娼婦になることにした
「困ったことになりました。このままではどうにも収まりがつきません」
自らの手による復讐を諦めて法の裁きに任せる。そう割り切ったはずなのに、それで納得しようとするとフラッシュバックに脅かされる。これはとても厄介な問題だ。今はまだ良い。取り敢えず復讐の光景を妄想していれば症状を和らげられるからだ。実際、心の平衡を保つために、既に妄想の中では六回ほどヒノベ達を叩きのめしている。
それができるのも状況的に「復讐するか諦めるか」の二択状態だからであって、軍への引き渡しが済んでしまえば選択肢の一方は自然消滅。後に残るのは「諦める」だけ。そうなった時に『オウカ』がどう出るのかが怖い。
「どうにかなりませんかね、これ」
自分の状態を正直に話して問えば、ウラヤとフェイフォンは「どうにかと言ってもなあ」と困り顔を見合わせている。ついでに「今さらそれは……」ともこぼしていた。“面通し”の前に何度も念を押された最後のチャンスを見送ったのは他ならぬ私自身。組合で身柄を抑えてしまった後にこんな事を言われれば、それは確かに「今さら」と言いたくもなるだろう。
フェイフォンは「うーむ」と唸る。
ウラヤも難しそうに顔を歪めながら、
「一発殴らせてやるくらいならできない事もないと思うが……」
「そうだな。組合の連中もオウカには同情的だ。親父に話を通せば“たまたま誰もヒノベ達を見ていない時間”を少しばかり作ってくれるだろう」
ウラヤの言に同調するフェイフォン。でもすぐさま「しかしなぁ……」と溜め息を吐く。
「導士の力で常人を殴ったりしたらタダでは済まない。無事に済むのはヒノベくらいだ」
「いや、ヒノベも危ない。何しろオウカにはでかい小鬼を殴り殺した実績がある」
「魔物を殴り殺した!? 本当なのか?」
「そんな事もありましたね……」
またもや二人は「うーん」と唸った。
ウラヤだって素手で岩を砕くくらいは普通にできる。フェイフォンも同じだろう。そんな導士の身体能力で普通の人を殴ったら……それはもうスプラッターな結果になるに決まっている。双方導士であるなら、これは普通人同士の殴り合いと変わらない。導士は仙導力の働きで『鋼蓋』に似た防御力アップの効果が自然発動しているからだ。でも私には『地滑り』や『透徹』といった導士の防御力を突破できたり無視できたりする技があった。断言しよう。防御もままならない相手を一発殴れるなら、その一発で確実に息の根を止められる。
「拘禁中の罪人が組合内で殺されるなどあってはならない事だ。死なないにしても重傷だって困る。これは……駄目だな。やるとしたらオウカには相当手加減してもらうことになる。それで溜飲が下がるとは思えん」
「そうですね……それじゃ駄目です」
気功スキルも補助魔術も無し、一切のステータスアップをせずに、さらに手加減してポカリとやるのを想像してみたら、かえって精神的なムカつきが増していた。まるで『オウカ』が「ふざけないで!」と怒っているかのようだ。
「と、言うかですね、それはやっぱり駄目ですよ。いえ、私がどうこうではなくて、組合がそういうことをするのは良くありません」
傭兵組合には捕えた罪人を無事なまま軍に引き渡す義務がある。そう法に定められている。私の我儘のためにフェイフォン達が法を犯すなんてとんでもない。
「お前、ここで、それを言うのか?」
「俺の……いや、親父の伝手でどうにかしようって話じゃなかったのか?」
「違法なことはしたくありませんし、させたくもありません」
思うままを言ったら、ウラヤとフェイフォンはポカンとしていた。
マアリイは……またあの見透かす目付きになっている。
「……なあ、もしかして意外と余裕があるのではないか?」
ぽりっと頬を掻きながらウラヤ。
「余裕なんてありませんよ。自分で言うのも何ですがかなりヤバいです。例えるなら……気持ち悪くて今にも吐きそうなのを必死に飲み込んでいるような状態でしょうか。いつ決壊するか判りません」
「と、言っているが、どうなんだマアリイ?」
「嘘は言ってないね。あんたらもさっきのアレを見ただろ? ふさぎ込むか狂乱するか、どっちかになっていてもおかしくない。本当にギリギリだよ。あまり刺激するような事は言わない方が良いね」
「そうなのか……」
絶句するウラヤ達。
「私に言わせれば……オウカ、あんたは少し変だよ。いや、ウラヤが疑問に思っちまうほどに、一見して普通に振る舞えているのはあんたの強さの故なんだろうけどね。違法なことはしたくありません? この期に及んでそんな事が言えるのは……どう考えたって普通じゃない」
「変とか普通じゃないとか、人を珍獣みたいに言わないで下さい」
「見たことないって意味なら珍獣みたいなもんだ。そうしろって訳じゃないけどね、後先考えず組合に突撃したっておかしかないんだよ。なのに法を優先させるって」
組合に突撃するなんて考えもしなかった。
言われて考えてみても、それは無いと思う。
けれどマアリイは変だと言う。マアリイがどこまで私の精神状態を見抜いているのか定かでないけれど、彼女の脳内データベースには私に合致する例が無いらしい。
どうだろう。確かにルール無視で感情任せに動いてしまえば色々と楽になりそうな気もする。でもだからと言って私自身がそんな行動をしようとは思えない。
ん?
