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「彩さん、俺さ――」
「あれ? そこに居るのは勇気じゃない?」
勇気さんを呼ぶ声のする方向に視線を向けると、そこには髪の長い女性が立っていた。
「……美沙」
美沙と呼ばれた女性は笑顔で勇気の横にぴたりとくっつくように座った。声を掛けてきたと思ったら突然勇気さんの横に座るなんて。
彼女は一体何を考えているの?
先ほどまでの気持ちは一変し、不安と不快な感情がじわりと滲んでくる。
「ひっさしぶりー。元気してた? あっ、そっちの人は新しい彼女?」
「いや、会社の後輩だけど?」
勇気さんがそう言うと、美沙はニコリと笑顔になり、話しかけてきた。
「そっかぁ。私は武田美沙っていうの。よろしくね!」
「はぁ……」
彼女のテンションとは裏腹に私は曖昧に言葉を返した。
「勇気とはね、幼稚園から一緒なんだ。小学校の頃は毎日一緒に帰ってたんだよね。今でもたまにこうやって会えば一緒にしゃべりながら帰ってるんだよね」
美沙はマウントを取るように話し始めた。
せっかくの雰囲気がぶち壊しだ。
早く彼女には退散してほしいと思っているのに彼女は全然帰る気配がない。
「そういえばさ、勇気。この間、弟が話してたゲーム、あれようやく手に入ったんだ。やってみたんだけど、まだ上手く剣が使いこなせなくって……」
「操作は簡単なはずだったけど?」
「えー。そんなことないよ。ちょっとさ、教えてちょうだい」
「また今度な」
「じゃあ、いこっか」
「はっ? 今から?」
「そうだよ。今、困ってるんだから!」
美沙はそう言って勇気さんの手を引き、立たせようとしている。
なんて嫌な女なの!?
後から来たのに。
勇気さんは困った顔をしながらも美沙の押しには弱いみたい。
「ということになったから。後輩ちゃん、じゃあね!! 勇気、行こ!」
彼女は勇気さんを強引に立たせて私に満面の笑みを浮かべ、手を振った。
……これは絶対私に対する嫌がらせだ。
「彩さん、ごめん」
「いえ、私の方こそ時間を取らせてしまい、すみませんでした。どうぞ美沙さんと仲良くゲームをしてくださいね」
私も立ち上がり笑顔で答えた。
勇気さんは何か言いたそうにしていたけれど、横で腕を引いている彼女に話し掛けられ、そのまま背を向けるように二人は歩いて行ってしまった。
「あれはないわ。酷い。まさか本当にあんな人がいるなんて思ってもみなかった」
私は一人ごちながらとぼとぼと家に帰った。
ゆっくりと湯舟に浸かり、さっきの出来事を思い出す。
「あの美沙って人、絶対勇気さんを狙っているよね。あんな横から連れ去るなんて漫画やドラマしか見たことなかったのに。勇気さんも勇気さんよね。私と話をしてたのに……。やっぱり美沙さんの方が気の置けない仲なのかな」
口に出すと余計に悲しくなってくる。
好きな気持ちは私だけだったのかも。
一人で舞い上がっていただけなのかも。
こんなに好きなのに。
溜息しか出てこない。
人を好きになるってこんなに苦しかったっけ。学生の頃は純粋に好きって気持ちだけで過ごしてた。
失恋の痛みはもう味わいたくない。
逃げたい、忘れてしまえばどれだけ楽だろうって思っていたの。あの頃はもうやだって何度も泣いてた。
でもまた気づけばまた私は恋をしていた。
美沙って人とはどんな仲なの?
私と同じような感じなの?
疑問とまた失恋しちゃうんじゃないかっていう不安で涙が浮かんでくる。
「……もうやだ。止めよう」
私はお風呂から出て、重く苦しい気分から逃げるように缶ビールを開けた。
「明日も仕事か。なんだか行くのが億劫よね。でも、考えてみれば私はただの後輩だし、そうよね。家が近いってことだけだもんね。私が思い上がっていただけだよきっと。そうに違いない! まやかしだったのよ。さっ、もう寝よう」
私は自分の気持ちに言い聞かせるように言葉にし、布団の中に入った。
翌日、アラームで起こされる。怠い身体をなんとか起こし、今日もあくびを殺しながら出勤する。
「おはようございます」
「彩君、おはよう。なんだ、失恋でもしたのか?目が腫れているぞ?」
相田さんはジョークのつもりで言ったに違いないが、今の私には突き刺さった。
「そうかもしれません。そのうち治りますんで今はそっとしておいて下さい」
「あ、いや。そうか、すまなかった」
「いえ……大丈夫です」
相田さん、すみません。余裕なくて……。
心で謝りつつ、朝礼の後、仕事に取り掛かる。
―ブルリ。
スマホの振動がする。そういえば昨日からずっとスマホはマナーモードにしてあるし、見る余裕がなかった。
私は書類を置いてスマホを確認すると、勇気さんから着信とメッセージが入っていた。
どうしよう、無視するわけじゃなかったんだけど、気づいていなかった!
慌ててメールだけ返した。
昨日あんなに落ち込んだのに着信一つで浮上する私ってまだまだ乙女だったのね……。
でもこれは罠かもしれない。
だって美沙って人がいる限りいつもああなるってことでしょう? その度に落ち込んだり、浮上したり、なんてしていられないわ。
いいの、私は私の道を突き進むのよ!
恋愛に振り回されるのは子供なの。
私は大人の女になるんだから。
自分にそう言い訳じみたことを考えつつ、仕事に取り組んでいく。




