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エセ仙術使い  作者: 墨人
第三章 ロンフェン
41/81

”入り”と”発ち”

説明が多めの回です。

そしてちょっと長めになってます。

 ミノウを発ってからの旅は色々な意味でとても順調だった。

 まずもって移動速度が速い。さすがに知らない土地では迂闊に山越えのようなショートカットを行えずに素直に街道を進んでいたけれど、導士の体力とステータスアップ頼みに走り続けられる。普通の人に比べれば『格段に』と言うのも控えめ過ぎるくらいに道程が捗る。時には三日行程の距離を一日で走破したことさえあった。道連れに非導士がいたら到底実現できない芸当である。


 おかげで季節が変わる前にロンフェンに到達する事ができた。


 *********************************


 ロンフェンは同じ名前の山の麓に広がる街だ。

 山の高さは四~五百メートルくらいだろうか。山岳地帯にあれば周囲の山々に埋もれてしまいそうな小さな山であるが、周囲が起伏に乏しい平野地であるため遠くからでも良く見える。導士の足ですら数日の行程を残していても遠くに望めたくらいだから、この辺りのランドマークになっていることだろう。


 カンフー物や武侠物の映画で見るような中国風の建築物に挟まれたメインストリートを辿り、この街の傭兵組合を訪れた。

 建物に入ってすぐには食堂があり、その奥に帳場。建築様式や装飾に差異はあれど、基本的な構造はミノウやこれまでに訪れた街の傭兵組合と共通している。


 見慣れない顔の二人連れに建物内にいた人達の視線が集中する。

 これも、どこでも経験するお約束のようなものだからもう慣れた。

 視線を気にせずに空いている帳場に足を進めながら左の手甲を外しておく。


「よう」


 ウラヤが帳場にいた男性職員に気さくに声を掛ける。


「こんにちは。本日はどのようなご用件で?」


 そう尋ねつつも、職員の人は私達が手甲を外していることからこちらの素性を察しているようだ。仕事上こういう場面には慣れているのだろう。


「ついさっきこの街に着いてな。まずは“入り”の報告だ」


 ウラヤは懐から組合証を取り出し、袖を捲った左腕に宛がう。双方の割焼印を合わせ、それが間違いなく自分の組合証であると示したのだ。

 頷きで確認の意を示した職員はウラヤから組合証を受け取り、「ほう、導士……仙技使いですか……」などと呟きながら手元の帳面に組合証の記載内容を書き写していった。

 続けて私も同様に組合証を提出して記録を取ってもらう。


 この手続きはこれまでに通過してきた街でも組合があれば必ず行ってきた。

 ウラヤ曰く、「その街で仕事をするか否かは関係ない。訪れた街に組合があるなら必ず顔を出して記録を残しておけ」だそうだ。旅をする傭兵にとっては常識らしく、これには傭兵組合のルールとある種のサービスの存在が大きく関係している。


 ルールは組合証の再発行に関してのものだ。

 組合証そのものは“偽造”を防ぐために素材や記入方法が工夫されている。さらに“詐称”を防ぐために割焼印を施しているが、この割焼印、人体側に限れば偽るのはそれほど難しくない。組合の符牒文字がネックになるくらいで、そこさえクリアしてしまえば普通の材料と普通の火力で再現できてしまうのである。


 例えば偽りの割焼印を施した人が傭兵組合を訪れて「組合証を失くしてしまった。再発行してくれ」と言ったとしたら。それに対して組合が「判りました。再発行しましょう」と応じ、本人の自己申告を信じて組合証を発行してしまったとしたら。組合証は本物なのだから偽造よりも性質が悪い。

 これ、過去に実例があるそうだ。


 組合にとってあってはならない失敗である。

 これを防ぐために定められたのが『再発行は記録を有する組合でしか行えない』だった。このルール、傭兵になった街にそのまま定住する人には全く関係ない。組合には登録時の記録があるし、なにより組合職員は顔見知りばかりなので「今さら何を疑う」となるからだ。

 でも私達のような旅の傭兵はそうもいかないので、別の街に行ったら現地の組合を訪れて“入り”の報告を行い組合証の内容を控えて貰う。こうしておけば万が一再発行する羽目になったとしても最後に立ち寄った街まで戻れば済む。


