ロンフェンの成り立ち
今回も説明多めです。
普段の文量では話が全然進まず、キリの良いところまで書いたら約1.5倍の増量となりました。
「では明日の今頃にもう一度来てください。それまでには調べられると思います」
「判った。ついでにヒノベの行き先に合った配達依頼があればそれも頼む。それと、一泊頼みたいんだが宿泊施設は空いているか?」
「空いてます。二人分ですね」
「それから色々と買い足ししたいものがある。良い店があったら教えてくれ」
「それでしたら……」
ウラヤと職員さんの会話は小気味の良いテンポで進む。打てば響くと言うのだろうか、ウラヤの問いに職員さんは間髪入れずに即答していく。この人はできる人だ。
必要な事を一通り訊き終え、「ではよろしく頼む」とウラヤが話を締めた。
早速調べ物をするために奥へと引っ込んでいく職員さんを見送り、私達は食堂の一角に腰を落ち着けた。ちょっと早めの夕食だ。
厨房にお勧めを頼んだら、出てきたのは大きな丼に盛られた麺料理だった。汁気の少ない麺の上にピリッと辛い挽肉がトッピングされていて担々麺っぽい。安くて量が多いのは組合食堂のお約束。
お腹いっぱいになって食後のお茶をまったりと頂いていた。
この後の予定は決まっている。
湯屋でさっぱりしたら、寝る!
それだけだ。
背負い袋に入っている汚れ物の洗濯や、干飯や干し肉のような保存食の補充など、街でやるべきことはあるけれど、それは全部明日で良い。
ちゃんとしたベッドで眠れる。
たとえそれが組合宿泊所の安っぽいベッドであっても、外套に包まって眠る野営に比べれば天国のような快眠環境なのである。連日続いた野営のせいで抜けきらずに蓄積してきた疲労を一気に抜くチャンスだ。思う存分堪能せねば損である。
「で、明日なんだが」
ウラヤの方でも今夜の予定は同じなので、そこはすっ飛ばしていきなり明日の話が始まる。
「お前もそろそろ武器を買ったらどうだ? この街でならお前が探しているような剣が見つかるかもしれんぞ。ロンフェンは央国随一の鍛冶の街だからな」
「鍛冶の街ですか? 仙術武器の街ではなくて?」
「仙術武器に用があるのは導士だけ――いや、導士の中でも一握りだ。他の奴らにとってはここで仙術武器を売っていても関係無い。自然、自分たちにも関わりのある普通の鍛冶のほうに目が行くものだ」
なるほど。言われてみれば思い当る節もある。『あちらの世界』に存在するとある街を電気街と呼ぶかオタク街と呼ぶかは人によって変わる。要は当人がどちらにより興味を持っているか、だ。
仙腎を持っている人しか導士になれず、その中で更に仙術武器を扱える人とそうでない人に分かれてしまう。仙術武器に関心がある人は圧倒的に少数派だ。ならば仙術武器と普通の武器と、両方を産しているロンフェンがどちらの名を冠して呼ばれるのかは自ずと決まってしまうのだろう。
「ここが鍛冶の街になったのも仙術武器が作られている故と考えれば仙術武器の街と呼ぶべきなのかもしれんが」
「仙術武器が作られているから? どういうことですか」
「? ああ、お前は知らなかったか。仙術武器を作ると言ってもな、一から作る訳ではないんだ。例えば剣の仙術武器があるとして、剣それ自体を打つのは普通の鍛冶職人だ。いや、“普通の”ではないな。ここにいるのは優れた職人ばかりなのだから」
そう言って、ウラヤはロンフェンの成り立ちを教えてくれた。
茶飲み話程度の掻い摘んだ内容だったが、それを更に要約すると以下のようになる。
その昔、ここに一つの村があった。
この辺りは基本的に平野地だ。そんな中にぽつんと存在する小さな山。しかし小さくとも山は山だ。平野では得られない山の恵みは十分に期待できる。だから山の麓に村ができたのは自然な成り行きである。
その頃は村も山も別の名があり、そしてどこにでもあるような何の変哲もない農村に過ぎなかった。しかし何十年か前、一人の女性導士がこの地を訪れてから劇的な変化が齎される。
