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侯爵令嬢は破滅を前に笑う  作者: 黒塔真実
番外編1〜前世編〜「東へと続く道」
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6、戦女神の剣士 【完】

 ほどなく出会ったのはレダではなく、ローア兵を率いた姉のカロだった。

 

 私の姿を目にしたカロは馬に拍車をかけ、青い髪と濃紺のマントを広げて一気に距離を詰めてくる。


「リオ! 珍しく根性を見せているじゃない!」


 デニスのいる洞窟を背にした私も合わせて前進する。


「初めて褒めてくれたわね、カロ!」


「ええ、大勢を敵に回した選択は尊敬に値する――でも、残念ね――あなたも知っての通り、反逆者は一族総出で殺しに行くのがバーン家の掟よ。さあ、命が惜しければ、尻をまくって逃げなさい!」


「いいえ、もう逃げないわ!」


 後ろにデニスが控えている以上、絶対にここを通すわけにはいかない。


 ユーリ、あなたは命を賭けて私への無償の愛を示してくれた。


 ならば、私もこの命、全身全霊を、デニスへの愛に捧げてみせる!!


 覚悟と決意を胸に浮かべた途端、かつてないほどの力が身の内から溢れだし、握った守護剣へと伝わってゆく。

 白銀に輝き出した戦女神の剣をしっかりと握り直し、


「はっ――死ぬ心の準備はできているようね!」


 叫びざま突っ込んできたカロの攻撃を軽くいなす。

 勢いのまま通り過ぎたカロは、驚いたように馬ごと振り返る。


「リオ、お前、守護剣の力を引き出せるようになったの!?」


「どうやらそうみたい」


 答えながらも、生まれて初めての剣との一体感をおぼえる。

 皮肉なものだ。

 主君であるユーリが死んだ今更、戦女神の剣の力を使いこなせるようになるなんて――


「カロこそ、命が惜しいなら逃げるがいいわ」


「馬鹿言わないで! バーン家に生まれた者なら、戦場で死ぬことが一番の誉れだと、あなたも知っているでしょう!」


「そうね、カロ!」


 大声で会話しながら互いに向けて馬を走らせる。

 幼い頃からずっと私は姉に遅れを取ってきた。

 しかし、今こそデニスの元で鍛えた馬術が役に立った。

 突進しながら――間一髪――カロの鋭い攻撃をかわした私は、姉への敬意として持てる力をすべてを「戦女神の剣」に込めて奮う。

 刹那、強烈な白銀の光が縦に走り、馬ごとカロの身体を両断した。


「――っ!?」


 ――と、実の姉を手にかけた感傷に浸る間もなく、逃げる事を知らない勇壮なローア兵達が続けて私の元へ押し寄せてくる――

 

 しかし、今や真の意味で伝説の剣の使い手となり一騎当千の力を得た私は、自国の兵士達も次々大地ごと容赦なく引き裂いた。

 そうしていくらもかからず大量の死体の山を築きあげると、重たい心と身体を抱え洞窟へと戻る。



 すると、中で意外な人物が私を待ち受けていた。


「ネヴィル!」


 暗がりから銀糸の髪を揺らし、歩いてきたのはネヴィルだった。


「デニスには解毒剤を飲ませておいた。もう呼吸は安定している」


「……デニスを、助けに来たの?」


「いや、お前に、デニスに飲ませた魔法薬の効果が、あと数日で切れることを伝え忘れたと思ってな……」


 私は近づいてきたネヴィルの胸ぐらを掴む。


「このっ、嘘つき! 何が、レダの事などなんとも思っていないよ!  

 世継ぎであるユーリを優先させると言った癖にっ! 何もしなかったばかりか、代わりにレダを守るなんて!!」


 なじりながら激しく身体を揺すりあげたが、ネヴィルは全く抵抗せず、無表情に立ったまま静かな声で言う。


「お前に責められても仕方がない――正直、自分でもわからない――なぜあの時、レダを庇ってしまったのか――どうしていつもレダを前にすると言いなりになってしまうのか――なぜ、幼児返りして何もわからなくなる薬を作れと言われたのに、はるばる龍石を取りに行ってまで『愛する者への想いだけは忘れない』という余計な要素を付け加えてしまったのか……」


