プロローグ
「今、案内の人が来るから少し待っていてください」
鉄製のL字アングルを組んだようなバリケードの脇に簡易的に設定された詰め所があり、そこにいた水色の作業服に白い半帽のヘルメットを被った恰幅の良い,、20代半ばと思われる門番がブレザーを来た二人組の学生にそう告げた。
身長160cm程の男子と、それよりぎりぎり頭一個分高いのっぽは作業服の男性に言われた通り大人しく、礼儀正しくと言うと大袈裟になるが、できるだけ不審な行動をしないよう、極力動かないようにしていたが背の低い方は詰め所の後方にある建物の横から見えるところ、そこはすぐ岸壁となっていて、そこに停泊している灰色の艦の方を背伸びするように伺っている。
門番も明らかに子供っぽさが残る顔に加え、どこかの学校の制服ということは見てわかるため警戒色は薄く、案内人が来るまでもう少しかかると思い、砕けた口調で話しだす。
「ここから見える範囲の艦は護衛艦。一番奥の艦に隠れてるけど、今は南極観測船が停泊してるんだ。あとで案内されたときに見えるかな、それは他の艦みたいに灰色じゃなからすぐにわかるよ。対岸は米軍基地なんだけどそこの岸壁に見えるのが潜水艦だよ」
指先で示された方を振り向くように見る二人。
のっぽの方は「へぇ~あれが潜水艦なんですか、凄いですね」と、感心ある台詞ではあるがどこか芝居じみていてよそよそしい。
背の低い方はそれこそ興味がない様子である。
だがここへの見学の提案をしたのは背の低い彼の方であった。
本日、彼ら二人が通う学校は野外学習ということで電車を乗り継いでも一時間はかからない、歴史のある神奈川県は鎌倉へと来ていた。
鎌倉で歴史的な場所と言えば寺などが一般的なのだが、ゲームと小説が好きなのっぽと、元より歴史関係に興味のない背の低い彼は課題を終らせたら後は自由解散という言葉にやる気を出し、午前10時に差し掛かる頃にはノルマを達成していた。
いくら学校が早く終わったとはいえ、すぐに家に帰っても母親に何か言われそうだからどこかで時間を潰しながら帰るかと考えていたのっぽは、「横須賀の基地に行ったら艦を見せてもらえるらしいよ」と言った彼の提案を断る理由も無かったので同行した次第である。
横須賀中央駅の方に行けばそれなりの街なのだが同じ港町と言っても鎌倉とは違い、見える範囲で米軍基地周辺は軍港といった意味合いが色濃く、ドックと言われる船舶の荷役や建造、修繕のために設けられた施設などが並ぶ風景は初めて見た二人には何処かゲームや物語の景色と違う新鮮さがあり、興味のないのっぽも鎌倉よりはわくわくしていた。
「……でね、別名鉄の棺桶とも呼ばれていてさ、自分ならまず乗りたくないかな。でもさ潜水艦って……おや、案内の人が来たみたいだね」
門番が話半ばで切り上げたので二人は門の方を向き直ると肩にワッペンの様な物を誂えた背広を着た、こちらは中年の男性がにこやかに歩いてくるのが見える。
挨拶をした後、入門手続きをするとその広報担当を名乗る男性に突然の訪問ではあったが施設や艦などを案内してもらった。
本来は基地の公開日といったものなどがあり、見学は少なくとも事前に連絡を取るとのことだっただが特に気にした様子はなく、広報の男性は丁寧に説明してくれた。
帰りの電車内では、誘われたから来ただけののっぽも些か興奮気味で有意義な野外実習を終えることとなったのだが後日、広報の男性が彼らの学校に訪れ、すぐに再会することとなるのであった。
「間違いない。ここは異世界ってやつだ」
ブラック企業勤めの彼は帰宅途中、疲労からの目眩に足がふらつき、そのまま気を失ったところまでは覚えていた。
だが、目覚めるとアスファルトではなく、人の往来で自然に芝が剥げた土の地面。その辺の石を枕がわりにしていたからか、起き上がり、微妙に寝違えて凝った肩を回しながら辺りを見回すと、帰宅路ではまず見たことのない一面の森。
スッキリしない頭のまま歩いていると数人?の野盗に出くわした。
彼は二足歩行だが、頭が犬か狼のその存在を見て、相手も見たこともない服に驚き、両者の一瞬の沈黙の後に追いかけっこが始まった。
命からがら逃げ仰せ、なんとか街までたどり着いたがそこでのあまりにもグローバルで異文化コミュニケーションの往来に最初の言葉を漏らした次第。
日々の疲れから、家に帰ればコンビニ飯と度数だけは強い安酒のルーティーン。ある深夜に目覚め、点けっぱなしのテレビで流れていたアニメがちょうどこんな感じだったと思い出す。