その女性導士こそ稀代の仙術武器職人ファンランだ。
ファンランが作り出す仙術武器は既存の物とは一線を画する性能を誇っていて、央国の仙術レベルを数段階引き上げる結果となった。それまでの仙術武器では実力を発揮できなかった仙術使いや仙術兵が、ファンランの手になる高品質の仙術武器によって実力通りの仙術を行使できるようになったからだ。
この功績によってファンランは『仙術中興の祖』と呼ばれるようになる。
ところで仙術武器の作成には『場』が重要であるらしい。
ファンランが作る仙術武器が優れているのは、彼女の腕前に依るのももちろんであるが、それと同じかそれ以上に、ここが仙術武器作成に最適な地である点が関係している。
「前には仙術武器が作れるのはロンフェンだけって言ってましたよね?」
「言ったか? 言ったとしたらちと言い過ぎたな。実際、ここがこうなる前にも仙術武器はあったのだから他所でも作れることは作れる。しかし作る場所によって質が変わるとなれば、より良い場所を求めるのが当然だ」
「ああ、作れる人がここに集まってしまったから、ここでしか作れないんですね」
「そういう事だ。とは言え、地元に根付いた職人なんてのもいるだろうからな。他でもまだ作っているかもしれん」
「この国は広いですものね……」
武州は倭州の隣にあり、央国の中ではほぼ東端に位置する。この国は広い。武州とは反対側、西の端の方ともなれば気が遠くなるような距離に隔てられている。気楽に買い物に来られるような交通網は無く、国を横断するような物流網も無い。西に住む導士がロンフェン産の仙術武器を入手するのは極めて困難であるだろう。
しかし仙術武器は必要だ。
需要があるなら供給が生まれるのが人の世の常である。
質の低下を承知で仙術武器を作る人、それを承知で買い求める導士がいるに違いない。
「おっと、話が逸れたな」
「話の腰を折ってしまって済みません。続けてください」
「うむ。さっきも言ったように仙術武器の元となる武器を打つのは普通の鍛冶職人だ。そしてこの元になる武器の質も仙術武器の質に関わってくる。北には魔物の領域があり、国としても、仙術兵や仙術使いが強化されるとあっては看過できん。この地に優れた鍛冶職人を招集する運びとなった」
稀代の仙術武器職人、最適な場、高品質の武器を打つ優れた鍛冶職人。
仙術武器を生み出す最高の環境が整った。
「しかし、だ。憶えているか? 仙術武器は一つを作るのに何か月もかかる。ある程度は複数を並行して作ることもできるようだが、どう考えても鍛冶職人の方が過剰だろう? そこで、鍛冶職人が打った中から質の良いものをファンランに渡し、他は普通に売りに出すことになった」
出来の良いものを仙術武器の素体として提供した後の残り物。
そう言ってしまうとイメージ悪いけれど、そこは国に認められた凄腕の鍛冶職人である。軍が買い取ったり、武器商人が買い付けに来たり、“残り物”を求めて人が集まるくらいの質は十分にあった。
人が集まれば、集まった人を目当てにした別の人が集まる。村には宿屋ができて、商店もできた。また、優れた職人には弟子入り志願者も多い。それで人が増えれば、またそれを目当てに……といった具合に徐々に村の人口は増えていく。
ロンフェンと呼ばれるようになったのはその頃からだ。
最初は山中に居を構えたファンランが自らの住む山をそう呼んでいたに過ぎない。しかしファンランがそう呼んでいれば彼女に武器を卸す鍛冶職人もそう呼ぶし、鍛冶職人がそう呼んでいるなら彼らから武器を買う商人たちだってそう呼ぶ。宿屋、商店、弟子も同様だ。
人が増え、村が町へ、町が街へと成長し、成長に寄与する人々が揃ってロンフェンと呼ぶものだから、いつしかそれが正式名称となり、地図に記載される名前も変更されてしまった。