 私はネヴィルから手を離し、苛立ち任せに洞窟の壁を殴る。


「わからないなら、私が教えてあげる! あなたは人間らしい感情はないと言ったけど、それは嘘よ。

 あなたはレダを愛している!! ただ自分の心から目を反らし続けているだけなんだわ」


「お前に俺の何がわかる?」


「わかるわ! だって、あなたはあの時、私と同じ瞳をしていた」


「――!?」


「リディアでの結婚式の日、私は愛するデニスが手の届かないところへ行って悲しかった。 

 そうして、報われないから愛から逃げて、あなたはレダへの想いを否定し、私はユーリに救いを求めた。でも、苦しかった――心は血を流し続けていた――あなたもそうなのでしょう?」


 私を見返すネヴィルの銀色の瞳が激しく揺れ動き、人形のように整いきった美貌に初めて人間らしい動揺の表情が浮かぶ。


「では、錯覚ではなかったのだな。お前と視線が合った一瞬、互いの心が繋がったような気がした――そんな感覚は、他人に心を許したことのない俺には生まれて初めての経験だった――」


「それは私達が共感し合ったからよ」


「――もしかしたらその事が、俺にせっかく作り上げた薬をレダに渡す事を思い止まらせ、ユーリを逃がす選択をさせたのかもしれない――お前はつくづく不思議な女だ」


 ネヴィルは私の顔をじっと見つめてから、自分の両手を見下ろす。


「……そうか、ようやくわかった。俺があの薬を飲ませてみたかったのは、レダだったのだな……」


 私はぎゅっと拳を握った。


「お願い、ネヴィル。あと数日で覚める夢なら、最後に私をデニスと二人きりにしてくれる?」


 ネヴィルは何も答えなかったけど、無言ですれ違うと、そのまま洞窟から去って行った――





 翌朝――




「リオお腹が空いたよ」


 目覚めたデニスは驚くほどケロリとして、起き上がったそばから空腹を訴えてきた。

 幸い剣の威力が増したので、通りかかった鹿を離れた位置からでも仕留めることができた。


「よく食べるわね」


 感心しながらも、人の顔ほどもある大きな肉を短剣に刺し、たきぎの火であぶってからデニスに渡してあげる。

 身体が大きなぶんお腹が空くらしく、デニスはとにかく良く食べる。

 食事が済むと出立の準備をした。


「ねぇ、リオ、これからどこへ行くの?」


「そうね……」


 頷いてから考える。

 王であるユーリを失った私には最早行く宛なんてない。


「今や各国から追われる身となったし、東の大陸へでも渡ろうかしら。デニス、あなたも一緒に来る?」


 単なる軽口のつもりだった。


「勿論、リオの行くところならどこでもついていく」


「本当に、どこでも?」


「うん、ずっと、ずっと一緒にいる。リオを愛してる」


 東の大陸へ二人で渡る。

 それは実現しようのない夢物語だった。

 記憶が戻ったデニスは再び王の勤めを果たすためにリディアへ戻るだろうから。


 そうわかっていても、ずっとデニスの隣にいたいと望み続けてきた私は、もう少しだけこの夢の続きを見ていたかった。

 たとえ罪の上塗りになろうとも。


「また、今日もいっぱい殺すの?」


「そうよ、いっぱい、いっぱい殺すの。ほら、この鹿と同じ、生きるということは、何かを殺し続けることなのよ――ただし、デニス、ここからはあなたは殺さないでいいわ。ただ後ろにいて私が殺すのを見ているのよ」