思わないじゃなくて、思えない?
……。
ああ、なるほど。
そういうことだったのか。
ストンと腑に落ちた。
思わないのではなく、思えない。その理由。
『私』の人格は夢に見た天音桜から強い影響を受けている。六年前、夢から覚めたばかりの時には本人だと錯覚していたくらいだから、これはもう人格をコピーしたようなものだ。
だとすれば、天音桜が有していた『反社会的な行為をしない(と言うよりも、できない)』という特質を私も受け継いでいるに違いない。まあ、十歳までの『オウカ』の記憶と、紆余曲折経て別人だと理解してからのこちらの世界での生活で変化はしているだろうけれど、取り敢えず明確に定められている法を破らない(破れない)程度の影響は残っているとみえる。
「なんだい? 何かすっきりしたような顔だね」
「はい。やっぱり私には無法な行いはできないのだと判りました。なので、法に触れずに“お礼”もできる、上手いやり方はないでしょうか」
「そんなのはありゃあしないと思うけどね。その……“お礼”かい? そもそも、法を守るってえなら一切手出しができないんだからさ」
「そうなんですよねぇ……」
繰り返しになるが傭兵組合には軍に対して罪人を“無事に”引き渡す義務がある。捕縛時に抵抗されて怪我をさせてしまったとかは別として、捕えた後に新たな怪我をさせるのはご法度だ。つまり暴力的な意味での“お礼”は全て禁じ手になってしまう。
「面倒臭いですね。いっそ『やられたらやり返す』みたいな法だったら話は簡単だったのに」
現行の法も悪くはない。罪人には強制労働という罰を与え、労働対価の一部をもって被害者の救済まで行っているのだから良くできているとさえ思う。思うのだが……自力救済――「目には目を」的に被害者による自力救済も認めてくれていたら、こんな面倒な事態に陥る事も無かったのに。と、そんな思いから出た言葉にウラヤがぎょっとしていた。
「なんです?」
「なにって、お前……やられたらやり返す? その……なんだ、それだとあいつらに襲われたお前は、あいつらを襲い返すということにならんか?」
「はあ!? ないですないです!」
やられたらやり返すと言ったって、なにもレイプされたら逆レイプとはならない。
第一無理でしょ。嫌悪しか感じない相手を復讐のためとはいえ受け入れるなんて。そもそも逆レイプが復讐になるとも思えないし。逆に喜ばせてしまうんじゃなかろうか。うん、これは有り得ないと反射的に叫んだのだが、
――あら? 有り得なくも……ない?
ウラヤの突拍子もない勘違いから閃くものがあった。
私が必要としているのは、法に触れずにヒノベ達に復讐をする方法だ。
法の裁きに委ねるのではなく、自分の手で、私が与えられたのと同等の恐怖と屈辱と絶望を与えられて、なおかつ相手を傷つけない非暴力的な手段。
閃きを実行する光景を想像してみたら、フラッシュバックの気配がすうっと薄れた。叩きのめす妄想よりも効果がある。どうやら『オウカ』も納得の復讐方法であるようだ。
――これならいけそうだけど……。
この方法は諸刃の剣だ。
ヒノベ達に恐怖と屈辱と絶望を与え、私の復讐は遂げられるだろう。でも、トラウマは払拭されても別のダメージを私自身が負いかねない。まさに肉を斬らせて骨を断つ、ある意味捨て身の最終手段。
……まあまて私。
実行可能かどうか、まずは確かめてみよう。
もしも不可だったら恥ずかしいので、閃きの内容は伏せたままに、ウラヤ達にいくつかの質問をした。返ってきた答えはおおむね私の予想通り。採用を後押しするものばかりだった。
「これならいけそう」という閃きは「いける、いくしかない」という確信へと変わった。
途中、質問の意図を誤解したウラヤが「まさか本当にやるつもりなのか!?」と慌てていたけれど、逆レイプなんて最低最悪な手でないのは明言できる。……似たようなものなのは否定できないけれど。
とにかく私の方針は決まった。
私自身の、この手で復讐を果たし。
ヒノベ達には怪我一つさせず、多少抜け道染みてはいても央国の法には触れない。
他に思いつく案も無く、もう諸刃の剣でも構ってはいられない。覚悟も決めよう。
短絡的だなどとは誰にも言わせない。熟慮の末に決めた事だ。
我が身に返るダメージを考えればお手軽な方法とも言えないが……。
「なら私は娼婦になります。娼婦になれば合法的に復讐できますから」
不退転の決意を込めて、そう宣言した。




