詩葉と元クラスメイトたち 5
「詩葉せんぱーい」
まだ300メートルくらいの距離にいるのに、すぐ近くにいる相手に話しかけるみたいな感覚で声を出して手を振っているのは月乃だった。
彼女の声を聞いて、詩葉は元クラスメイトたちに翳していた足を退けた。一歩下がる。理性が戻って来た。さすがに後輩の月乃に昔のクラスメイトに女王様面しているところを見せるわけにはいかない。
月乃とサイズ感の変わらない詩葉にとっては普通に走ってきてい流ようにしか見えないけれど、足元にいる元クラスメイトたちが次々と尻餅をついている辺り、彼らにとっては地震みたいに感じているのだろう。ただ一人の女子高生が走ってきているだけだというのに。
そのまま月乃は足元を見ずに詩葉の方へとやってくる。完全に足元には注意を払っていないようだった。耳を澄ますと、足元からはたくさんの悲鳴が聞こえていた。このままだと、月乃の足元で血飛沫が飛んでしまう。
「月乃ちゃん! 待って、それ以上来ないで!」
次の一歩が踏み出されようとしている場所は詩葉の元クラスメイトたちが密集しているところだった。彼らが踏み潰されることはどうでも良いけれど、月乃が彼らを踏み潰したら、普通にトラウマになってしまうかもしれない。
「ん? 何ですか?」
詩葉の声は聞こえているみたいだけれど、止まってくれそうにない。
「かくなる上は……!」
詩葉が両手のひらを月乃の方に向ける。
「月乃ちゃんごめん!」
詩葉はこちらに走ってきていた月乃の身体に両手を当てて、突き飛ばしたのだった。
「わっ」
誰もいない場所に月乃が尻餅をつく。
ズゥゥゥゥゥゥン
大きな音が鳴った。どう考えても少女が尻餅をついただけでは発生しないような音が、周囲一帯に鳴り響く。当然のように地面が揺れて、地震と勘違いした周辺住民の人たちが慌てて屋外に出てくるのだった。
「あ、すいません。地震とかじゃなくて、わたしが転んだだけです。お騒がせしてます」
月乃は慣れたように謝る辺り、多分今までにも何度も同じようなことをしたことがあるんだろうな。そう思うと、思わず口元が緩んだ。
「適応力すごいね……」
詩葉は思わず苦笑いをするのだった。月乃が来たことですでにさっき溜まった負の感情は蒸発してしまっていたのだった。
「痛た……。えーん、酷いですよー」
月乃は泣いても無いのにわざとらしく目の辺りを手で擦るフリをしていた。
「ごめんごめん、あやうく月乃ちゃんがチビ人間のこと踏みつぶしかけてたから」
「え?」
月乃が慌てて視線を地面に向かわせたら、詩葉の足の近くに視線を動かすと、確かに小さな人間が2、30人くらいいるのが目についたのだった。それを見て、月乃は慌ててしゃがみ直していた。
「迷子?」
しゃがんだ月乃がジッと彼らを見下ろしているだけで震え上がっていた。月乃は詩葉と違ってまったく加害の意志なんて無いのに、勝手に怖がっている様子がおかしくなって笑いそうになっていた。きっと自分たちに復讐をしようとしている巨大少女の詩葉の友達が加勢しに来たと勘違いして、絶望的な気分に陥っているに違いない。
「あははっ」
詩葉が高笑いをした。勝手に勘違いして怯えてる無様な姿を見て、少し溜飲が下がる。改めて、このサイズでいることを、詩葉は最高だと思うのだった。
「詩葉先輩、笑い事じゃないですよ。危うくこの子たちのこと踏みつぶしかけたんですから! きっと間違って入ってきちゃったんですよ。外出許可が出ている間は普通サイズの子たちのこの辺りへの侵入は禁止されてるのに」
呆れながら。月乃が適当に何人か摘まんで手のひらに乗せ始めると、それを見た元クラスメイトたちが慌てて逃げ始める。きっと月乃が手のひらに乗せてそこで何か意地悪をすると勘違いしているのだろう。きっと月乃は立ち入り禁止区域の外に運んであげようとしているだけなのに。
「あ、逃げちゃダメだよ。早く外に出ないと。こんなところにいたら間違って踏み潰しちゃうじゃん」
詩葉の元クラスメイトたちを月乃は子ども扱いしてしまっていた。一応年上の子たちなのに。
月乃は詩葉の元クラスメイトたちに向けて手を伸ばす。必死に走って逃げている彼らのことをその場で動かずに、しゃがんだまま捕まえようとしていた。圧倒的なサイズ差によって、労力は全然違う。どう足掻いても逃げられない無力感を無意識のうちに彼らに植え付けていた。
とはいえ、月乃は優しいから怖がらせないようにして必死に追っている感じはない。そのせいで、簡単に逃げられてしまいそうだった。
(なんかムカつくかも。素直に巨大少女たちに怖がって欲しい。この場でチビ人間に自由にされたくないし)
そんなことを思いながら、詩葉が足を持ち上げた。そして、勢いよく踏み降ろす。
「逃げるなっ!」
ダンッと素足が砂浜に踏みつけられる。詩葉が足を踏み降ろしただけで元クラスメイトたちは簡単に転んでしまった。さっき月乃が走っているだけで彼らが立っていられないような揺れを発生させていたのを見て、真似してみる。ちゃんと足止めができて、詩葉はすっかり上機嫌になった。
「ちょっ詩葉先輩。そんな勢いよく踏み降ろしたら間違って踏んじゃったら大変ですって!」
「まあ、そんときはそんときじゃん」
なんなら、間違って踏み潰すどころか、踏み潰そうとしたのだから。むしろ、まだ彼らが誰一人潰されていない今の状態こそが詩葉の意図していない状態である。
そうして砂浜には詩葉の足の形に大きな穴が空いた。彼らを収容しておくには十分なサイズ感の大きな穴。
「死にたくなかったらこの中に入りなさい。ここだけは踏まないでおいてあげるから」
声をかけると、みんな大慌てで穴に入っていくのだった。素直に詩葉の言うことを聞いて、必死に動いていた。
「やっぱりバカみたい」
そんな惨めなチビ人間たちを見て、大きなため息をつくのだった。