「それってどうなんでしょうね。そもそもの村人にとっては自分が住んでいる土地の名前を奪われたようなものですよね」
「どうなんだろうな。面白くないのかもしれんが、もうそれで何十年だ。名前が変わってから生まれた奴らにとってはどうでも良いことだろうしな」
「うーん……」
なんとなく釈然としない。が、よそ者である私が気にする問題でもないだろう。
「これがロンフェンの成り立ちだ」
「良く判りました。ウラヤ、詳しく知らんとか言ってた割には詳しいじゃないですか」
「仙術使いになれないと知る前に聞きかじった程度だ。が、それはどうでも良い。俺が言いたいのは、そういう街だから鍛冶が盛んで、お前が探しているような剣も見つかるんじゃないかってことだ」
「そういえばそういう話でしたね。でも……私は見つかると思えません」
テーブルに立てかけた木刀を見やる。
防水のために渋を染み込ませているからもとより綺麗とは言い難い色合いではあった。が、この防水は完全ではなく、旅の汚れや数度の使用によって付着した血糊などが拭い切れずに重なっていて小汚くなっている。でもこの木刀を手放す気にはなれなかった。
何日もかけて自分で削りだしたからという愛着もあり、この木刀以上に私の手に馴染む剣なんてあるはずがないという思いもあった。どんなに優れた鍛冶職人であっても知らないものは作りようがない。日本刀が存在しないこの世界では、この木刀こそが天音桜の黒い刀にもっとも近く、私の剣術にもっとも適した武器なのだ。
「ふむ……確かにお前のそれは独特だからな……」
ウラヤは試しに木刀を振ってみたことがあって「俺には馴染まん」と評している。両手でも使えるウラヤの剣と、両手で使うのを前提にした私の木刀とでは重量バランスが異なるからだ。それを実感として知っているウラヤは私の意見を認めた。
「ならば仙術武器を見てみるか?」
「仙術武器ですか? 私に使えますかね」
導士の中でも仙術使いになれるのは一握り、とは先ほどのウラヤの言だ。しかるに私は導士ですらない似非導士(最近この呼び方にも抵抗がなくなってきた)。仙術武器が使えるものなのか。
「それは試してみないことにはなんとも言えん。試す分に損は無い……と言うよりも、試すべきだ。ヒノベが仙術使いであるのは十中八九間違いない。お前が仙術を使えれば有効な対抗手段になる」
「そう……ですね」
仙術は射程が長い。聞いた話から想像するに百メートルを優に超えるので『あちらの世界』の砲撃魔術に相当すると私は考えている。これに近接戦主体で対抗しようとすると、剣の間合いに近づくまでは一方的に撃たれ続けることになる。『止水』があれば回避しつつ接近するのも不可能ではないが、避け損ねれば下手をすれば一撃死だし、回避できない範囲攻撃系の仙術を使われでもしたら目も当てられない。
仙術の間合いで撃ち合えるなら随分と楽になるのは確実だ。仙術で撃ち勝つ必要は無く、こちらの攻撃も届くとなればヒノベも好き放題には撃てなくなるのが重要だ。警戒するし、回避や防御に時を費やせば手数が減る。剣の間合いに近づくための大きな助けになるだろう。
可能であれば仙術を使えるようになった方が良い。
それは確かだが。
「仮に私が仙術武器を扱えるとして、でも仙術武器って高いですよね? とても買えません」
配達仕事で所持金は微増し続けているものの、潤沢とは言い難いのが実情だ。相場通りに普通の武器を買えるかどうかも微妙なところで、それよりも確実に高いだろう仙術武器には到底届かない。
「いや、金なら貸すぞ? それなりに蓄えはある」
「え? ウラヤってお金持ちですか?」
「金持ちって程じゃないが、ここでなら仙術武器は安く買える筈だ」
「仙術武器が安い?」
ロンフェンは仙術武器の総本山。
央国で最も高品質な仙術武器が作られている地で、安く買える?
