刃に刻まれた心の破片
◇
この世界は退屈だ。いつからそう思っていただろう。生まれた時、物心が付いた時、それとも…
御字しのぶという人間はいつも何かを置いてきたような生き方をしている気がしていた。無感動とでもいうのだろうか。そんな不満というか違和感を感じながら生きていた。
両親は姉小路という名家の使用人として働いていた。偶然にもその名家のお嬢様と同じ年に生まれた彼女は、そのお嬢様と居る時と護衛となるための教育で刀を振るう時だけその違和感から逃れられる事が出来た。
人と関わるのが極端に苦手だった。誰かと接すれば接するほど違和感を覚えるからこそ逃れていた。孤独の方が彼女には安らぎを与えるものだった。
そして、そんな生活をして高校1年の秋を迎えた。1つ年上の先輩が死んだ。お嬢様がよく話してくれる人で同じクラスの女の子の兄。お嬢様がよく一緒に遊ぼうと、勉強しようと誘ってくれた時に居たであろう人物。
面識は無かった。亡くなった事を弔う気持ちはあったけど特別な気持ちは無かった。でも、クラスの子の兄が亡くなったのだから葬儀で手を合わせなければならなかった。全然気は進まなかったがお嬢様と仲が良かったのだからと自分に言い聞かせて葬儀に参列した。
棺の中、眠るよう安らかな顔をしている彼を見た時に…ボクは欠けていたものが永遠に戻らない事を知った。
◇
ボクは襲ってきた魔族たちから村を守るために戦った。小さな魔族を次々倒した後、相手にならない程の強力な魔族が襲ってきた。
何故かよく知った戦い方をする魔族に傷は付けれたけどすぐに再生してしまう。まさにバケモノだった…そんなバケモノに勝てるはずもなく、ボクは魔族の剣に貫かれた。
死の間際まで睨み続け、呪い殺してやろうと見ていた。でも、魔族だったそれは…ボクがよく知る人へと変わっていった。
その人はボクたちの命を助けてくれた。同い年なのにとても強くて優しくて真っ直ぐで…ずっと隣に居て欲しかった人…
冷たくなっていく手の中にある短剣を見た。魔族を斬った時の血が確かに付着していた…でも、見渡す限り魔族なんて居なかった。ボクの周りには小さな子たちが居た。
ボクは魔族を倒したはずだった…でも、それは襲ってくるような凶悪な奴らだった。笑顔でお菓子をくれた子でも花飾りをくれた子でもない。ボクが倒したのは…
理解した時には遅かった。狂ってしまったボクたちを止めるため、大好きなアレクくんが狂ってしまった。ボクたちが狂わせてしまった。死ぬ事は怖くなかった…狂ってしまったから。でも、涙が止まらなかった。大好きな人を狂わせて逃げるボク自身が許せなかった。
ボクはただ、大好きなアレクくんの傍に居たかっただけなのに…
大好きな人が狂っていくのが怖かった。居なくなってしまうみたいで怖かった。壊れてしまった。壊してしまった…ボクたちが、ボクが…
こんな自分が大っ嫌いだ。だから、ボクが壊れるから…
「アレク…くん……どうか……優しいままで…いて……」
届くはずのない手を伸ばす。きっと最初から届かなかった想いだった。アレクくんには好きな人が居て、彼女も大好きだった…だから、せめてアレクくんにはリーシャちゃんの大好きなアレクくんのままで居て欲しかった。
ボクは2人の幸せを願いながら、涙で何も見えなくなった。ただ、最後にアレクくんと一緒に居る幻想を抱いて…ボクは全てを投げ捨てた。
◇
止まらなかった。涙が止まらなかった。
ユーカというボクは目の前で眠るこの人を欲していた。でも、遅すぎた。もうこの人はもう別の世界へと旅立ってしまった。
どうして傍に居られなかったのか。避けてしまったのか。好きになってもらう資格なんて無い。だけど、一度だけでも声を聞きたかった。話をしたかった…それだけで良かったのに。
目の前の人はアレクくんじゃないと、そう自分に無理やり言い聞かせて棺の前から離れた。後の事はよく覚えていない…
ただ、1つだけ…どうして、その中で眠るのが彼なのだろうと。あの時アレクくんを殺していたらこうなっていたのかと。そんなめちゃくちゃな思考で居た気がする。
ただ、今まで以上にはっきりと心に塞ぎようの無い穴が空いたのだけは分かった。
◇
それからの日々は彼の影を追い続けた。沢山の人に彼の事を聞いた。聞けば聞くほど彼がアレクくんなのだと思えるようになった。少しずつだけど、心の穴が埋まっていくような気がした。
彼を好きな人が沢山居た。その人たちの中にボクはいつの間にか居た。その場所には彼が居たのに、ボクはその場所を奪ってしまったように思えてならなかった。
そして、ボクたちは飛ばされた。ユーカの居た世界とは違うけど、何処となく似ている世界に。そこでボクたちは戦う事を強いられた。
それは、ユーカの時に比べて遥かに楽なものだった。ただ無心になりたいがために振っていた小刀が役に立った。【暗殺者】というスキルも役に立った。
敵は魔物だけじゃなかった。ボクが奪った居場所を守るため、彼の大切な人たちを守るため、時には襲おうとしていたこの世界の人間を葬った。
そして、ボクは死んだ。大切な人たちの半分は守り、決意の半分も守れず無力さの中で死んだ。結局、御字しのぶという人間は無力だった。ユーカよりも無力だった。大好きな人の大切な人たちを殺してしまった事は変わらず、むしろ居場所を奪ったのだから最低なのには変わりなかった。しかも、満足して死んだ。傍に居れなかったくせに、何も守れなかったくせに満足したのだ。
また許せなかった。むしろ苦しんで死ぬべきだ…己の無力さを呪って、力が欲しいともがき苦しむのがボクには相応しいと。
◇
気がつけば、ボクはまた生まれ変わっていた。魔族の中で一番強い力を持つ鬼の娘として。魔族を守る立場で、ユーカが憎み続けた魔族のトップになる者として。
でも、この世界の魔族はそんなに悪いものでは無いと知っていた…いや、アレクくんは知っていたのかもしれない。魔族にも優しい人が居たと。分かり合える人が居たと…
もし、ボクがアレクくんと再び会える事があれば魔族として敵対するのだろうか。それとも…
だから、ボクは彼の理想を追ってみる事にした。勇者ラピスに壊された魔族の社会は歪だけど悪くなかった。だから、それをより良くするために奔走した。
そして、一段落した後、ボクは旅に出た。鬼の娘としての役割から逃げた。アレクくん以外の男としたくなんてなかった。それは魔族に対する裏切りかもしれない…だけど、それだけは譲れなかった。
そして、ボクは利用されかけた。旅の途中、勇者ラピスの眠る場所で…だけど、そこで彼女と再会した。ボクがアレクくんを託したリーシャちゃんと。そして、隷属を解除してもらった。
そして、皆と再会出来た。トウマと、しのぶとは接点の無かった名を名乗るアレクくんと再会出来た。ようやく、少しだけボクは満たされた気持ちになった。