3限目「装飾された華達」
刻一刻と時間は過ぎていく。
ひょっとして、このまま時間まで来なかったりして……。
そんな希望を抱きつつ、息を殺して身を潜めた。
包丁に反射する自分の素顔はなんとも冴えていない。
「神田くん……なんか、気配がするよ……」
零加ちゃんは何かを察知したようにこしょっと呟く。生憎、ボクは気配など少しも感じることはできなかったが。
透明なスカウターでもつけているのかな。
暫くしてドアがノックされた。
遂に来てしまった……!
くそ、どうやって中へ入って来る気だ……?
どうやら零加ちゃんは、こちらから仕掛けるつもりらしい。
たしかに、刃物などでこじ開けられれば近くにいるボクたちがうっかり被害を被る可能性があるし、第1に相手のペースを取られないことが大事なのだろう。
彼女はサッとドアノブの鍵を開け、サイドの壁を蹴り中央へ、鋭い包丁の切っ先は丁度開いたドアの向こう側へと……。
しかしボクは、恐怖のあまり飛び出すことができなかった。とんだチキン野郎だと思う。
やったか……!?
カツンッ!と鉄と鉄がぶつかり合うような音がした。
「……痛い。なにしてるの?これはかくれんぼ。見つかった時点で君達はおしまいだよ……」
君達……!?
何故、ドアの死角に隠れているボクまでも見破っているんだ……?
いや、違う。流石にあの少女と言えども、透視能力なんてものは持ち合わせていなかったのだ。
後方からガサガサと音が聞こえてくる。
どうやらピンチと見て逃げ出そうとしている者がいた。
この部屋に隠れたのはボクと零加ちゃんだけじゃなかったんだ。
それはうちのクラスの女子、植野桜花だった。
裏口の扉はもちろん固く閉められているのだが、側にあった椅子でなんとか破壊し逃げる魂胆に見えた。
何故今までひっそりとしていたのだろう。
きっと僕と零加ちゃんが時間を稼いでいる間に逃げようとしたに違いない。
しかしその時間は予想よりも短かった。
目を逸らし祈る。
果たして間に合うのか……?ボクは息を呑んだ。
しかし、無慈悲にも投擲されたナイフによって彼女は肩を負傷した。鋭い悲鳴が部屋を木霊する。
血が溢れ出ていて、思わず吐きそうになった。
「まあ、かくれおにも楽しいよね☆ よし!」
ちょっと待て!?
それにしても零加ちゃんはどうしたのだろうか。最悪の状態……なんてのは考えたくはなかった。
相変わらずドア内に潜んでいるボク。
そっと覗くと無邪気な笑みを浮かべる少女。目のハイライトが消えていてどこかゾッとする。
入ってくるまでのその刹那の時が何秒にも何時間にも感じられる。
動かないと。あー、もうどうせ何もしなくても死ぬし……。その現実を受け入れるしかない。
一か八か、左足首に狙いを定める。
「はああー!植野さんに手出しはさせないぜ……!」
いい感じにカッコつけて見たがどうだろう。
しかしその刃は側面を押し出され難なく弾かれた。やっぱりこの程度の手で仕留められるわけないんだよおお。
ボクは最期を覚悟した。
思えばボクの人生って何の価値もないよなあ……。
家族には見放され、なんか知らんが社会の最底辺まで落とされてさ……そこでもうまく馴染めないで、何も成し遂げずに。
植野さんとは、1度も話したことがないけど、結構気になってたんだよね、うん。
桃色でセミロングの髪。それなりに友達はいるみたいだけど、いつも冷めたような目をしていて正直近寄りがたかった。けど、そんなところもいいなあと思っていた。
胸の膨らみは可もなく不可もなくであり、ベストかなと。身長はボクと同じぐらいだ。
ボクが護ってあげたら、きっとボクだけに優しい目をして微笑んでくれるに決まってる。
弾かれて飛んで行った包丁を拾いに行っている時間はなかった。
サッと前に飛び出して立ち往生する。
「植野さん、早く!ここは何とかするから!」
コクリと頷いた彼女。その顔は……
……ドッと身体が重くなる。まるで鉛のようだ。
苦しい……。居心地が悪いような、そんな感じ。
目が開けられないけど、ボクがきっと悲惨な状態なのは確かだ。
ボクがせっかく命を賭して護ったのだから、彼女には生き残ってほしい。
意識が朦朧とし、ボクは死んだ