「それからこいつを……ジョンジンからだ」


 “入り”の報告が終わり、ウラヤが背負い袋から油紙の包みを取り出した。

 これは一つ前に立ち寄ったジョンジンという街の傭兵組合で預かってきたもので、中身はジョンジン傭兵組合からロンフェン傭兵組合に宛てた書類などだ。


 傭兵組合は所在する街を中心とした町村を活動範囲としている。言い換えれば縄張りであるが、かと言って他所の縄張りについては知らんぷりともいかない。隣で魔物が発生すれば動向如何によっては自分の所に来てしまうかもしれないし、他にも犯罪者の情報や地図情報の変化、あるいは人手不足だから傭兵を融通して欲しいといった救援要請など、組合間で遣り取りすべき事柄は多い。

 ネットも電話も無い世界なので通信手段は“紙に書いて先方まで持って行く”――つまりは手紙になるのだが、でも郵便制度自体がまだ整っていない。ポストに投函すれば翌日か翌々日には確実に届くような『あちらの世界』とは事情が違うのである。

 必要に迫られた傭兵組合では、組合から傭兵への配達依頼という形で定期的に連絡を取り合っている。また、火急の要件があれば臨時に依頼を出したりもする。

 私達はそのどちらでもない。

 こちらから「どこそこの街に行くが何か届けるものはないか?」と問い合わせて仕事を貰ったのである。


 職員は包みの中身を改めると「ご苦労様です」と労ってくれて、配達の報酬を渡してくれた。

 はっきり言って報酬は安い。

 普段は定期便で事が足りていて、必要なら臨時便を出す。とは言え情報は新しいに越した事はないので、街から街へと移動する傭兵がいるのならついでに持って行ってもらおう。組合からすればそんな感じなので、報酬もそれ相応なのだ。

 でもこの配達報酬が私達の旅を順調にしている要因の一つとなっている。

 先を急ぐ道中故に一つの街に留まっての仕事は無理なので、移動することそれ自体が報酬に直結する配達依頼はうってつけの仕事になる。移動中は狩りと採集である程度の自給自足を行い、街に滞在するときには組合の食堂と宿泊施設で安く済ませてしまえば、保存食や消耗品を補給しても僅かばかり手元に残りさえする。おかげでミノウを出発した時よりも所持金は増えていた。


 他の街から傭兵がやって来た場合“入り”の報告と配達物の受け取りは漏れなくセットのようなもの。職員の方でも淡々としたものだった。


 ところが話が一段落すると俄かに目つきが変わる。


「ところで! お二人はこれから……」

「済まんが旅の途中に立ち寄っただけだ。この街で仕事をするつもりはない」


 そして即座に落胆していた。


「……実はロンフェンでは導士が不足気味でして。仙術武器を求めてこの街を訪れる導士の方は多いのですが、皆さん仙術武器を手に入れた途端に他所に行ってしまうのです」

「それは他所へ行ったのではなく、仙術武器を買いに来て、買ったから帰ったというだけではないのか?」

「そうなんですけどね……」


 職員さんは溜め息を吐いている。

 仙術武器という導士御用達の特産品があるのだからさぞかし導士で賑わっているかと思いきや、意外にも実情は逆。来て、帰る。導士にとってのロンフェンはそんな場所らしい。

 導士の数が組合戦力に直結する事を考えれば、他所から来た導士を勧誘したい職員さんの気持ちは良く判る。

 判るが……


「ごめんなさい。先を急ぎますので」


 心を鬼にしてお断りするしかない。

 職員さんは「仕方ありませんね」ともう一度溜め息を吐き、それで気分を切り替えたようだ。再びきりっとした顔になり「それでは“発ち”のほうも合わせてやってしまいますか? 行く先によっては配達依頼も出せますよ」と申し出てくれた。

 でもその申し出には「それがですね、次にどこに行くのか、まだ決まっていないんです」と返すしかない。


「は? 決まっていない? 決まっていないのに、先を急いでいる?」


 職員さんは不思議そうにしているけれど、本当にそうなのだから仕方ない。

 私達は追う立場なので、追う対象であるヒノベの行方が分からないことには行く先を決められないのである。


「行く先を決めるにあたってロンフェン傭兵組合に協力を頼みたい。俺達はある傭兵を追っていてな。ジョンジンで調べたところその傭兵がこのロンフェンに向かったとなっていた。そこで、その傭兵がまだここにいるのか、他へ移ったのか。移ったのならどこへ向かったのか、それを調べたい」

「いや、しかしそれは……」


 職員さんは困ったように言葉を濁す。『あちらの世界』ほどには厳しくなくとも、こちらの世界でも個人情報を無暗矢鱈と開示したりはしない。ミノウでは組合から信用を得ているウラヤが依頼したからすんなりと調べられたのであって、初めての土地ではこういう反応をされるのが当たり前だった。


