕っている程度にしか思っていないのでしょう。

 鈍感。


「じゃあ瑠姫様、お手数かけますがよろしくお願いします」


『はいニャ』


 銀郎様がいたらこうもあっさりいかなかったでしょう。あの方はハルくんと同じで心配性の堅実家ですから。

 瑠姫様に肩を貸してもらって移動します。方陣の外に出ないと簡易式神を出すのは今のわたしの体調では危ないということで校門まではこのままです。何か瑠姫様が方陣自体に様々な細工をしたのだとか。わたしの多大な霊気と神気で色々改造してしまったようです。

 そんな方陣でもあの天狗たちには容易に破られてしまうとか。今はまだ様子見の段階なのでそこまで被害は出ていないみたいですが、本気であれば今も呪術省が残ってるのはおかしいみたいです。

 結構時間はかかってしまいましたが、正門に辿り着きました。避難はある程度完了しているのか、正門の周りに人はいませんでした。プロの方もいないというのは不用心な気もしますが。

 そのまま正門を抜けようとすると、後ろから声がかかりました。その声の主的に振り返らざるを得なかったんですが。


「珠希ちゃん!」


「薫さん。どうかしたんですか?」


 息を切らしながら追いかけていたのは薫さんでした。多分外の状況を確認しながら窓から覗いていたらわたしの姿が見えたので追いかけてきたのでしょう。

 薫さんがそれ以外で正門に今急いで来る理由がないですからね。


「どうしたって……体調悪いんでしょう?今も瑠姫さんに肩を借りてるし、こんな時間に病院に行くとは思えない。あの惨状を知らないはずがない。どこに行こうとしているの?」


「明様の御近くに。本家の方々が勇ましく戦っていらっしゃるというのに、体調不良ごときで馳せ参じないのは分家として恥ですから」


「難波君、あの中にいるの⁉いや、でも!珠希ちゃんがあそこに行くのを難波君は望んでないよ!」


「そうかもしれませんが、わたしが行くことで明様の命が助かるなら本望です。明様は、たった一人の跡取りなんですから」


 薫さんに構っている暇はありません。難波家の後継者問題については知らないでしょうから、これで押し通ります。たとえ優先順位が本当はわたしの方が上でも、この一時さえ防げればいいんですから。


「なら、私も行く!そんな状態の珠希ちゃんを一人であそこに向かわせるなんて無理だよ!」


『やめといた方が良いニャア、天海っち。ただの学生があそこに行くのは無謀すぎる。足手纏いニャ』


 薫さんの意見を瑠姫様が一蹴します。わたしですら一度は断られたのだから、瑠姫様がこう言うのも不思議ではありません。

 その言葉にショックを受けたのか、薫さんは少し目を伏せながらも瑠姫様に尋ねます。


「難波君や珠希ちゃんはただの学生じゃないんですか?」


『霊気からしてプロの七段くらいには匹敵するニャ。天海っちも霊気と風水のこと考えたら四段か五段相当ではあるんだろうけど、実戦経験も少なくて風水以外に特徴のない学生の天海っちが、プロでも手こずってる現場に行ってどうするのニャ?』


「この前の事件では貢献しました!」


『裏方として、だニャ。それにあの時はこの学校が攻め込まれたから学生も仕方なくで応戦したけど、今回は市街地と呪術省が襲われてるニャ。それの鎮圧に出る理由なんてニャイよ。間違いなく死ぬけど、いいのかニャ?』


 瑠姫様から殺気に近い圧が薫さんに放たれます。銀郎様に比べればまだマシでも、ハルくんみたいに戦場に小さい頃から出ていなければ感じることもないものでしょう。その圧に負けたのか、数歩薫さんは後ずさってしまいました。


『坊ちゃんから聞いたけど、天海っちはお父さんの汚名を雪ぐためにプロを目指しているんでしょう?なら、むざむざ死のうとするのは見過ごせないニャ。それにあたしだってタマちゃんと坊ちゃんのお守りで精いっぱい。そこに天海っちまで来たら手が足りないニャア。明らかに実力不足の人間を連れていく余裕はニャイよ』


「体調不良の珠希ちゃんより、私は頼りないですか……」


『うん。というか、天海っちは戦闘向けじゃない、昔風の陰陽師ニャ。それはそれで貴重なんだけど。あとあの天狗たちが規格外すぎる。あそこに参加してまともに生きていられるのは八段以上か、あたしたちみたいな神の座に踏み込んだ式神がいないと無理ニャ』


 そう言って瑠姫様はわたしを担いだまま正門の外に出ます。そして、ご自身で作った方陣に触れて、術式を書き換えていきました。


『はい、時間切れ。方陣弄って中の人間は出られなくしたニャ。実際ここの中は京都の中でもかなり堅牢だし、よっぽどがなければ大丈夫だと思うニャ。天海薫。今日感じた想いを捨てずに心の内に残しておきなさい。人の成長には、感情が必要不可欠よ』


 薫さんに一礼して簡易式神を出します。方陣から出たから大丈夫でしょう。それに乗って上空からハルくんの元に向かいます。

 するとさっきまで感じなかったものを感じ取りました。


「これ……。もしかしてハルくん……?」


『おーおー。術式発動してるニャア。でもここ地元じゃなくて京都なのに、大丈夫なのかニャ?霊気とか条件とか』


 足りないものが多いはずなのにその術式は発動していました。むしろそれに頼るしかないように。感じ取ってしまった以上、わたしたちは急いで現場に向かいます。だってその術式を使うということは、対象はわたしかゴン様しかいないのですから。

 だけどある方向から、現場に向かって輝かしい光が降り注ぎました。その方向を見て、そしてその光がまるでハルくんのことを後押ししたように術式が正常に発動したようでした。

 その光の方向は。


「伏見……?もしかしてお山から」




次も三日後に投稿します。

感想などお待ちしております。

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