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エセ仙術使い  作者: 墨人
最終章 ”お礼”
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『オウカ』からのメッセージ

 その記憶に色は無く、闇に塗り潰されていた。

 何故か。

 目隠しをされていたからだ。


 その記憶には音もなく、ただ自身の息遣いが感じられるだけだ。

 何故か。

 耳を塞がれていたからだ。


 五感の内の二つを閉ざされて、却って他の感覚は鋭くなっていた。

 特に触感。鮮明過ぎるほど鮮明に思い出されてしまう。

 着物を剥ぎ取られて剥き出しにされた肌に感じる外気。

 体の至る所を這いまわる無数の手、手、手……。

 乱暴にまさぐられ、そして無理矢理に貫かれ、生じる激痛。

 このまま体を引き裂かれてしまうのではないかという恐怖。

 幼いながらも朧げに理解していた男女の営み。

 自分がなにをされているのか、判る。

 こんなふうに散らされるべきではない純潔を理不尽に奪われた屈辱と絶望。


 六年前、『オウカ』が封じ込め、『私』は一度として思い出すことの無かった記憶が溢れだし、私を翻弄する。


「ああああっ!!」


 がくがくと震える自分の体を抱き締め、行き場を失くした感情の塊を悲鳴として吐き出す。それでもなお恐怖と絶望と屈辱がぐちゃぐちゃに混ざり合ったそれは後から後から湧いてきた。


「お、おい、オウカ!?」

「触らないで!」


 私の異変に驚いたウラヤが差し伸べてくれた手を、打ち払っていた。

 これまでにもウラヤを反射的に避けてしまうような事はあったけれど、ここまで明確に強く拒絶したのは初めてだった。判っている。ウラヤは違う。この記憶とは関係ない。でも……それでもウラヤは男だ。あれは男の手だ。違うと判っていても、怖い。怖くて仕方なかった。


「ごめ……なさい……でも……今は……」

「オウカ……」


 酷く傷付いた顔をしているウラヤに申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 それ以上に、恐怖も。


「マアリイ! 来てくれ!」


 男である自分の限界を察したのだろう。ウラヤはマアリイを呼ぶために娼館を出て行く。

 ウラヤがいなくなって視界が開けた。

 開けた視界には呆然と私を見ている男達。

 ヒノベもいる。


「あっ……」


 そこで、意識が途切れた。


 *********************************


 気付いたら知らない部屋の知らない寝台に寝ていた。

 寝台脇の椅子に腰かけていたシューリンがびっくりした顔で私を見ている。


「オウカ! 大丈夫!? 気分はどう!?」

「シューリン……私は……どうして……」


 ヒノベ達が捕えられる現場にいた筈なのに、どうしてこんなところに寝かされていたのか。そう問おうとして、自分自身が抱いた疑問がトリガーだったかのように思い出した。


「っ……!」


 ぎゅっと胸が締め付けられるように苦しくなる。


「オウカ!? 待ってて、姐さんを呼んでくるから!」


 ばたばたとシューリンが駆けだして行き、ほどなくマアリイを連れて戻ってきた。

 マアリイは手にしていたカップをそっと私の手に握らせてくれた。


「まずはそれをお飲みよ。飲んで一息つきな」


 蜂蜜入りのお茶だった。いつにも増して蜂蜜が多くなっている。


「甘くて美味しいです」

「オウカはこれが好きだものね。どうだい、少し落ち着いたかい?」

「はい」


 蜂蜜の程良い甘味が染み渡り、不思議と気持ちが沈静していった。

 カップを返すと、マアリイは痛ましそうに私を見ていた。


「オウカ、違ったらごめんよ。あんた、忘れていたんだろ?」

「え?」

「あんなことをして犯人を捕まえようとしたってことはいくらか憶えていたようだけど、肝心な“その時”の事は忘れていた。そして今日、あの場所で、思い出した。そうだろう?」

「……マアリイは凄いですね。なんでもお見通しですか」

「なんでもじゃない。目で見て判る事、それだけさ」


 マアリイは「人を見る目には自信があってね」と言った。

 聞けば、娼婦として生きてきた中で、客の男性や同僚の女性と数多く接して培ってきた観察眼であり、特殊な能力なのではない。様々な人間パターンが脳内データベースになっていて、ちょっとした仕草や言葉の端々から得られた条件を元に検索を掛けて類似例を導き出す、といった感じらしい。だから目に見えない事は判らないと、大したことないように言うけれどとんでもない。相当に凄いと思う。


「六年も前なんだろ? それであそこまでとなると、そうなんじゃないかと思うのさ」

「マアリイの言う通りです」


 フラッシュバックを起こした時の事を思い出すと、それだけで胸が苦しくなる。

 それほどに、初めて体験したフラッシュバックは強烈だった。

 いや、初めてだからこそ強烈だったと言うべきか。


 人は、なんであれ慣れてしまえる生き物だ。

 フラッシュバックもそう。どんなに過酷な体験で、そのフラッシュバックが酷くても、何度も繰り返すうちに少しずつ慣れていき、やがては日常生活に支障をきたさない程度にまで回復する。『時は最良の薬』という言葉もこれを指しているのだと思う。

 でも、記憶を失くし、これまで一度として思い出すことの無かった私には時という薬が全く作用していない。記憶に鮮度があるのなら、とびきり新鮮なまま保存されていたことになる。


