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RVALON  作者: 竜;
RVALON Ⅱ ~Zilch~

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03-02

清く澄んだ海面とはいかずとも先ほどまでは海だと言えた。だが今見ているそれはコールタールのように粘り、無数の生き物のように蠢いている。

 色はそう、黒い存在のそのものであり、おかしいのは海だけではなく建物には蘚などという綺麗な表現はできず、高野の知っているなかで一番近い物はカビである。

 それがタコのような軟体生物かのごとくあらゆる建造物にへばり付いているのだ。

 そして高野が上を見上げ、目を釘付けにされたのがその夕陽。太陽が闇としか言えないほど黒かったのである。そして突如高野の全身を猛烈な寒気が襲う。

 凍てつき、刺すような寒さを半袖の露出している腕に感じ、崩れるように膝をつきその場に蹲る。だがそれ以上の異変、他のことなど取るに足らないとでもいうべき事態が訪れた。


「……」


 声が出ない、それどころか息ができないのだ。

 自分の胸を力いっぱい叩き転げ回る。

 だが苦しさは増す一方。やがて抵抗する力もなく仰向けに極彩色の空を見ると、あの黒い存在が自分を見下ろしているではないか。こいつは一体なんだ?いやここはなんだ?ほんの数分前までは潮風が優しく吹き、木の葉の船がその穏やかな水面にたゆたんでいたのに。

 それがこの地獄すら上品と思えるでたらめな色彩の歪んだ世界。自分はいったいどこにいるのだ?高野の瞼が徐々に閉じていく。


「そのまま目開けんなよ!」


 静寂の中に怒号が響き、皮膚越しにその熱と光を感じると何かがもの凄い速度で自分の前を通過する。

 同時に全身に体温が戻っていくのを感じ、弾かれるように体を仰け反った。

 それが着地の衝撃か体温が戻った事によるものかは不明だが、高野は横たわり激しく咳き込む。

 膝に手を置き、よろめきながらもなんとか立ち上がるとそこは相変わらずのけばけばしい色彩。辺りを見回すと離れたところに長身の男性と思われる影がいた。

 確信は無いが先ほどの黒い存在のような危険な雰囲気は感じない。

 少なくともここがどこかなのかを教えてくれるとありがたいのだがと自分から少し足を進めたところで、


「言葉は通じるか?できればさっきのやつみたいに襲って来ないでほしい」


 そう言った高野の大きめの声は確実に聞こえているはずだ。

 だが男は応えることなくこちらに歩いてくる。

 高野は足を止め、走り出せるように警戒の体制をとるが男は一向に気にする様子は無い。

 そして服装などが認識できる程度の距離に来ると、高野はその姿を見て呆気にとられた。

 ダブルの革ジャンと革のパンツに鎖のついたブーツを履き、競りでたポンパドールにティアドロップの大きなサングラス。一瞬わからなかったがそれは先ほどまで一緒にいた男だ。


「早乙女……」


 自分でその名前を口に出したのだが服装や髪のボリューム、何より先程まで緒にいた早乙女とは雰囲気が違い、大人びているのではなくまさしく大人なのだと感じた。

 一方の早乙女はそれに応えるでもなく、革ジャンの内ポケットからタバコを取り出し火を点けて吸い始めた。そして俯き気味に煙を吐きながら短く言う。


「伏せろ」


 うまく聞き取れなかった高野が聞き返そうとするのを遮るように顔を起こした早乙女は強い口調で言い放つ。


「下に伏せろ!」


 条件反射、サングラス越しの彼の目が見えたと思えば自分が認識するよりも体が先に反応した。

 そして次の瞬間には再びあの熱を背中越しに感じた高野は顔をできるだけ顔を横に向け、目の視野角限界まで動かし、その光景を見ると、なんとあの黒い存在が凄まじい炎に飲み込まれているではないか。

 手足は無く、布を被ったような容姿を必死に振り乱しながらもがいているのが伺えるが、炎は離れるどころかそのもの自体に意思があるかのごとく複雑に絡み付き、真綿で締め付けるように優しくゆっくりと包み込む。

 だが黒い存在が炎で見えなくなる瞬間、顔の口にあたる部分が大きく引き裂け、中から暗い紫色の物体が勢いよく飛び出してきた。


「ちっ、逃がすなよ!」


 早乙女がそう言うと炎はそれに応えるように紫の物体を追う。しかし僅かに届かず、空を掴んだそれはまるで消火されたかのように小さくなってしまった。

 早乙女が金属製のオイルライターの蓋を開けると小さな火の塊がよろよろと戻ってきてその中に納まる。

 一度閉め、再度蓋を開けて着火した早乙女はくわえていたタバコに火を点けなおしてぇ軽く煙を吐く。


「気ぃ落とすなよ。案外大物だったじゃねぇか、まぁ追わなきゃいけねぇんだけどよ」


 その言葉が自分に向けられたものではないとは解ったが、高野は再び早乙女の名を呼ぶが後に言葉を続けようとしたところを再び遮られた。


「門限過ぎねぇようにさっさと帰れよ、二等兵」


 振り向き、僅かに顔をこちらに向けて歩いていく早乙女の肩に「待て」と手を伸ばしたが、その手はすり抜けてしまい体勢を崩した高野は前のめりに転倒した。

 目を開けると先程自分が飲んでいたジュースの缶が転がっている。


 ハッとして辺りを見回すが早乙女の姿はなく、その次に目に写ったのは綺麗な夕暮れが影を落としていく港街であった。




「主、完璧出遅れたんだな」


 緊張感のない声に拍車を掛けるように主の腿の部分に座り、自身の身長程度はあろうかというピザの1ピースを頬張りながら姫が言う。


 主達は今しがた高野達がいた公園の対岸にある、米軍基地内から一部始終を見ていた。付け加えて言えば今主が腰かけているのは停泊している潜水艦の翼端にあたる部分である。


『確かにあれだけの存在をカミクチが見逃すはずありませんからね。それにしてもあの方もセオリー通りに現れてくれるところが安心して良いのか頭を悩ませるべきか迷いますね』


