出発
組合証の発行から十日ほどが過ぎ、左腕の割焼印は化膿もせずにしっかりと定着してくれた。もう痛みを感じることもなく、たまにムズムズと痒くなるくらいである。組合特製の膏薬とやらが十全に役目を果たしてくれたらしい。
傷に障るからとの理由で街から出ることを禁じられた十日間であったが、しかし退屈とは無縁だった。街から出られないなりに、街の中でできる事を精一杯やっていたからだ。
言うまでも無くヒノベ追跡の準備だ。
武器は木刀を作るから良いとして、防具などの装備品、野営に必要な道具類、その他諸々の旅に必要な物品を買い集めた。ウラヤの助言に従って買い物を済ませた時にはゴブリン討伐で得た報酬の大半が消えていた。一から揃えるとやっぱりお金がかかる。これでも武器にお金を割かずに済んだだけマシではあるが……“試し”で行った唯一の仕事が実入りの良い魔物討伐で良かったと切実に思ったものだ。
普通の巡回だったなら終了まで時間がかかる上に、お金を稼ぐためにも余分な仕事をしなければならなかっただろう。
それらの買い物と並行して行われたのがウラヤによる私の教育である。
ミヅキの村では物々交換が行われていたから“お金”を使った経験がほとんど無い。材木屋の帰りに金物屋で作業用の小刀を入手したのが唯一の買い物経験で、それすらジンノの付き添いのもとであった。『あちらの世界』の記憶があるから貨幣経済の仕組みであるとか基本的なお金の使い方などは判る。
私に足りないのは金銭感覚だ。
お店で売っている品物にいくらいくらと価格が表示されているとして、それが適正な価格なのかを判断できなければ知らぬ間にぼったくられたり粗悪品を掴まされたりしてしまう。
この感覚を養うには買い物の経験を積む以外に方法は無い。
どんなに小さな買い物でもウラヤやジンノ、バイカやトウリといった信用できる人に付き添って貰い、逐一監督を受けながら買い物をすることとなった。
ある程度慣れたと判断されたところでウラヤから「あれとそれとこれを買ってこい。一人でな」とお題を出され、間違いなく、そして適正な価格で買い揃えられるかが卒業試験代わりだった。まあ、これは難なくクリアできたが……「一人で」と言いつつもウラヤ達がこっそりと尾行してきて見守っているのは、まるっきり『はじめてのおつかい』状態であり、当年とって十五歳(主観的にはプラス八歳)の私には恥ずかしすぎてどうにかして欲しかった。彼らは私に『止水』があるのを忘れていたのだろうか。どんなに上手に隠れたってバレバレなのに。
と、まあそんなこんなで準備は整った。
まずは武器。
主武器は完成したばかりの木刀だ。
毎日少しずつ削り続けて調整を繰り返した木刀は満足できる仕上がりになっている。長さ、バランスともに天音桜が使っていた黒い刀に極めて近く、これがあれば天音流剣術を完全に再現できるだろう。ついでに外套に用いられているのと同じ渋を染み込ませて防水性を高めている。これは移動中の雨や、野営時の夜露対策だ。せっかくの木刀が水気を吸って腐ってしまったら堪らない。
副武器は言わずと知れた鉈、投擲武器として鉄串。
鉄串は肉焼き用そのままではなく、鍛冶屋に持ち込んで前後逆に打ち直して貰っている。もともとお尻側に重心が寄っていたから、これで『気の刃』を使わずとも投擲武器としての使用が可能になった。こんな依頼は初めてだったらしく鍛冶屋にはおかしな顔をされてしまったが、結果には満足している。
次に防具。
移動を続ける前提なので身軽さが大事である。金属加工技術の問題で防御力と重量の兼ね合いを考えると傭兵には金属製防具は向いていない。私が使う天音流剣術も防御については回避が主体なので余分な重量は邪魔になる。
という訳で、防具は基本的に革製だ。天音桜の防具構成を参考にして胸当て、手甲、脚甲を兼ねた長靴、唯一金属を使用した鉢金となっている。手甲の内側に鉄串を仕込み、咄嗟の際に手に取りやすくするとともに防御力を向上させているのも同様である。
最後に道具類。