 しかし、私達に抜かりは無い。


「あの、これを」


 いつでも出せるように用意していた書状を職員さんに手渡した。

「なんですこれは」と受け取る時には怪訝な面持ちだった職員さんも、書状を開いて読み進めるにしたがって「これは……」と真剣な顔になっていった。

 この書状はミノウを発つ際に組合のお爺さんから貰ったもので、ヒノベ追跡への協力をミノウ傭兵組合の名で要請する内容となっている。


 具体的にはヒノベが罪を犯している可能性がある事、私とウラヤがその調査のためにヒノベを追っている事、そして私達の調査に対して可能な限りの協力をして欲しい事などが記されている。所々に組合符牒文字が使われ、更にミノウ傭兵組合の印も捺された正式な書状となっていた。『罪を犯している可能性』と表現が温くなっているのは、お爺さんがヒノベ贔屓だったからではなく、私の証言だけではヒノベが犯人だと断定するに至らなかったからだ。


「なるほど、そういうことでしたか。判りました。まず、このヒノベという導士を初めとした一行は現在ロンフェンにはいません。……本当に導士が不足しているんです」

「ああ、いや、本当に大変そうだな」


 ヒノベが導士と知ってまたも導士不足を嘆く職員さんにウラヤが同情の声を掛ける。


「失礼。それではヒノベの“入り”と“発ち”を調べてみましょう。ジョンジンでの“発ち”はいつ頃だったんでしょうか」

「うむ、五年前の……」


 ジョンジンに残されていたヒノベの“発ち”の年月日を告げるウラヤ。


 この“発ち”というのは“入り”の逆だ。“入り”は「どこそこの街からここに来た」、“発ち”では「ここからどこそこの街へ行く」と報告する。「どこから」と「どこへ」については申告を義務付けられてはいないのだが、先の組合が提供しているサービスに関係するので殆どの傭兵は正直に申告しているらしい。


 ちなみにこのサービスは大別して二種類ある。

 一つは傭兵の故郷に残っている親族なり知り合いなりから旅先の傭兵への連絡手段。地元の傭兵組合に手紙を託すと、各街間の定期便をリレーして最終的には現在所属している組合まで届くようになっている。

 そしてもう一つ――比率的にはこちらの利用率の方が高いらしい――が、旅先で命を落とした傭兵の“帰郷”だった。故郷を遠く離れた地で命を落とした傭兵を、遺体丸ごとは無理でもせめて遺髪と遺品くらいは生まれ故郷へ帰してやろう。それが仕事であるにせよ、平和と治安を守ってきた傭兵達への、組合からの最後の心遣いである。

 死者の生まれ故郷は組合証さえあれば簡単に判明する。私の組合証にも『倭州』の『ミノウの街』近隣の『ミヅキの村』という具合に出身地が明記されている。遠方の地ではミノウやミヅキの名は知られていないだろうが、取り敢えず倭州方面に送っておけばいずれそれらの名を知っている組合に行き着く。ただ、このやり方だと途中の街々にいるかもしれない親しい間柄の人には死亡の事実が伝わらない。“入り”と“発ち”で「どこから来てどこへ行ったのか」を記録しておけば、これを逆に辿って通過してきた街々の組合にも訃報が届けられ、後はそれぞれの組合が把握している範囲で個人にも報せが行くという寸法だ。


 前者はともかく、後者はあまり利用したくないサービスである。

 利用したくないサービスではあるが、いつお世話になるとも限らないのが傭兵だ。

 それはヒノベ達も同じなのだろう。

 ここに至るまで全ての街で、ヒノベ達も“入り”と“発ち”の記録を残している。

 おかげで私達は逸れることなく順調にヒノベを追えるのだった。



*”入り”と”発ち”について

 こういう文明レベルの世界で、何年も前にどこかに行ってしまった相手を探し出す。相手が余程の有名人でもない限り無理だと思います。ヒノベは物語上は重要人物ですが、この世界の中ではそれほど目立つ存在ではありません。偶然を装ったご都合主義に頼ることなくオウカを追い付かせるには? ”入り”と”発ち”、”帰郷サービス”はそんな観点から捻り出した制度です。


*組合証再発行について少しだけ補足

 組合証を再発行するためには前の街まで戻らなくてはならず、しかし組合証が無くては州境の関所を通れません。「州境を越えた直後に組合証を失くしたらどうなるの?」と疑問に思われるかもしれませんが、関所にも通過記録が残りますので大丈夫です。関所では再発行できないので、証明書を出して貰って最寄りの組合に持ち込むことになりますが。

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