「ってことは俺、死んだのか?まぁ、あんな思考停止した働き方してるんだから死んでるようなもんだけど、それならこっちの方がいろんな可能性は期待できるかな。え、まさかなんか魔法とか凄い力あったりするわけ?」
状況から判断し、とりあえず会社の呪縛からの解放感に街中であることも忘れ、歓喜の声を上げると周囲が何事かと、再び一斉に視線を向けられた。
我に帰り、そそくさとその場から離れて露店などを見て回っていると布売りの商人に「それはどこの国の召し物だい?」と、聞かれる。
散策中に見かけたのは子供の頃に遊んだテレビゲームに出てきたような布の服だったり革の鎧、戦士と思われるが中々際どい格好の女性などであった。
商人は断りもなく背広を触り、ボタンや縫い目を観察して大層な品だと驚くき、即座に売ってくれと交渉してきた。
まだ貨幣価値もわからない場所で身ぐるみ剥がれるのは勘弁とハンカチを出したところ、鷲掴みした銀貨を数えもせず渡された。
とりあえず金銭を確保すると腹の虫が鳴いたので、牛のような丸焼きのなにかが吊るされている屋台で食事を購入し、噴水のある広場で食事にかぶりつく。
「単純な料理はとりあえず美味いってのが万国共通で良かった。この場合異世界共通かな?」
空腹が満たされると学生の頃以来と思える楽しい旅行気分にしばしば浸り、これからの生活について考える。なぜか言葉は理解できるので情報収集は困らないだろう。
そして食事を購入したときに屋台の主人にいろいろ聞いて、大体の貨幣価値も把握した。
しばらくは街に滞在できるし、あの商人の反応からして、次はネクタイでも売れば少なくとも数カ月程度の生活費は確保できるだろう。
街行く人を観察していると、魔法使い風の格好をした者も多々見かけるので、火や雷が出せたりができる世界であることは濃厚なのだが、今のところ自分にその力があるのかは確認のしようがない。
「ま、金がある内は無理に魔物退治とかしなきゃいけないわけでもなさそうだし、しばらくはのんびりと……」
楽しい新生活のプランを考え始めた彼だが、正面から歩いてくる人物を見て言葉を止めた。
自分以外は異世界らしいその土地の格好をしているのだが、その人物は黒いレザーハットに臙脂色の革ジャケット。色の濃い青いジーンズ、所々に銀細工の装飾品を装備し、どこの軍隊のものかわからないガスマスクを被っていた。
その姿が印象的だが、気づけば並ぶように飛んでいる小さなドラゴン。そしてなにより肩に乗っている違和感のある小さな女の子、いやサイズからして人形だろうか。それも彼がいた世界の若者のように現代的な格好をしている。
その異様な存在達がまっすぐこちらへ歩いてくる。
とっさに危険を感じ、身を反して走り出すが目線の先にはその人物がいた。
目を大きく開き、言葉が出ないほどに一瞬で恐怖が彼を覆う。
それは服装だけではなく、ガスマスクの人物は片手で自身の反対側の肩を抱き、もう片方は脇腹を押さえ、絶妙な身体の湾曲具合で立っていたことが彼の不安感をより一層煽った。
たじろいだ彼は、煉瓦を敷き詰めた床の少しだけ突起した箇所につまづいて尻餅をつく。
その場から動けない彼の元まで来ると、ガスマスクの人物は手に持っている紙の束を捲り、その内の一枚とこちらを交互に見たあと、肩の人形に何か話しているようである。
「な、なんなんだよお前らは!」
不安から、大きな声を出した彼の質問に、「えっと、保護対象だから元の世界に帰すんだな」そう、ガスマスクの代わりに人のように喋った人形に言葉を失った彼は、続いて声を発することはできなかった。
それどころか呼吸もできず、慌てて喉を押さえる。
「あ~主、始まっちゃったんだじょ」
人形がそう言うと、主と呼ばれたガスマスクの人物は胸ポケットから縦長の紙、札のような物を取りだして彼の額に張り付ける。
身体の力が抜け、瞼が下がってくるとそのまま意識を失った。
再び彼の意識が戻り、ぼやけた視界で捉えたのは自分を見ている二つの人影。
まばたきを何度か繰り返しても回復しないが、「ここは?」と短い問いをすると『落ち着いてください、ここは異世界でもないし転生もしていません。ただの貧血なので気分が落ち着いたらお帰りください』そう必要以上に何も気にするなと念を押され、すぐに意識が遠退く。
再び目を開けた時には眠っていたのか先ほどの人影はなく、起き上がり見回すと、そこは病院の一室のようで自分はベッドの上にいる。
自分が起きたことに気づいた看護婦に説明を受け、腑に落ちないが入院代を支払い、まだはっきりしない頭に手を当てながら外に出る。