予備の服や替えの下着といった『衣』に関わる物、無くてはならない肉焼き串や鍋など『食』に関わる物、『住』は……定住しない旅から旅への傭兵暮らしだから野営用の外套あたりが『住』にあたるだろう。衣食住の三役に他縄や布などの細々とした物品も加え、全てが背負い袋一つに纏まっているのは、それらが傭兵向けに作られたコンパクトな品々だからこそだ。
村を出る時に義父や義母が提示してくれた品々ではこうはいかず、あの時のウラヤの助言は正しかったのだと今なら判る。
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「こんな感じですが、どうでしょう」
夜の組合食堂に装備を整えた上で訪れる。
待っているのはウラヤ達傭兵組とお爺さん。彼らを審査員として、私の旅支度に問題が無いかを審査してもらうのである。
「ちょっと重い?」
「だね。でもオウカなら大丈夫なのかな」
背負い袋を持ってみてのバイカとトウリの感想だ。気功スキルありきで荷造りをしているので、彼女たちの感覚からするとちょっと重過ぎるらしい。
ちなみにバイカ達は私の事情を知って却って優しくなった。「女の敵だね。やっつけちゃいな」とばかりに親身になってくれて、買い物の付き添いもしてくれたし審査員も買って出てくれている。
「ふうん、いっぱしの傭兵らしくなったじゃねえか」
「買ったばかりの防具なのに妙に着慣れて見えるな」
これはお爺さんとジンノ。
武器と防具を装備すればだれでもそれらしく見えるかとなると、それは違う。「服に着られている」という表現があるのと似たようなもので、その装備に慣れるまではどうしてもチグハグな感じが付きまとう。
私にそれが無いのは、やっぱり『あちらの世界』の記憶を引き継いでいるからに他ならない。防具構成を同じにしているから、買ったばかりの防具類を初めて装備した時にもなんだか懐かしい気持ちになったくらいである。
「で、その木刀か。作っている時から思っていたのだが……長過ぎないか?」
最後に、木刀に視線を注ぎつつウラヤが言う。
木刀はウラヤの剣よりも長い。
ウラヤの剣は片手で使うのが基本、場面によっては両手でも使える。
私の木刀は両手で使うのが基本であり、立ち回りによっては片手でも使う。
そうした違いが許容できる長さ=重さに直結しているからだ。
「振らせてみてくれ」
見ているだけでは何も判らないと考えたか、ウラヤはそう言って木刀を手にすると数度の素振りを行った。
「どんな塩梅だ?」
興味深そうに見ていたお爺さんには「俺には馴染まんな」と返す。片手での剣技に習熟しているウラヤにとっては両手用の木刀が扱い難いようだ。
「長ければ間合いが稼げるというのは判るが……」
「間合いだけじゃありません。素早く動くための両手持ちなんです」
「素早く? そういえばあの時も両手で剣を使っていたな」
「はい。あの速度も両手だからこそです」
ウラヤの言う「あの時」とはミヅキの村でデモンストレーションとして見せた『疾風』の件だ。
天音流剣術の技の中でも屈指の剣速を誇る連撃技を速度超特化状態で放ち、それを見たウラヤの感想は「手を焼きそうだ」だった訳だが、実際ウラヤも本気になれば『疾風』に匹敵する速度を出せるのはゴウヅで確認している。
ただ、だから私とウラヤのスピードが同じレベルなのかとなると、答えは否だ。
剣速に限らず体全体のトータルの速度ではウラヤの方が上なのだ。
仙導力のみで気功+魔術を上回るステータスアップ効果を得ている訳で、仙導力はどんだけなのかと問い詰めたくなるような事実である。
しかし逆に言えばトータルのスピードに劣る私が剣速のみならウラヤに匹敵できている。その理由が“両手持ち”なのである。
「両手だから?」
ウラヤは私が言った意味を掴み損ねている。お爺さんたちも「両手だと速いのか?」と納得していない様子。剣は片手で扱うのが当たり前で、その前提に沿った剣術が発達した世界では、私にとっての当たり前である両手での技術が全く知られていないようだ。
首を傾げるお爺さんたちを見ているとウズウズとしてきた。
将来は剣術道場を開いて後進を育てようとしていた天音桜の影響だろうか。私の剣術の一端でも知って理解してほしいとの欲求が頭をもたげてくる。