「いや、もちろん質には期待できんぞ。ファンラン作は言うに及ばず、他の街に出回るようなのもな。狙い目は売りに出されないような出来のなかではマシな物、ってところだ」
「売りに出されないって……それって粗悪品なんじゃ……」
「粗悪品とは違う。考えてみろ。仙術武器職人だって生まれた時からそうだったわけじゃない。修業してなったんだ。今まさに修業中の奴だっているだろう。で、だ。仙術武器職人の修業と言ったら、それは仙術武器を作る以外にない」
「あ……なるほど」
修業中の職人が作った練習作。
それなら確かに粗悪品との表現は適当ではない。一人前目指して修業している人が作った物を粗悪品呼ばわりするのはあんまりだ。ごめんなさい。
「出荷されない仙術武器……ここにしかないものですね」
「恐らくだが、ヒノベもそれを狙ってここに来たんじゃないか? 金があるなら他所でも買える。わざわざ遠回りしてまでロンフェンに来る必要は無い」
「ミノウで仕事したのも路銀稼ぎでしたっけ」
「そうだったな」
総本山だからこそ安く買える仙術武器、か。
質は低くても仙術武器には違いない。
ウラヤが貸してくれるお金で手が届くなら入手しておくべきだ。
もちろん日本刀型の物は期待できないが、仙術発射用として割り切るなら形状はなんでも構わない。
……いや、使えるかどうかは試すまで判らないのだし、妄想はほどほどにしておこう。
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そして翌日、山の方のロンフェンに向かった。
ロンフェンでは普通の鍛冶職人と普通の武具が街の方、仙術武器職人と仙術武器は山の方という具合に住み分けがなされていた。仙術関連が山に押し込められているような印象を受けるが、そうではない。制作するための『場』が山中にあるため、自然と仙術武器職人は山に住むようになり、直接買いに来るのは身体能力に優れた導士ばかりの上に数が少なく、山中だけで足りてしまうからだそうだ。
山を起点にして広がった街だけあって、比較的広い道を辿れば山の登り口に至る。
緩やかな斜面と次第に濃くなっていく木々によって、街の風景から山の風景に切り替わる辺りに門があった。門扉は無く両側に続く壁も無い。内と外を物理的に隔てるための門ではなく、ここから先は別の領域であると示す目印のための門だと思える……。
「あれ?」
「どうした?」
「なんだか……とても見た覚えがある光景のような……」
「そういうのはたまにあるな。初めての場所なのに来たことがあるように感じる。まあ気のせいなんだが」
この強烈な既視感が気のせい?
見れば見るほど『見たことがある』との思いが強まっていくのに?
「あれれ?」
「今度はなんだ」
「いえ、門の上の所、ああはなってなかったような気がして」
見上げると、門の上部には門柱と同じくらいの太さの木材が横に渡してある。鳥居から横棒を一本抜いたような感じになっていて、そこに違和を感じていた。以前に見た光景にはあの部分が無かったような気がするのだ。
「だから、気のせいだろう。大体お前、ここどころか俺がミヅキに行くまでは村から出たこともなかったんだろ?」
「それはそうなんですが」
本当に気のせいなのだろうか。
納得できないままに門を見上げていて、横棒の真ん中辺りに板が打ち付けられているのに気が付いた。
看板なのだろう、何か書いてある。
「んー……」
長い年月を風雨に晒されて文字が薄れ、しかもやたらと達筆なせいでなんと書いてあるのかなかなか判読できない。目を細めて薄れた筆を追い、そしてようやく書かれている文字が読めて、
「っ!?」
驚きの声さえ発する事が出来ずに立ち尽くすこととなった。
雷に打たれたような衝撃、という表現すらも生温い。
「なんだ? おい、どうした!?」
私の驚きように驚いたウラヤの声に答える余裕も無い。
食い入るように見つめる視線の先、その看板にはただ二文字、こう書かれていた。
『龍鳳』
と。