 そう、ここからは、罪も血も全て私がかぶる。


「見ているだけ?」


「ええ、約束できないなら連れて行けないわ」


「わかった、約束する」




 そうして私達の旅は、東へ進路をとってもう少しだけ続く。


 戦女神の剣の強大な力を引き出せるようになった私は、力づくで血路を開いて包囲網を突破し、ついに森の東側から荒野へと出た。


 森を出たあとはさらに絶え間なく追っ手が襲ってくる、過酷な血まみれの旅路になった。 

 それでも私はデニスと一緒にいられることが幸せだった。

 昼は手に手を取り合って進み、夜はお互いを温め合って眠る。


 ――しかし、ネヴィルと別れてから三日後――その瞬間は唐突に訪れた。

 悲鳴をあげて兵士が敗走していく中、死体の中央に立つ私の背後で、デニスの低いうなり声が起こる。

 振り返って見ると、デニスは地面に片膝をつき、頭を抱えながら苦しそうに喘いでいた。


「デニス?」


 思わず駆け寄り肩に手を置く私を、目覚めたようにカッと瞳を開いてデニスが見上げてくる。


「これは、何事だ? なぜ、周りにリディア兵の死体が転がっている? 俺は一体どうしたんだ? リオ?」


 とっくに覚悟ができていた私はゆっくりと答える。


「あなたは私が葡萄酒に混ぜて飲ませた魔法薬のせいで、この数日間幼児返りし、自国の兵士を殺しまくっていたのよ」


「なぜ、そんなことを?」


「聞くまでもないでしょう?」


「つまりユーリに心変わりしたというわけか――?」


 どうやらこれまでの出来事を何も覚えていないらしい。

 私の胸に鋭い喪失の痛みが走る。


 しがらみのない世界に二人で行けたらどんなに良かったか。

 だけど、所詮夢は夢。

 正気に戻ったデニスは決してそんな道を選ばず、一人になった私はどこへも辿り着けない。


「そうよ、私はユーリを選んだわ!」


 はっきり言い切ると、デニスは私に剣先を向け、怒りに燃えた瞳で詰問してくる。


「ユーリはどこだ? 答えろ、リオ!」


「答えられないと言ったら?」


「お前を殺す!」


「あなたに私を殺せるの?」


 問いながら戦女神の剣を構え、全速で駆け出しデニスへと迫る。

 そして私は迷いなく剣を突き出した。


「リオ!!」


 反射的にデニスも剣を繰り出し――果たして、次の瞬間――胸を貫かれたのは私だった――

 片肺をうがたれた私は、ゴブッと口から血を吐き出す。


「なぜ、わざと剣を外した?」


「それこそ、聞くまでもないでしょう?」


 なぜならこの戦女神の剣は心に背いて相手を斬れないのだから。

 愛するあなたを殺せるわけがない。


 ――そう、これがあなたへの私の、そしてあなたから私への答え――


 だけど、デニス、なぜあなたを責められよう。

 純粋さとほど遠いのは私も同じ。

 見返りなしではあなたへの愛を貫けず、一度はユーリの元へと逃げた。

 その行いがユーリの破滅を呼んだのだ。

 そんな愚かな私があなたに捧げられるのは最早この命だけ――


「……さあ、私の首を持って、レダのところへ戻るといいわ……」


「……!?」


「……デニス……幼いから頃から……ずっと、ずっと……あなただけを見つめてきた……あなただけを……愛してきた……」


 だからたとえ夢が叶わなくても、最愛のあなたの手にかかり、その腕の中で死ねるなら本望だ。


「リオ……死ぬな……死なないでくれ……俺も、お前の事を……愛している!!」


 ええ、デニス。あなたの心は痛いほど知っていたわ。

 だけどそれでもあなたはレダを娶り、私もユーリの手を取った。


 ――初めて泣き顔を見せた愛しいデニスの顔が急速にかすんでいく――

 私は視界が完全に闇に飲まれるまで、ただ一心にその顔を見つめ続ける。

 瞳に焼きつけ、死後も忘れないように。

 また生まれ変わってもデニスを愛する為に……。


 もしも、前世からこんな運命を繰り返してきたなら、来世では断ち切りたい。

 そのために決して剣など握らない。

 あなたと馬も並べない。


 そうね。間違っても女神の剣などに選ばれないように、あなたと目指した東へ向かって、遠い、遠い国で生まれ変わるわ。

 そして娘らしい綺麗な衣装を着て、あなたを笑顔で出迎えるの……。


 だから先に行って待っている。

 たとえあなたが来なくても。 

 約束自体が幻でも。


『うん、ずっと、ずっと一緒にいる。リオを愛している』

『リオの行くところなら、どこへでもついていく』



 ずっと、ずっと――





FIN 


次の番外編はデリアン視点の過去の回想に絡めた本編の続き『横取りされた花嫁』です。

またモチベが溜まったら書きます……。


★もしも面白いと思って頂けましたら、下↓にある星を押して評価をして下さると執筆の励みになります。

どうぞよろしくお願い致します!


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