「犯人は現場に戻ってくるってやつなんだじょ。本人はお尋ね者って自覚無いの?」


「唯我独尊なのでしゅ♪はぁ~いつ見てもあの輝きには惚惚れしましゅねぇ~。それにこのチーズスティック、背徳の味がなんとも美味でしゅ~」


 主に腰かけるように手に持った、簡単に言えばチーズをこってり載せた具無しのピザといったコレステロールの塊をかじっているスパイク。


 余談ではあるが排水量の関係からか米軍のバース(艦の停泊場所)に停泊していることが多い日本の潜水艦。そのため横須賀に所属する自衛隊の潜水艦乗りは頻繁に米軍基地に出入りすることとなる。

 日本の自衛官が海外の基地に入る際、国内では海上自衛隊の場合[JMSDF(JAPAN MARITIME SELF DIFENCE FORCE)]なのだが海外ではいまいち通じないところもあり、端的にジャパニーズネイビーと言って身分証明証を提示した方がスムーズな事の方が多い。

 そして日本国内の米軍基地内は基本アメリカのルールが適用され、敷地内には軍人の他、その家族や関係者が生活している。

 関東圏内では東京の横田基地、厚木航空基地、そして横須賀の米軍基地等があり敷地内では日本円が使えはするが基本米軍の施設を利用するのであればドルを持っていればピザ一枚買うのにも面倒くさそうな顔をされずにすむ。

 加えて言えば日本のお店のような接客、店員の笑顔が当たり前と思ってはいけない。


 例えばピザの場合は提供に時間がかかるので番号の書かれたレシートを渡され、用意ができると番号で呼ばれる。

 レジの店員が男女どちらもいるところは日本のチェーン店と変わり無いのだが、その呼び方が感情なくよく通る大声なのだ。

 それは立地からすれば軍隊の点呼のようにも聞こえるが、店員の声に負けず劣らず賑やかな店内。それに対抗するよう店員の声のボリュームも大きくなれば、初見の方はなにも悪いことをしていなくても怒られている感覚を覚えるかもしれない。


 そして笑顔はなく、終始無表情のままというよりは些か眉間に皺を寄せながら業務をこなす店員が殆どだが怒っているわけではない(たぶん)。

 慣れればなんと言うことはないので無事ピザと対面した暁にはそのボリューム、大味とカロリーの暴挙の権化にありつけることだろう。

 ちなみに敷地内には移動販売車が走っていて、軽食やお菓子や色とりどりの飲料などが購入できるので機会があれば利用してみてはいかがだろう。

 とはいえ米軍の敷地内なので、おいそれと誰でも気軽に立ち入ることはできないが隊員のエスコートや[解放日]と呼ばれるお祭りやイベントごとがあれば一般人でも入れる時があるので興味があれば調べていただければと思う。


「主みたいに不法入国できれば、気軽にちょっとした海外旅行気分が味わえるんだな」


『門のところではスルーされましたがあとでお咎めなどありましたら謝りましょうね』


「お、呪いにかこつけた主の自虐ネタか?まぁこういうのはたまに味わうから特別感が増すんだじょ」


 カシュっという音をたて姫が金色の缶の炭酸飲料の蓋をあけ、両手で持ったそれをくいっと傾けると口の中いっぱいに人工甘味料を使っていない、自然の砂糖をふんだんに使用した甘さがこれでもかというほど流れ込む。

 缶のサイズは350ml程度だが、姫からすれば胴から頭くらいの大きさなので自分では思いっきり飲んでいるつもりでも減る量は微々たるものである。一頻り堪能した姫は缶を主へと渡す。


「あ~、この悪魔的な甘さはまさに背徳の美味なんだな♪隊のご飯さんも美味しいけどこの誘惑には抗えないんだじょ」


『スパイクさんもお夕飯が食べられる程度でお止めくださいね。しかし、局でもこれだけの規模の[転移]は可能でこそあれ、リスクが高すぎるので行わないのですがこれが自然現象ではなく人為的な工作が見られるあたり、隠すつもりも無いと言ったところでしょうか』


 主は着ていたジャケットの片方を開き、裏地に貼っていた札を剥がす。

 使用前は白地に文字が書かれているのだが、今は灰色に染まり、所々掠れや解れが目立つ。

 そっと吹いた風に揺らいだかと思うと、千切れて瞬く間に消えてしまった。


『私の方針には反しますし、高野さんには申し訳ありませんが少し荒事になるかもしれませんね』


「お、ヴァイオレンスか?ルール無用の残虐ファイトがみられるの?」


 嬉々として主の方を見ながら無邪気な笑顔で聞く姫に顔を向け、再び札が消えていった横須賀の海を見ながら主は呟く。


『高野さんに先輩。カミクチに局とは違う転移現象……。業務過多でも手当ては変わらないどころか、なかなか楽はさせてもらえないようですね』

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