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エセ仙術使い  作者: 墨人
最終章 ”お礼”
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”お礼”

今回から数話には性的な表現、人によっては不快になりかねない表現が含まれます。R15の範囲に収まるように露骨な描写は避けているつもりですが、苦手な方はご注意ください。

 私が寝かされていたのはマアリイとシューリンが所属する娼館のシューリンの持ち部屋だった。フラッシュバックを起こして意識を失った後、マアリイの機転ですぐ隣のこちらに運び込まれたそうだ。


「着物借りてきたよ」


 部屋の主、シューリンが帰ってきた。

 抱えているのは私が着ることになる娼婦用の着物だ。


 ヒノベ達への“お礼”の為に娼婦になると決めた。

 娼婦になるだけなら実に簡単だった。娼館の所有者との間に契約を結ぶだけで済む。年契約とか月契約が一般的だそうだけど、条件を擦り合わせればどうとでも融通が効く。私の場合は明日の朝までの一晩契約。契約書のようなものも無く、単に口頭でのやり取りであっさりと娼婦の身分を手に入れた。


 身分を得るのは簡単でも体裁を整えるのはまた別の話。娼婦には娼婦の装いというものがある。それが整えられない新人にしたって工夫してそれらしい恰好をするべきなのに、男装生活が長い私は女性用の着物一枚持っていない。そこで思い出したのが四軒隣の娼館に所属するシャアジイ。彼女は娼婦に稀な高身長の持ち主で、『お風呂の日』に知り合ってから身長ネタで良く話をする間柄になった。彼女の着物なら私にも合うだろうと、シューリンに頼んで一着借りてきてもらったのだった。


 その娼婦用の着物であるが。

 この世界の一般的な着物が前合わせの上衣とズボン様の下衣に分かれているのに対して、娼婦用のそれは前合わせの上衣の裾を長く伸ばしたような形状をしている。『あちらの世界』の浴衣みたいなものだ。こうなったのは娼婦という仕事柄、脱ぎやすさや脱がされやすさを追求した結果であるそうだ。帯を解いて前を開けば即座に行為に及べると説明されれば、なるほどと頷くしかない。


 傭兵装束から娼婦の衣装へ。もちろんサラシは外す。シューリンに手伝ってもらって着替えを終え、髪もポニーテールを解いて下ろした。準備万端整えて待つこと暫し。階下、一階の食堂が騒がしくなる気配が伝わってきた。


「私のお客が来たようですね」

「……オウカ、本当にできるの?」

「大丈夫だと思います。それに、これはできるかできないかじゃありません。やらないといけないんです」


 将来の精神的な安寧を得るために“お礼”はどうしても遂行しなければならないのである。


 *********************************


 階段の降り口から窺うと、食堂は混沌の様相を呈していた。

 椅子やテーブルは壁際に積み重ねられ、中央に広いスペースが確保されている。


 奥、厨房側には組合職員に付き添われた罪人が五人――ヒノベ達だ。風呂を使って身を清め、伸び放題だった髭もきれいに剃っている。こざっぱりとした身なりになっていても、やっぱり悪人に見えるのは偏見の故だろうか。

 一晩限りの娼婦稼業、その客となるのがこのヒノベ達だ。

 組合に拘禁されている彼らが娼館に客として訪れるのは妙に聞こえるかもしれないが、これは別に違法な話ではない。


『長期間の探索を終えて、彼等は相当溜まってると思うんです。それで、ようやく街に帰って来て、いざ娼館に繰り出したらあと一歩のところで捕まってしまったでしょう? これって男の人にとって辛くありませんか?』

『何と言うんでしょうね……男同士の相互理解ですか? そんな状況のヒノベ達に情けを掛けて、引渡し前に娼婦を抱かせてやろう、みたいな。そういうのってアリですか? ナシですか?』


 これはフェイフォンとウラヤに対しての質問――を装った「そんな体裁でヒノベ達を連れ出してくれませんか?」という提案だったのだが。

 意外な事に、偽装質問の方にそのまま「アリだ」と答えが返ってきてしまった。

 軍に引き渡されて刑期が確定すれば即日移送され、現場に到着すれば強制労働が始まる。過酷な労働環境の為に刑期満了を待たずに命を落とす受刑者も後を絶たない。人によっては死刑宣告を受けるにも等しく、組合では“最後の一夜”を希望する罪人には願いを叶えてやる慣習があるそうだ。もちろん罪人自身に娼館を利用するだけの所持金がある場合に限るし、罪状によっては拒否も有り得る。強姦で捕まったのに「最後に女を抱かせてくれ」なんて言い出したら「ふざけるな」と返したくもなる。だからヒノベ達から申し出があったとしても、本来なら拒否の流れになったのだろう。


