凄惨な過去の清算
「ここか…」
俺以外の面々は青ざめた顔をしていた。観光都市を迂回して赤キツネで走る事2日。俺たちはかつて水の聖剣が安置されていた洞窟へとやってきていた。
「お兄ちゃん…やっぱり止めようよ」
「僕、お兄様のためなら何でもするから…」
「兄様、どうしてこんな意地悪をするんですか…」
「魔王にゃん、魔王が居るにゃん…」
口々に俺が話した事を否定し批難しようとしている。でもミケ、てめぇも魔王だ。
俺が言ったのは過去のやり直しだ。勿論、聖剣なんてあるわけがないし、本来ならば入る意味すら無い。でも、俺はこれを強いなければならない。2人ほど足りないのは残念ではあるが…
「問答無用だ。本当に危険と判断したら【転移】で脱出する。覚悟決めて入るぞ…それともここで諦めて家に帰るか?」
別に意地悪を言っているわけでは無い。前世は前世だし新たな関係を築いていくならそれで良い。だが灯里は皆を殺したと、宇津木さんも皆を殺したと思っている。小夏だって思うところがあるはずだ。それをきちんと片付けておかないと何処かでダメになってしまう。そんな気がしてならない…
とはいえ、勝手な思い込みでもある。あえて口にしないし、する必要もない事だ。
尻込みする4人を置いて俺は洞窟の中へと歩を進める。少し歩くとやっと4人が決心して入ってくる足音が聞こえてきた。
「嫌にゃん、猫耳族は水が大っ嫌いにゃんっ!!!」
約1名、前世以前の問題だったか…
◇
最初はピクニック気分があった。かなちゃんと別れて5人で挑んだ洞窟…川のように流れ、滝のように落ち、噴水のように噴き出す水の流れに時に従い、時に逆らいながらも奥へ奥へと進んでいった。
それは魔物との戦いも含めたロールプレイング…水魔法があまり効かない戦いには私はどうしようもなく役立たずだった。
でも、今に比べたら遥かにマシ。まだ、剣を振るえていたから。
「お兄様が強すぎて困る…」
僕の役割は回復だけど、お兄様が一撃で魔物を粉微塵にするから怪我も皆無…しないのが一番なんだけど。というより、この世界にはヒットポイントとか無いから怪我しない限り回復魔法なんて必要無い。僕たちはお荷物だって自覚している。特に僕は灯里であった頃の強さなんて何も持っていない。
「別に戦いなんて求めてないから自分な役立たずとか考える必要は無いからな…だから、お前らそんな顔するな。ただ笑っていればそれで良いんだ」
お兄様が僕たちにそう告げてくれる。でも、それが一番怖い…その笑顔の輪の中にお兄様が居なかった未来を知りすぎているから。
◇
わたしが、わたしたちが最期を迎えた場所に着いた。兄様が居れば半日も掛からないとかちょっとズルい。わたしたちの時は…いや、よそう。2回目だから早かったのだと言い聞かせた。自分が惨めになるだけだから。
「…もう水は流れないのか?」
「うん、スイッチも押し込まれたままだし…」
兄様とリーゼアリアさんがそう話を交わす。時間が経ってわたしたちの遺体は回収された。耐えていればわたしたちは助かっていた…なんて希望は持っていない。御字さんが言った通り息苦しくなっていたし、体も冷え切って泳ぎ続けるのは不可能だった。頭ではそう理解しているし、今【大賢者】を使って周囲を見ても排水設備なんてものは無い。どうやって水が抜けたのか説明がつかない。
「……兄様、どうすれば助かっていたんでしょうか」
最期まで諦めたつもりもないし、最善を尽くしたとまでは言わないけど他に方法が思いつかなかった。だから、兄様に助けを求めた。
「そんなの簡単だろ。世界を救おうなんて考えなければ良かっただけだ」
◇
お兄ちゃんらしくない言葉が聞こえた。耳を疑うしかなかったけど少し考えればその通りだ。
私たちはこの世界に生まれて、過ごしてきた時間から理解していた。死んだらどうやったって生き返らないし、この世界の人たちは狡猾だ。勿論、全員がそうとは言わないけど私は狡猾だった。そのお陰で今があるのだけど。
結局、灯里というダメダメな勇者様は志半ばで倒れて、皆の死を無駄にした。そして、かなちゃんに押し付けた。結果的に今がある…でも、無駄じゃなかったなんて言いたくない。【水魔法】がただ使えて、ありもしない妄想に囚われて皆の命を奪った…何が女神様だ。何が水の勇者だ。私は転生していたのを恥ずかしく思う。
◇
こいつら、ネガティヴすぎ。笑えない…ますます落ち込みやがった。まあ、約1名は「水怖い、怖いにゃん」と別方向なわけだが。やっぱり人数足りなかった…
俺が何とかするしかないんだろうなぁ…とりあえず、全員の頭を撫でて回る。そして、忌まわしい場所を砕く。
「【聖竜障壁】、【紅炎】」
俺たちの周りに一番強い障壁を展開し、炎属性と無属性の複合魔法をぶちかます。すると、あら不思議…水蒸気爆発もして洞窟は跡形もなく更地になりましたとさ。
「「「「いやいやいやいや」」」」