詩葉様と小さな召使いたち 2
詩葉が書類に必要事項を書いていると、部屋に3年生の咲姫が戻って来た。そして、明日を楽しみにしている詩葉に水を差すようなことを言う。
「ねえ、さっき一般生徒をこの部屋に入れて追いかけまわしたんだって?」
咲姫が苛立った声を出す。
「何言ってんの?」
しらばっくれた。一般生徒に危害が加わることを咲姫は嫌がるのを知っているから。別に咲姫は直接見ていたわけではないし、証拠はない。
けれど、彼女は詩葉が普通サイズの人間に危害を加えたことを当然の事実として話を進めていく。
「さすがに無関係の子巻き込むのは違うと思うけど?」
明らかに怒っている様子の咲姫を見て、詩葉が首を傾げた。部屋の外にいた割には詳しく知っているな。
「いつ知ったのさ? 月乃ちゃんたちから聞いた?」
月乃たちが室外に絵美莉を連れて行く時にすれ違ったのだろうか。
詩葉が尋ねたら、咲姫が首を横に振る。
「お姉ちゃんが教えてくれた」
「お姫ちゃん先輩の言うお姉ちゃんって一体誰のこと差してるのさ」
「誰も何も、文字通りわたしのお姉ちゃんだって毎回言ってるのに」
「どこにもいないじゃん」
「心の綺麗な人にしか見えないんだよ」
「意味わかんないんだけど」
咲姫がよく名前に出すお姉ちゃんとやらが実在するのかはわからなかったけれど、とにかくその人が教えてくれたらしい。
「あ、そうだ。明日外出許可もらうからね」
詩葉の言葉を聞いて、咲姫が顔を顰めたのを見て、詩葉は少し楽しくなった。
「は? 外出って、何するつもり?」
「何って、いつもの楽しい遊びだよ」
ニコリと楽しそうに笑う詩葉を見て、頭を抱える。
「良からぬこと考えているのはわかるけど……」
「全然よからぬことじゃないよ。とっても楽しいことだってば」
「あんたの楽しいことってどうせ小人虐めでしょ?」
「虐めって人聞き悪いなぁ。わたしのはお返しだよ。今まで散々人のこと嬲ってくれた子たちへの復讐」
「そのうち絶対学校にクレーム来るからそろそろやめた方が良いと思うけど」
「もう来てるって」
何も悪びれもなく笑う詩葉を見て、咲姫がもう一度頭を抱えた。それが楽しくて、詩葉はケラケラと笑った。
「わたしのこと止めたら暴れてやるって上から睨みつけてやったら、それだけで誰も何も言えないし問題ないでしょ?」
「問題しかないから」
咲姫が思いっきり大きなため息をついた。外で吐き出したら木々を揺らしてしまいそうなくらい勢いの激しい吐息を吹かせている。
「そのうち戦車とか出てきてもしらないからね?」
「か弱い女子高生相手にそんなもの出したら普通に問題になるでしょ」
「わたしたちどこがか弱いのさ……」
一人で街を壊せちゃうくらいの強さなのに、とも思ったけれど、口には出さなかった。咲姫も小鈴ほどではないけれど、あまり自分のことを怪獣みたいに呼称するのは好きじゃない。ただでさえモデル業をするまでは170センチを超える長身がコンプレックスだったのだから。
「東條さんにはなんて言われてるの?」
「昔の事情話したら、やられたならやり返した方が良いよねって言ってた。なんならわたしも加勢しよっかって」
「そういえばあの人も武闘派だっけ……」
今はサイズ以外はどこからどう見ても清楚な事務員だけれど、中学時代には喧嘩売ってきたガラの悪い男子数百人を返り討ちにしたんだっけ……
「わたしたちがいくらデカイって言っても、さすがに本気で軍が出てきたら倒されちゃうからね?」
まあ、身長50メートルだから戦車数台くらいなら倒せてしまえそうではあるのだけれど……
「そしたら走って逃げて街中ズタズタにするもんね。街中で攻撃なんてできないだろうし」
「それ、ほんとにやったらルームメイトやめるからね?」
「やらなくてもやめたそうじゃん」
詩葉が咲姫のことをジッと見つめる。挑発的な言葉の割にはどこか寂しそうな瞳をしている詩葉のことを咲姫は心配になるのだった。
この子はきっと咲姫が見捨ててしまえば、本当に小さな人間たちと敵対しだしそうだし、きっと平気で自分と敵対しようとする人間のことは踏みつぶしてしまうと思う。彼女の心は、きっとすでに壊れているだろうから。
中学時代のことを聞いてしまったことがある咲姫には、これ以上彼女のことを突き放す度胸はなかった。
詩葉が小さな人間相手に意地悪をすることは反対だけれど、定期的に詩葉に嬲られている詩葉の中学時代のクラスメイトたちのことを同情する気にはならない。あんな人たち、どんな目に遭わされても仕方ないと思うし。本当は小鈴みたいに大人しかったはずの可愛らしい少女をサディストに変えたのは他でもない彼らなのだろうから。
咲姫はひとえに、詩葉が一線を超えて、本気で普通サイズの人間たちと敵対することだけが怖かった。この子を本物の怪獣にしてしまってはいけない。
「わたし以外に詩葉ちゃんの面倒見れる人いないのに、ルームメイトやめるわけないに決まってるでしょ。こんな危なっかしい後輩わたし以外に面倒見れないし」
「ツンデレだ」
「月乃ちゃんと小鈴ちゃんがあんたのこと押し付けられたら可哀想なだけ」
「はいはい」
お互いに軽口を叩いているけれど、2人ともどこか満足げだった。
「ただし……!」
それから、咲姫は真面目な顔で続ける。
「一線だけは超えないでね。その時は本当に詩葉とは絶交だから」
「はいはーい」
詩葉の適当な返事を聞いて、咲姫は不安になる。
「本当にわかってる?」
「わかってるよ。あたしだって、お姫ちゃん先輩には嫌われたくないから」
「一応信じるけどさぁ……」
咲姫はどこか不安そうに詩葉を見るのだった。
「さてと、じゃああたしは月乃ちゃんでも誘いに行ってこよ〜っと」
「え? 月乃ちゃんも誘うの?」
「さすがにチビ達と遊び終わった後だよ。普通に2人で海で遊ぶだけ月乃ちゃんをこんな狭い部屋に閉じ込めるんも可哀想だし」
そう言って、詩葉は部屋から出て行ってしまったのだった。
「月乃ちゃんが変な影響受けなければ良いけど……」
一人残された咲姫は、ため息をつくのだった。