 今回に限り、私からの要請で逆に“最後の一夜”を希望するかと話を振って貰ったところ、長期の禁欲生活で溜まりに溜まっていたヒノベ達は一も二も無く飛びついてきた。探索での収穫もあり懐事情も問題無く、五人揃ってこの娼館へと移送される事となったのである。


 ヒノベ達は罪人らしく後ろ手に縄で拘束されており、縄尻は屈強な組合職員の手に握られている。他にもウラヤやフェイフォンといった組合職員の立場を持つ導士、昼間協力者として名乗りを上げてくれたユエンやティエレンを中心とした導士と傭兵も外周沿いに顔を並べている。それだけではない。マアリイを含めたこの娼館所属の娼婦達、そして娼館通りの主だった娼婦も顔を揃えている。あ、シャアジイもいた。


 こんな大人数に囲まれて、さすがにヒノベ達の顔も不審と不安に彩られていた。普通に考えられる“最後の一夜”の雰囲気とは明らかにかけ離れている。


 職員や導士・傭兵に関しては、

『罪人を娼館に連れて行くとしても、まさか普通にではないですよね。逃げたり、自棄になって娼婦に危害を加えるかも知れません』

『当然だ。もちろん監視は付くし、場合によっては拘束したまま、ともなる』

 との遣り取りがあっての事。


 そして娼婦は、

『新人の娼婦には先輩の娼婦が介助する事もあるね。上手くできないと怒り出す客もいるからさ、もしもの時には代わりに、って訳だ』

 マアリイから教えて貰った新人娼婦の教育体制が根拠となっていた。


 彼ら彼女らはあくまでも“監視”と“介助”。それらが付くのは普通にあり得る事で、拡大解釈をして異常なまでの人数に膨れ上がっているけれど、違法ではない。


 異様な熱気の籠る食堂の様子を確認していると、ふとマアリイがこちらを見上げた。


 ――いけるかい?


 目線で問われ、頷きを返す。

 マアリイはパン、パンと手を叩き合わせ、皆の注意を引いた。


「さて、今夜はそちらにいる五人の“最後の一夜”ということで当娼館に足を運んで貰った訳ですが……罪状のせいでしょうかねぇ、誰も相手をしようという娘がいないのですよ」


 普段とは少し違う口調で述べられたマアリイの口上に、ヒノベ達は顔を歪め、娼婦たちは「そりゃそうだよ、誰が強姦なんてする奴らと」とヒソヒソしている。娼婦の側にも客を選ぶ自由がある。お金を受け取りさえしなければ、嫌いな客は拒否できるのだ。


「ところがただ一人、今日娼婦になったばかりの新人が哀れな罪人に情けをかけると申し出ました。紹介しましょう。当館の新人、オウカです」


 すいっと差し伸べられた手に招かれるまま、シューリンに付き添われて階段を降りる。

 と、食堂中から視線が集中、突き刺さってくる。

 特に胸元に視線が集まっているようだ。


「オウカ、がんばって」


 視線の圧力に押されて足が鈍った私をシューリンが励ましてくれた。

 震える足を励まして食堂に降り立つ。


 ――恥ずかしい……。


 羞恥が湧き上がってくる。

 身に纏っている着物が頼りない。きっちりと着込めばそんな事もないだろうけど、緩く着崩すのが娼婦流だ。鎖骨から胸の谷間までばっちり覗けるように前は大きく開いているし、足元も膝上くらいまでがチラチラ見えてしまっている。普段の生活で肌を晒す機会など皆無であるため、この程度の露出でもまるで全裸でいるような感覚に陥ってしまった。


「あー……皆さん、この娘はちょっとばかり訳ありなので、あまり不躾な視線は……」


 マアリイのフォローによって幾分視線の圧力が緩み、どうにか食堂の中央に進み出る事ができた。


「お前、本当に風呂焚きなのか……」


 恐る恐るといった態でユエン。ユエンだけではなく、フェイフォンもティエレンも他の導士も傭兵も、信じられないものを見るような目で私を見ていた。驚いていないのは裸の付き合いをしてきた娼婦の皆さんと、過去に男装解除状態を見ているウラヤくらいか。


「こりゃ凄い……綺麗だ……」

「素材が良いとは思っていたけど、まさかこれ程とはね」

「儚げなところがまた良いじゃないか」


 娼婦の皆さんからは概ね高評価を頂けたようだ。


「いや待て、本当の本当に風呂焚きなのか? 替え玉じゃなく?」

「しつこいですよユエン。他の誰に見えるっていうんですか」

「その声! 本当に風呂焚きなのか!」


 声を聴くまで確信できないって……。そう思っていると「無理も無いよ。普段のオウカとは全然違うもの」とシューリン。まあ普段は意図的に男装している訳で、それを解けば違って見えるのは当たり前だけど。「化けたもんだなぁ」と言ったユエン、それは違う。ティエレン達も「まったくだ」とか同意しないように。化けたんじゃなくて、こっちが素だから。


