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2-1-5 神の座する御山へ、お参りに

献上。


「して。今日は何用だったのかえ?来ることは知っていんしたが、挨拶だけではないのも承知の上。妾はこの山を取り仕切っているとはいえ、京都の守護神というわけでもありんせん。この場所の土地神が精々の、権能も狐についてのみ。して、用向きは?」


「狐の取り纏め役、というだけで我々が来る理由があるでしょう?難波とは、そのための家なのですから」


「ハル。お主は狐を好いておる。それも人間以上にだ。……それほどまでに、人間は嫌いかえ?」


「正直に言えば、そこまで好きではないのかもしれません。特に京都に来てからはそれが顕著になっているかもいしれません。信じられる人が少なく感じるからでしょう。狐に裏切られたことはないので、相対的に見れば人間は嫌いでしょう」


「ふむふむ」


 そう頷いてから、宇迦様は俺とミクの周りを歩いて匂いを嗅いだり、尻尾で触診をしてくる。ゴンよりもボリューミーな尻尾が気持ちいい……じゃなくて。


「ミクが狐憑きというのも大きな理由なのかもしれぬ。あとはクゥが甘やかしすぎだ」


『そんな甘やかしてねえよ。そいつにはきちんと難波の次期当主になるべく正当な教育をだな……』


「悪意のある人間を、教えたであろう?葛の葉と同じ教育をしてどうするのかえ?晴明とは境遇が異なるというのに、根本を同じようにしおって。段階をすっ飛ばしすぎだ。自分で気付かせるような成長という過程を吹っ飛ばして結果だけに執着させる。そのせいでハルは大分歪になってしまっておる。ミクはお主の教育がハルほど濃くなかったからマシよのう。慣れぬことをして裏目に出たな。晴明や玉藻の教えも歪だったと何ゆえ気付かなかったのかえ?吟も金蘭も法師も、おかしかったではないか」


『ぐぅ……』


 反論できなかったようで呻くゴン。本人の前で歪とか言わないでほしいなあ。いや、学校嫌いとか一般人や普通の陰陽師からしてもおかしいのは知ってるけど。

 宇迦様が名前を挙げた人物たちも天才というか、普通という観点からは離れた存在だ。それに対する教育と似たようなことをすれば、偏るのもおかしくはない。


「ハルの在り方は今の世では珍しい。前例などとんと消え去って久しいのう。悪霊憑きよりも数が少ない。おんや?まだそこそこおるのかえ?奈良の方に一族でおるねえ。血は薄まってるけど。──総じて、今の人の世に適合させなかったクゥが悪いのう」


『あーあー!悪かったよ!でも仕方ねえだろ⁉難波って家と、変わっちまった世の中、まともに教育もしたことのないオレと、いつ襲ってくるのかわからないエイへの対処!珠希も産まれてるんだし、何より節目の千年だ。こうする以外に何か方法はあったのかよ?』


 理由を並べているが、つまるところ言い逃れを考えているらしい。または宇迦様が納得してくれるかどうか。

 それと、ゴンは葛の葉様と生前お会いしたことがあったのだろうか。ゴンが玉藻の前に拾われる頃には亡くなっていたような気がするが。

 その教育は知っていたとして、俺に適応させるのは正しかったのか。今の自分であることに後悔はしていないし、これで良かったとさえ思っている。ゴンにも感謝しているから、宇迦様に反論があるわけではない。


「クゥが人間社会についてもっと学ぶとか、ハルの親と教育方針を話し合うとか、方法自体はいくつもあったでありんしょう?難波家ということはあなたのやることを諫めることはしないんやから。まあ、ハルが気にしていないみたいだからよしとしましょうか」


「はい。今の自分を気に入っていますから」


「もしも。もしも今の世の中が嫌になったらここに来なさい。ミク共々歓迎しますえ。エイの改革が上手くいく保証もなし。神の御座は俗世と隔離されているために、全てを忘れられんしょう」


 それは逃げ、だろう。人間のことはそこそこ失望しているが、父さんたちもいる現世から離れようとは思わない。宇迦様には悪いが、むしろ見捨てるとしたら日本という国だろう。今まで培ってきた人間関係を切り捨てようとは思わないし。

 たとえ海外に行っても大将のラーメン屋には来ようと思うし、宇迦様にも会いに来るだろう。神になれやしない俺が神の御座に居座る方がおかしいし。


「時折訪れようとは思いますが、長居はしませんよ。人間の俺にとってここは少々神気が濃すぎます」


「そうかえ?もし気が変わって神の御座に移り住みたいと思ったら、金蘭に会いなさい。金蘭はその術を知っていんしょう」


「……金蘭様は、まだ生きてらっしゃるのですか?」


「生きているわ。ミク、今度ハルに過去視で視たものを全て話してもらいなさい。過去に生きた存在がまだ生きているのであれば、その人に聞くのが一番早いでしょうから」


「それはAも、ですか?」


 金蘭が今も生きているというのは少し驚きなのだが、Aという存在を考えれば可能性はたしかにある。伊吹との会話から、おそらくAは一千年前から生きているとは推測していた。そのイニシャルから何となく予想はついているが。