 ぶるりと身が震えた。

「記憶が曖昧で」などとヘラヘラしていた過去の自分を殴り飛ばしてしまいたい。

 憶えていないのを良い事に半ば他人事として処理してきたものが、いざ思い出して自分事になると……。まさか、こんなに酷いとは思ってもみなかった。

 あ……そう言えば、あの『夢』では色々と天音桜に押し付けるような形になってしまっていたっけ。私は、自分自身の体験だから受け入れざるを得ない立場だけど、天音桜にとってはとんだとばっちりだ。大事な試合の直前にこんな不安定な精神状態に落とされるなんて同情を禁じ得ない。


「さて……ウラヤ達を呼んでも大丈夫かい? 随分と心配しているよ?」

「あ、ええ、多分大丈夫だと思います」

「無理そうなら早めに言うんだよ? シューリン、呼んできておくれ」


 そうしてシューリンに呼ばれてやって来たウラヤとフェイフォンは、いきなりは部屋に入って来ずに戸口で立ち止まり「入って良いのか?」と不安げにお伺いを立ててきた。

 さっき手酷く拒絶してしまったからか。


「大丈夫です。もうさっきのは治まってますから。今は怖くありません」

「そうか……」


 安堵の表情で部屋に入ってきたウラヤは、普段よりも少しだけ距離を置いて足を止め、フェイフォンもそれに習っている。


「それで、ヒノベ達はどうなりましたか?」

「あいつらは罪を認めた。今日中に調書を作成して明日には軍に引き渡す」

「……意外ですね。素直に認めるとは思っていませんでした」

「まあ、認めたと言うよりも口を滑らせたと言うべきだがな」


 ウラヤは苦笑交じりに事情聴取の様子を語った。


 “面通し”の意味や私が指名した五人が間違いなく一致していた事を説明したところ、一人の傭兵が「そんな筈はない! 俺はちゃんと……」と口走ったそうだ。もちろん「何がちゃんとなんだ?」と詰め、なんやかんやの挙句にその男はあの時目隠しの袋を被せる役を担っていたのだと白状したそうだ。

「ちゃんと目隠ししたのだから顔を見られている筈が無い」

 言わんとしたことを補完するならこんなものか。

 実際、普通の意味でなら私は何も目撃できなかった訳で、彼の手際は良かったと言わざるを得ない。見事とも言える。その見事な仕事振りを否定されたのが心外だったのかもしれないけれど、だからと言って尋問されている身でそれを口にするのはどうなのか。

 ともあれ一人崩れれば総崩れ。ヒノベも含めた五人全員が口を割るまでに然程の時は必要とされなかった。


「いざとなったらマアリイに頼もうかと思っていたのだが、そんな必要も無かった」


 フェイフォンはそのように締め括った。

 マアリイに? と不思議に思えば「マアリイには嘘が通じない。すぐに見破ってしまう」だそうだ。「少し話をすれば嘘を吐く時にどんな仕草をするか判るからね」と事もなげにマアリイ。観察眼、恐るべしである。


 ――自白もとれたなら、これで本当に終わり、かな。


 傭兵組合が作成する調書をもとにして軍が量刑を決め、ヒノベ達は鉱山での強制労働行きだ。軍の厳しい管理下にあって、刑期半ばに落命する受刑者が後を絶たないとも言われる過酷な刑罰。強姦などという卑劣な罪を犯す輩にはお似合いの末路……。


「うあっ……!」


 そこまで考えて、またもフラッシュバックの兆しに襲われ、慌てて意識を他に逸らしていた。


「オウカ!?」

「大丈夫……なんとかかわしました……」


 心配そうに覗きこんできたマアリイにはそう返したものの、依然として不穏な気配は去っていない。気を緩めれば再度のフラッシュバックを引き起こしてしまいそうだった。


 これはキツイ。

 これから先も時が癒してくれるまで同じ事を繰り返すのかと思うとぞっとする。


 ――“お礼”……やっとくべきだったかも。


 ヒノベ達を叩きのめしてトラウマを克服すればマシになるのではないか。

 その“叩きのめす”さまを想像するだけでフラッシュバックの兆候が退いていく感覚があり、実行したなら効果は覿面だと思えた。


 ……でも、それはできない。しないと決めた。

 ヒノベ達には国が定めた刑に服してもらう。

 と、またもやむくむくと湧き上がってくる不快な情動があった。


 *********************************


「オウカ、考え過ぎないようにしな。またぶり返しちまうよ」


 マアリイが甘いお茶のお代わりを淹れてくれて、甘味の助けを借りて心を落ち着ける。フラッシュバックの気配は未だにあり続けていて不安定な状態であるが、少なくとも思考はクリアになった。

 その結果判った事がある。

 思考の方向性が鍵だ。

 ヒノベ達に“お礼”――復讐する方向に考えれば症状が軽くなり、服役で納得しようとすると酷くなる。後者は、つまり自身の手による復讐を諦めるということ。こうまであからさまであれば、意味するところを察するのは簡単だ。


『オウカ』は復讐を欲している。

 六年前記憶を封じ込めた『オウカ』と、その後に夢の影響で天音桜もどきの人格になった『私』。どちらも私自身ではあるけれど……やっぱり『オウカ』と『私』は違う人格だ。そしてこのフラッシュバックは『オウカ』からの「こんな酷い事をした奴らを許せるの?」というメッセージなのだと思う。

 ……それとも脅迫か。「復讐しないならこの記憶で苛んでやる」とか。

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