 なんとなくほのぼのした空気を背にしてヒノベ達と対峙した。

 彼らもまた私の変化に驚いていたが、舐めるような視線を私の全身に這わせた後はニヤニヤといやらしい笑いを顔に貼り付けていた。


「なるほどな、こうしてみると確かにあの時の娘だ」

「良い感じに育ってるじゃないか。こりゃああの時殺さずにおいて正解だったな」

「お前傭兵じゃなかったのか? それが娼婦になってって……なんだよ、俺達のアレが忘れられなくて志願したってか?」

「そりゃ良い! だったら六年ぶりに可愛がってやるぜ!」


 ……。


「オウカ?」


 気付いたら二歩程後退っていた。

 背を支えてくれたシューリンが労わるように擦ってくれる。


 こいつらは……。

 聞きしに勝る柄の悪さだ。回り中敵だらけに等しい状況でこんな下劣なセリフをポンポン吐けるなんて。建前上彼らに危害を加える事はできないから、それを盾にしているのかもしれないけれど、信じ難い精神構造をしている。ヒノベだけは何も言わず、真意を探るかのように(でもいやらしい目で)私を見ているのが不気味であるが。


「貴様ら……」


 余りの下劣振りにウラヤ達が剣呑な雰囲気を漂わせ始めていた。

 これはマズい。誰かがキレたりしたら私の目論見はぶち壊しだ。


「え、ええと、仕事の話を進めたいのですが!」

「うむ……そ、そうだな……おい!」


 物凄い形相のウラヤに合図されて、職員の一人が布袋を渡してきた。ズシリと重いそれはジャラジャラと音を立てている。中に入っているのはお金。私を一晩買うための代金だった。

 一晩の代金が五人分。それは結構な重みになるけれど、でもこんな奴らに体を差し出すに値する重みかとなれば断じて否だ。例え十倍だろうと御免被る。

 そして、もとよりこいつらを我が身に受け入れるつもりなど私には無い。


「あ! 大変です! “障り”が始まってしまいました!」


 この場面用に用意していたセリフだ。ちょっと棒読みになってしまったが、「それは確かに大変だねぇ」とマアリイが合わせてくれる。


「あ……ええと……そ、それじゃあお仕事するのは無理かな? かな?」


 つっかえながらも打ち合わせ通りのセリフを一生懸命に喋るシューリンが可愛いくて和む。精神的に少し余裕が生まれた。


「そうですねぇ、普通にするのは無理っぽいです。でもこの人達が可哀そうですから、手でやりたいと思います」

「ええと、うん、そうね。本当なら介助の私が代わりにするところだけど、私も強姦した人は嫌だから」


 ここで介助名目で同席している他の娼婦も「私らも嫌だよ」と唱和。これも打ち合わせ通り。


「という訳で、残念ながら手でします」

「残念ながら、じゃねえ! なんだこの小芝居は!!」

「ふざけるなよ!」

「ふざけてはいません。これは仕方のない事です。そうですよね?」

「うむ、仕方のない事だ。料金の差額を返してくれれば問題無い」


 男たちがぎゃあぎゃあ騒ぐけれど、最後に組合代表のフェイフォンに確認すれば全てクリアである。この世界にも緩いながら契約の概念はある。既に料金を受け取っている以上は一方的な破棄などできないし、仕事内容の変更も差額を返金すれば法的な問題にはならなかった。


「さて、それではそちらの方から」


 右端の男――名前はなんだったか……もう面倒臭いのでヒノベの取り巻きAでいいか。

 取り巻きAが食堂中央に引き出された。


「はあ? おい、ちょっと待てよ! なんだよ! まさかここでやるのか!?」

「そうですよ。あなた達は罪人ですから組合の監視は必要ですし、私は初仕事なので介助が要ります。これも仕方のない事なのです」


 回りを囲む数十人の人間を見回して取り巻きAは慄いている。

 それはそうだろう。

 以前酔った勢いのウラヤとフェイフォンが明かしたところによると、男性にとっては“手でする”という行為――女性の中に放出できない――というのはタダでさえ虚しさをもたらすものであるそうだ。貴重な子種がどうこうと言っていたけれど、とにかく本番に比べて数段下の行為にあたるのは間違いない。そして、例え手でするにしても本来は男女の秘め事、けして衆目に晒すべき行為ではない。まともな羞恥心の持ち主であれば、これを衆人環視の中で強制されるのはとんでもない屈辱となる……筈。


 そう、屈辱だ。

 私が与えられたのと同等の屈辱を与える。

 それが“お礼”――復讐の第一段階。

 そのために過剰なまでの人数をこの場に揃えた。人によっては見るに堪えないだろう展開になるのは目に見えているため、予め趣旨を説明した上で来てもらっている。

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