「ああ、あの子。あの子とはあまり会わない方がええな。エイはなあ、会った子が染まってしまうんよ。悪い呪術師になるっていうことやなくて、そのままの自分で理想だけあの子に侵される。面倒なことやえ」


「会わない方がいいと言われましても……。向こうから来るのですが」


『アハハハハハ!坊ちゃん何故かあの変人に付きまとわれてるからニャア。あれを振り払うのはキツイと思うニャ。実力だけは誰も現状勝てないからニャア』


「金蘭なら勝てるんじゃないのかえ?アレは、玉藻の前を除く全ての陰陽師の上をゆく。それはあの男も例外じゃない。人の世では守りが得意だの言われてるらしいのう。だが、それは晴明と比べてであろう?晴明に比べれば火力はないであろうが、日本を滅ぼせる力はあるぞ?アレは神に匹敵するからのう」


 金蘭の実力はある程度知っている。晴明の高弟と比べても、何もかも勝っていた。晴明に匹敵する陰陽師というのも事実であり、オリジナル術式や防衛に関しては清明よりも上だった。それを土御門や賀茂が認めなかっただけではないだろうか。

 金蘭はあくまで晴明の式神。従者が主を超えるなど認めてはならなかったのだろう。悪霊憑きが珍しいとされる時代に、その恩恵を全て陰陽術へ回した結果始祖たる晴明に並んだ女性。神である玉藻の前を除き、圧倒的な力を持った陰陽師。その人が今も生きているのなら、Aさんにも勝てるだろう。

 もっとも、一度も難波家に顔も出さずに連絡を取る手段もない金蘭に何をどう言えばいいのかすらわからないが。


「宇迦様のお言葉、しかと受け止めます」


「うむ。善きかな善きかな。ハルもミクもその体質を隠し通すのは大変かと思うが、頑張りなさい」


「「はい」」


「それと……。捧げものがあると聞いているぞえ?そろそろ出してもらわないと、この子たちが限界だ」


 宇迦様の脇でコトとミチがよだれを垂らしながら俺のカバンに入っているであろうモノへ目線を向けている。透視くらいできそうだから、何があるのかわかっているのだろう。

 少し苦笑しつつもバッグの中から稲荷寿司を出す。三人前買わされたということは、ゴンはコトとミチのことも把握していたのだろう。


 一人前ずつ置いていくと、コトとミチは早速タッパーから取り出して口に放り込んでいた。リスのように頬を膨らませながらも、次々と稲荷寿司をほおばっていく神の遣いたち。見た目と相まってとても愛らしいものだった。

 一方宇迦様は尻尾の先端で稲荷寿司をつまみ、それを口元に運んでいた。前足を使って豪快に食べるウチのお稲荷様とは違った上品さだ。


『『おいしー!』』


「ふむ。これは近くの、そう踏切の近くで売っている稲荷寿司ではないのう。伏見で買ったのかえ?」


「はい。伏見でも有名なお店で買いました」


「踏切の所のお店は何度も献上されてるが、これは味が違ったからもしやとは思ったが。うむ、馳走になった」


「いえいえ」


 お狐様に稲荷寿司は安直かとも思ったけど、こうして喜んでくれるならいいか。ただ次来るときは和菓子とか別の物にしよう。

 そして、そんな愛くるしい姿を見ていたらいつもの発作が起きてもおかしくはなくて。


「……はぁ。まったく、難波の血筋はいつもこうなるのね。いいでありんしょう。好きにしなんし」


「……よろしいんですか?」


「捧げもののお礼としましょう。コトとミチも」


『はーい』


『クゥちゃんはダメだからね?』


『しねーよ。オレはされる側だ』


「では遠慮なく」


 血筋だからな。仕方ないよな。初めて見るお狐様だし。それが神様とはいえ三柱目の前にいたらこうならない方がおかしい。


『不敬にならないように、気を付けてくださいよ……』


 銀郎の呟きを守ったかどうか、その後のことは覚えていない。

 ただコトとミチは楽しそうに笑っていて、宇迦様も微妙な顔をしつつも笑っていた。存分にモフらせてもらったが、銀郎は青ざめた顔をしていたし、瑠姫は爆笑。ゴンはむしろいい気味だと嗤っていた。

 ただ、不敬とは言われなかったからまあいいだろう。



次も三日後に投稿します。

感想などお待ちしております。

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