「……これはもう見せてしまうのが一番早そうです」
試しに言ってみたら「おう、なら見せてくれ」と口々に言われた。さすがは傭兵と元傭兵である。武に関する話題には強く興味を惹かれるらしい。
「それではウラヤに手伝ってもらいましょうか」
「俺か?」
「はい。ちょっと普段通りに構えてみてくれませんか?」
「こうか?」
要請に応え、ウラヤが鞘に収まったままの剣を構える。
剣を持つ右手を前にして、体は開いて半身気味。ゴウヅで一緒になった傭兵にも似たような構えをする人はいた。反対に空いている左手を前にした半身で構える人もいて、多分この二種類が片手での構えの双璧になるのだろう。
「構えたが、これからどうするんだ?」
「そうですね……この辺に敵がいるとして、その構えから斬りつけるとしたらどう動きますか? ゆっくりで良いのでやってみて下さい」
「そりゃあ、こうするな」
そのままでは剣の間合いに少し足りないくらいの空間を示すと、ウラヤは剣を振りかぶりながら踏み込み、剣を振り下ろした。「まあそう動くしかねえやな」とお爺さん。トウリ達もうんうんと頷いている。
それはそうだ。あの構えからでは他に動きようがない。
「じゃあ私もやってみますね」
ウラヤと入れ替わって私が構えると、やっぱりお爺さんたちは奇妙な顔になる。
しかし私が見えない敵に斬りつけると「おお!?」と驚きを露わにする。
「なんだあ? 随分とあっさりしてるな」
「あっさりと言うか……拍子抜け?」
「ほとんど動いていないじゃないか」
「良く判らなかった。もう一回やってくれ」
「良いですよ」
請われて同じ動作を繰り返す。
動きは単純で、そして小さい。先ほどのウラヤの動きと比べれば見ている側が拍子抜けするほどに。
体の正面に両手で木刀を構え、踏み込みながら右手をやや下向きに押し込みつつ左手は引く。それだけだ。それだけで、木刀の先端は仮想敵に斬りつけられている。
要は梃子の原理。右手を支点として、柄側での左手の動きが刀身側では何倍にも増幅される。手元での十センチの動きが木刀の先端部では一メートルにもなったりするのだ。そして増幅されるのは動く範囲だけではない。
スピードもだ。
左手を十センチ引く間に木刀が一メートル動くなら十倍。私自身の小さな動きが木刀の大きな動きに変換される。もちろんこれは判り易さを優先しての極端な例を示したに過ぎない。実戦ならこれに腕の振りも加わるので可動域は広くなり速度も増す。これが身体能力に劣りつつも剣速だけならウラヤに匹敵できる、両手持ちのメリットだ。
「うーん、槍で払うときには同じようにするかなあ……」
「そうだねえ」
槍持ちのバイカとトウリはすぐに思い当ったらしい。確かめるように槍で相手の足元を払う動きを試している。確かにあれも両手で梃子の原理を使った動きだ。
「なるほどな。片手では腕を振る速さまでが限界だ。両手ならではってことか。俺も少し練習してみるかな……」
「無理はしない方が良いですよ? 足捌きも変わりますから中途半端にやろうとするとかえって動きが崩れます」
「そんなものか?」
「そんなものです」
「そうか……」
ウラヤは残念そうにしているけれど、剣術としての基本が違うのだから仕方ない。
「オウカの剣術は自己流って言ってたよな? 仙技もそうだが、オウカは自己流でやってきて正解だったな」
「下手に誰かに習っていたらこうはならなかっただろうからね」
ジンノとバイカがそんな遣り取りをしている一方で、
「自己流なあ……」
夢の話を知っているウラヤとお爺さんは胡乱げな目をしていた。
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途中から初級剣術講座のような展開になったものの審査には問題なく合格。
翌日、ジンノ達の見送りを受けてミノウの街を出発した。
ようやく出発でしました。
*両手持ちのメリットの件について
あの部分はとある漫画を参考にして書きました。
気付く方もいると思うので自己申告しておきます。