「帰り道に貧血で倒れて病院にで一泊か。なんか異国で美味しいもの食べたような夢を見た気がするんだけどな」
思いのほか日差しは強く、汗を拭おうとポケットに手を入れるがハンカチがない。
「あれ、家に置いて来たかな?」
安物なので特に惜しい物ではないがその瞬間、何かが頭の中に浮かび上がる。それは夢で見た異世界の街並み。
『忘れ物ですよ』
目の前に出された見覚えのあるハンカチを見て、咄嗟に「あ、すいません。ありがとうございます」と相手を見ないまま会釈をして数歩進み、違和感に気付いて振り替えるがそこには誰もいなかった。
「え、今のって……ガスマスク?……」
それだけでなく、今になって最初に目覚めて、病院で自分を見下ろしていた人影もガスマスクをつけていた気がする。
傍らにはあの人形がいたような……。だが、思い返そうとしたところに彼のスマートフォンから呼び出し音がなる。
表示されている名前は[部長]だ。
「無断欠勤してどこをほっつき歩いてる!」
まるでスピーカーに切り替えたかのような怒号が響き渡り、慌てて弁明し、体調不良で本日は休むと伝えたが、そんなことは関係ないからさっさと出社しろと取り合う気がない。
そこから罵詈雑言が続き、近くのベンチに座ると体から離してそれを置き、眺めていた彼は一度大きく息を吸い、意を決してスマホを掴むと、「うるせぇ!今の録音したからな。これから労基に行って全部話すから覚悟しろ!」そう言い返してそのまま電源をオフにした。
周囲の人間は彼の方を見たが何事もなかったように歩き出す。そして何か思い出せないことはあるがどこか晴れやかな気持ちで家路へとついた。
そんな彼を遠巻きに見ていたガスマスクの人物の肩に乗っている小さな存在が、これで今回の仕事が終わったのかと訪ねる。
『先ほど局の方から連絡がありまして警戒レベルの高い案件が発生したのでそちらに出向しろとのことです』
「じゃあ死んだらある地点からやり直すのとか、スライムになっちゃったのとか、幼女に転生して戦場飛び回ってるおっちゃんとかは後回しなんだな」
『姫、守秘義務の観点から局の情報をみだりに口にしてはいけませんよ。最近は発言元の定かではない匿名の所から身バレやらコンプライアンスやらのご指摘で騒がれるので。とりあえずのところ、管轄外や異世界への警戒レベルが低い件に関しましては保留扱いか別の方に委任せとなります。大抵は積んだままで私が対処はしなければなりませんが』
「おぉコンピラさんか、でも転生したのって元の世界で死んじゃってるから別の世界で生まれ変わってるんじゃないの?元の世界に戻っても体燃やされちゃってたら霊界で探偵にもなれないんだな」
『局の観測に引っかかる転生は大体が異常と判断されたものですので。元の世界で正しく終わっていただかないと他の世界に異常をきたしますし、実際は絶命したから都合よく別の世界で第二の人生というほど単純なわけでもありませんからね』
「異世界からのお呼ばれさんもあるんだじょ」
『転移や召喚、無許可に扉を開いての往来に密入出。異世界からの輸入やその逆、商売を始めるなど考え方も多様なので悩ましい部分は多いですからね。私とて局の基準で職務に当たってはいますがそれが正解とは言い難いと思いますし」
「そうだな、勝手に人の家上がり込んでタンスとか漁ったりツ壺割ったりする連中もいるんだな」
「ゲーム脳というか、最近はゲームの中から出てこれない方々も多いのでしゅ」
主の足元で蟻の行列を眺めていた小さな竜がふと気づいたように顔を上げて喋ると、主は少し大きめの紙袋を広げ抱き上げて竜を入れる。
『あれはなんでしょうね、魔王討伐の面目で国からの御達しが出ていて免除されるとかなのでしょうか。
スパイクさんの言われた方は機材との接続障害による問題のようですので、管理局ではなく医療関係の管轄ですね。さ、そろそろ移動しますのでおとなしくしていてくださいね』
「んで、次はどこに行くの?美味しいものある?」
自ら紙袋に入った姫が頭を出しながら聞くと、主は最近局から支給された異世界間での連絡が可能な携帯端末を見ながら答える。
『ご期待には添えると思いますよ。行き先は私達の世界と距離も類似レベルも近い港町……』
ニホンの〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇からいらっしゃいました、〇〇〇〇〇〇〇さんです。はりきってどうぞ
伏字の所は冊子版では表記しています。
いろいろ修正したら一巻も含めて印刷しなおしたい。




