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S2 第7章 ―この力でも届かないー

風が、心地よかった。


コンペティアを離れてから、三日。

乾いた街道を歩く。


アリアの肩には、白銀の星衣。

 星屑みたいな淡い光が零れ落ちる。


大きく破れていたはずの肩口。

 綺麗に縫い合わされていた。


「……結局、それ誰が縫ったの?」


アリアは少し気まずそう。

前を歩く大きな背中を見る。


  「……ミッチ」


「えっ!?」


  「あの岩みたいな手で!?」


「針、見えます!?」


ミッチの肩が、ピクリと動いた。

低い声が飛んでくる。


  「……針に "more careful" を乗せただけだ」


「言葉の無駄遣い♪」


ツクヨ・ミがお腹を抱えて笑っている。


  「くだらん」


ザ・ハクはそう吐き捨てる。

 少しだけ口角が上がっていた。


空は青い。

アリアの空気も青い。


静かで、凛としていて。

冷たさの奥に、小さな灯が宿っている。


腰の枝を軽く撫でた。


この仲間がいれば。

どんな敵が来ても、もう負けない。


そう、本気で思っていた。



——風が、止まった。


ツクヨ・ミの笑い声が、不自然に途切れる。

ミッチが、足を止めた。


「……っ!」


背筋に走る感覚。

 氷みたいな悪寒が一気に駆け上がる。


前方。


空間が、黒く滲み始めていた。


黒い霧。

細長い影。

顔のない闇。


【 eraSer 】


アリアが反射的に盾を構える。

 二本の枝を握り込んだ。


恐怖だけじゃない。

 今の自分たちなら、戦える。


  「来るぞ」


ミッチの低い声。


次の瞬間。

 黒い影が視界から消えた。


  「右!!」


アリアが振り向く。

空間を裂いて迫る、黒い刃。


【 "to protect!!" 】

白い盾が展開される。


激しい衝撃。

 アリアは押し負けない。

 

「今だ!」


地面を蹴る。


【 "I am faster!!" 】

白い光。

加速。

 二本の枝が、黒い影を切り裂いた。


eraSerの身体が、大きく揺らぐ。

アリアも踏み込む。


【 "to strike!!" 】

白い衝撃波。

 黒い霧を吹き飛ばした。


  「……へえ♪」


連携。

速い。

鋭い。

 噛み合っている。


絶望は、その直後にやってきた。



吹き飛ばされたはずの黒い影。

 ゆっくり立ち上がった。


空気が沈む。

冷たい。

重い。


『浅い』


芯から、凍りついた。


『その程度で、世界を書き換えられると思うな』


黒い霧が広がる。

地面を侵食する。

 世界を塗り潰していく。


「I am――」


言葉を続けようとした。

 でも。喉の奥から、先の言葉が消えた。


「……え?」


出ない。

頭の中にはある。


"faster"

"stronger"


口に出そうとした瞬間。

 煙みたいに霧散していく。


アリアが盾を展開する。


  「to protect――」


完成する前。

 盾が砕け散った。


  「っ!?」


言葉が、消されている。

言葉が、完成しない。


eraSerがゆっくり歩いてくる。


『人間は、すぐ言葉を安い記号にする』

『強い。速い。守る』

『そんな薄い意味で、魂を動かせると思うな』


息ができない。


「I――」


出ない。


星衣だけが、淡く光っていた。

二人を、辛うじて守っている。

でも。それだけだった。


届かない。


次の瞬間、eraSerが消える。


「っ――!!」


身体が、紙切れみたいに吹き飛んだ。

地面を転がる.

肺の空気が全部抜ける。


視界の端。

アリアも叩き飛ばされた。


「アリア!!」


星衣が閃く。

致命傷だけを、辛うじて防ぐ。


防ぎきれない。

 強すぎる。


地面に膝をついた。


コンペティアで勝った。

言葉も覚えた。


でも。


届かない。

かすりもしない。


eraSerが刃を持ち上げる。

もう、ここで終わる。


その瞬間——。


黒い影が、横殴りに吹き飛んだ。


土煙の向こう。

ミッチだった。


  「調子に乗るのが早い」


ミッチが踏み込む。

大地が割れる。


爆風。

 黒い霧が、一気に吹き飛ぶ。


まるで、存在の格が違う。


でも。

 eraSerは、消えない。


霧が再生した。

ゆっくり後退する。


地面に這いつくばる僕たちを見た。


『——まだ、浅い』


その言葉だけを残す。

 黒い霧は、闇の中へ消えた。


僕は崩れ落ちた。

 全然届かなかった。



街道脇の焚き火。

薪の爆ぜる音だけが、響いていた。


誰も、口を開かなかった。

膝を抱えたまま、呟く。


「……強くなったと思ったんだけどな」


炎が揺れる。


  「強くはなった」


ミッチの声。


「……」


  「言葉が、まだ軽い」


それだけだった。


静かに顔を上げる。


火に照らされたミッチの横顔。

 ずっと遠く、高い場所にあるように見えた。


突然、焚火の炎が舞う。

光だった。


白い閃光が、視界を塗り潰す。

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