S2 第7章 ―この力でも届かないー
風が、心地よかった。
コンペティアを離れてから、三日。
乾いた街道を歩く。
アリアの肩には、白銀の星衣。
星屑みたいな淡い光が零れ落ちる。
大きく破れていたはずの肩口。
綺麗に縫い合わされていた。
「……結局、それ誰が縫ったの?」
アリアは少し気まずそう。
前を歩く大きな背中を見る。
「……ミッチ」
「えっ!?」
「あの岩みたいな手で!?」
「針、見えます!?」
ミッチの肩が、ピクリと動いた。
低い声が飛んでくる。
「……針に "more careful" を乗せただけだ」
「言葉の無駄遣い♪」
ツクヨ・ミがお腹を抱えて笑っている。
「くだらん」
ザ・ハクはそう吐き捨てる。
少しだけ口角が上がっていた。
空は青い。
アリアの空気も青い。
静かで、凛としていて。
冷たさの奥に、小さな灯が宿っている。
腰の枝を軽く撫でた。
この仲間がいれば。
どんな敵が来ても、もう負けない。
そう、本気で思っていた。
◇
——風が、止まった。
ツクヨ・ミの笑い声が、不自然に途切れる。
ミッチが、足を止めた。
「……っ!」
背筋に走る感覚。
氷みたいな悪寒が一気に駆け上がる。
前方。
空間が、黒く滲み始めていた。
黒い霧。
細長い影。
顔のない闇。
【 eraSer 】
アリアが反射的に盾を構える。
二本の枝を握り込んだ。
恐怖だけじゃない。
今の自分たちなら、戦える。
「来るぞ」
ミッチの低い声。
次の瞬間。
黒い影が視界から消えた。
「右!!」
アリアが振り向く。
空間を裂いて迫る、黒い刃。
【 "to protect!!" 】
白い盾が展開される。
激しい衝撃。
アリアは押し負けない。
「今だ!」
地面を蹴る。
【 "I am faster!!" 】
白い光。
加速。
二本の枝が、黒い影を切り裂いた。
eraSerの身体が、大きく揺らぐ。
アリアも踏み込む。
【 "to strike!!" 】
白い衝撃波。
黒い霧を吹き飛ばした。
「……へえ♪」
連携。
速い。
鋭い。
噛み合っている。
絶望は、その直後にやってきた。
◇
吹き飛ばされたはずの黒い影。
ゆっくり立ち上がった。
空気が沈む。
冷たい。
重い。
『浅い』
芯から、凍りついた。
『その程度で、世界を書き換えられると思うな』
黒い霧が広がる。
地面を侵食する。
世界を塗り潰していく。
「I am――」
言葉を続けようとした。
でも。喉の奥から、先の言葉が消えた。
「……え?」
出ない。
頭の中にはある。
"faster"
"stronger"
口に出そうとした瞬間。
煙みたいに霧散していく。
アリアが盾を展開する。
「to protect――」
完成する前。
盾が砕け散った。
「っ!?」
言葉が、消されている。
言葉が、完成しない。
eraSerがゆっくり歩いてくる。
『人間は、すぐ言葉を安い記号にする』
『強い。速い。守る』
『そんな薄い意味で、魂を動かせると思うな』
息ができない。
「I――」
出ない。
星衣だけが、淡く光っていた。
二人を、辛うじて守っている。
でも。それだけだった。
届かない。
次の瞬間、eraSerが消える。
「っ――!!」
身体が、紙切れみたいに吹き飛んだ。
地面を転がる.
肺の空気が全部抜ける。
視界の端。
アリアも叩き飛ばされた。
「アリア!!」
星衣が閃く。
致命傷だけを、辛うじて防ぐ。
防ぎきれない。
強すぎる。
地面に膝をついた。
コンペティアで勝った。
言葉も覚えた。
でも。
届かない。
かすりもしない。
eraSerが刃を持ち上げる。
もう、ここで終わる。
その瞬間——。
黒い影が、横殴りに吹き飛んだ。
土煙の向こう。
ミッチだった。
「調子に乗るのが早い」
ミッチが踏み込む。
大地が割れる。
爆風。
黒い霧が、一気に吹き飛ぶ。
まるで、存在の格が違う。
でも。
eraSerは、消えない。
霧が再生した。
ゆっくり後退する。
地面に這いつくばる僕たちを見た。
『——まだ、浅い』
その言葉だけを残す。
黒い霧は、闇の中へ消えた。
僕は崩れ落ちた。
全然届かなかった。
◇
街道脇の焚き火。
薪の爆ぜる音だけが、響いていた。
誰も、口を開かなかった。
膝を抱えたまま、呟く。
「……強くなったと思ったんだけどな」
炎が揺れる。
「強くはなった」
ミッチの声。
「……」
「言葉が、まだ軽い」
それだけだった。
静かに顔を上げる。
火に照らされたミッチの横顔。
ずっと遠く、高い場所にあるように見えた。
突然、焚火の炎が舞う。
光だった。
白い閃光が、視界を塗り潰す。




