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第12章 ー信じられないー

見慣れた天井。


「……帰ってきた」


机のカレンダーを見る。


一月。

中学一年、三学期。


引き出しを開ける。


二本の枝。

静かに横たわっていた。


アリアの顔が浮かぶ。


潤んだ瞳。

振り返らなかった背中。


「またね……」


引き出しを乱暴に閉めた。



学校。


英語の授業。

チョークの音。


『一般動詞の過去形』


  「今日から過去形ね。過去形は2種類あります」

  「規則変化と不規則変化。不規則変化」

  「ここからが重要ー」


ノートを写す音。

ページをめくる音。

誰かの欠伸。


いつもどおりの授業。


  「不規則変化は形が全く変わるよー」

  「不規則変化は毎週テストするからちゃんと覚えるように」


先生が黒板を叩く。


【 run → ran 】

【 fight → fought 】


不規則。

その言葉が、 胸に引っかかった。


ran fought

走った。 戦った。


終わった動き。

もう戻せない形。


黒板の記号が頭をめぐり、消える。

枝を握っていた感触が、戻ってきた。



野球部。

やることは変わらない。


球拾い。

素振り。

キャッチボール。


でも。


体が違った。

バットが、芯に当たる。

投げた球が、ミットへ収まる。


  「渡来、今のいいぞ!」


先輩の声。


「……ありがとうございます」


胸が熱くなる。

嬉しかった。


グラウンドの前で三回立ち止まった日。

ボールがあらぬ方向に飛んだ日。

「もう一回」と言われ続けた日。


  「今日で来年が決まる」


朝。

元谷先生が言った。


部内対抗戦。

レギュラー選抜。


先発ピッチャー。


  「翔登、お前が投げろ」


「僕がっ、そんな急なこと.....」


  「やってみてからそれを言え」



マウンドに立つ足。

体が軽かった。


森を走った。

魔物を追った。


何度も転んだ。

逃げずに立ち上がった。


異世界で積み上げたもの。

全てが足を支える。


アリアを動かせた夜。

ミッチが吹き飛んだあの夜。


やれる。

感覚が、足の裏から上がってきた。


ランナーを出さない。

体が勝手に動く。


フォーム。

重心。

踏み込み。


全部が噛み合う。


七回裏。


ツーアウト。

ランナー二塁。


あと一人。


キャッチャーのサイン。

外角の変化球。


変化球の方が安全だ。

わかっていた。


でも。


今の僕なら。

 真っ直ぐで押し切れる。


強い僕なら。

 異世界を越えてきた僕なら。


負けない。


振りかぶる。

全力。


真ん中。


乾いた音。

冬空へ吸い込まれていく。


センターが動かない。


その瞬間。

全部、終わった。


誰も何も言わない。

怒鳴ってほしかった。


沈黙だけが、 痛かった。


更衣室の前。

奥から声が聞こえる。


  「……なんで真っ直ぐなんだよ」

  「変化球のサインだったのに」

  「あいつ、調子乗ってたんじゃね?」



夜。

自分の部屋。


引き出しを開ける。

二本の枝。


冷たい。

何も言わない。


この世界でも、やれると思っていた。


積み上げたもの。

 全部「本物」だと思っていた。


負けた瞬間。

悔しかった瞬間。


そして、今。


草原、広い空、森。


枝を強く握る。


「I am in——異世界!」


視界が白く染まる。


ran fought

過去形。


もう終わった言葉。

変えられない形。


元の世界で僕は今日……

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